父神様のおはなし(リカ視点)
目が覚めた。
まず目に入ったのは見慣れない天井。
――ここは、どこだ? 私は何をしていたんだっけ?
『見慣れない天井』なんて、異世界モノの定番の始まり方じゃない? あれ? 私、異世界転移したの? それとも異世界転生?
指先に力を入れてみる。うん。動く。
足をのばす。ごそごそ動いてみる。うん。動く。
身体は問題なさそう。ただ、おなかが苦しいなあ。
そう思っておなかに手を当てて――。
――固い。
これは、帯か?
私、着物で寝たのか? 脱がせてよお母さん。
―――着物。
なんで着物着たんだっけ――
―――
―――!
思い出した!
ガバリと起き上がると、そこには。
神がいた。
神。我が最推し。
安倍晴明様。
「リカ」「気が付いたか」
誰かがなにか言っているけれど耳に入らない。
美しい人がじっと私をみつめている。
「―――あー。夢かー」
そうか。夢だ。
でないとこんな理想通りの人間が存在するわけがない。
ほら。楽しそうにクスッと笑う様子なんて、三次元にあるまじき美しさ! スクショ撮りたい!
「スクショボタンは?」
「ナニ言ってんだ?」
おにいちゃんがツッコんできたけど、それどころではない!
「スクショ撮らなきゃ! ストーリーが進んだら見れなくなっちゃう!」
「リカちゃん」
あわあわとボタンを探していたら、お母さんに両方のほっぺをはさまれた。
むぎゅう。と顔を潰され、真正面から笑っていない笑顔でのぞき込まれる。
「ここは、料亭です。現実世界の、京都の、岡崎の、料亭です。
『バーチャルキョート』の中ではありません」
「そうなの?」
「そうなの」
つぶされた口から発せられた言葉を理解して、お母さんはさらに言う。
「あなたは、リアルの世界で、生身の男性に会って、ひっくり返りました」
「生身の男性」
「安倍 晴明さんよ」
「安倍 晴明さん」
あべ はるあき。あべ。あべ――安倍!
お、思い出したあああああ!!
ガっと立ち上がろうとしたけれど、お母さんがほっぺ挟んだままなので「むぎゅ」ってなった。
私が思い出したことがわかったらしいお母さんがやっとほっぺを離してくれて、ようやくその人の姿を見ることができた。
安倍 晴明さん。
―――神!
やだチョーかっこいい! 尊い! 尊みが日本海溝よりも深い!
もう存在自体が尊い! まさに神! 現人神とはこの方のことに違いない!
手を合わせて拝んでいて、ハッと気が付いた。
私、神の前で倒れた――?
「――も、申し訳ありません!」
ガバリと土下座して平謝りに徹する!
「大変失礼いたしました! 貴重なお時間を無為にさせてしまいました! 申し訳ありません!」
「ああ。気にしないでください」
――今のは、神の声か――?
イケボにそろりと顔を上げると、イケメンがにっこりと微笑んでいた。
ずきゅううぅぅぅぅん!
撃たれた! 撃ちぬかれた! 心臓が、心臓がー!!
「それよりも、具合はどうですか?」
か、かかか神が私ごときの心配をしてくださっている!
何たる光栄! 何たる慈悲!
「だ、大丈夫です! 元気いっぱいです!」
「それはよかった」
にっこり。
ぐはあああぁぁぁ! 尊いぃぃぃ! 生きててよかったぁぁぁ!!
「じゃあ、話を続けてもよろしいですか?」
神そっくりのイケオジにこれまたイケボで聞かれ、「はい!」と力強く答えた。
何故か父と兄ががっくりと頭を落としていた。
イケオジは神のお父様だという。
神の父親――つまり神!
え? おとうさんの従弟にあたる? うそぉ。
は? おじいちゃんの妹の息子だからおとうさんの従弟?
こんなイケオジが?
「その話は置いておきましょうね」
父神様がにっこりと微笑んで話をぶち切った。
「莉華様もそろわれたので、改めてお話をさせていただきたいと思います」
父神様のお言葉に、全員がぴしっと姿勢を正した。もちろん私も。
「まず、九条家の皆様にご承知いただきたいことがございます」
はいはいなんでしょう。なんでも聞きますよ!
「私共の息子であるこの晴明ですが」
はい神ですね。尊いと思います! 崇め奉るべきだと思います!
「リカちょっと落ち着け」
おにいちゃんがぼそりと耳元でささやいた。
あれ? 声には出てないと思ったけど。出てた?
「出てないけど落ち着け」
了解。
私達兄妹のやりとりなど目に入っていない様子で父神様は話を続けられる。
「我が安倍家の祖である、安倍晴明様です」
――は?
「千年の昔から何度も転生なさっておられる、晴明様ご本人です」
――転生者キタアァァァ!!
マジ⁉ マジで?! マジの安倍晴明様ご本人の転生されたお姿なの!?
まさかそんな存在がこのリアルの世界に存在するなんて!
創作の世界だけの話だと思ってたのに!!
ああ、神よ! ありとあらゆる世界中の神々よ!
ありがとうございます! ありがとうございます!!
生きててよかった! 生まれてきてよかった!
万物に感謝を捧げます! ありがとうございますありがとうございます!
「晴明様は我が安倍家に何度も転生しておられます。
今回は十回目の転生でいらっしゃいます」
なんとぉぉぉ! 萌える設定キタアアァァァ!
「転生なされた晴明様を、我が安倍家では他の当主と区別するために『主座様』とお呼びしております」
『主座様』! 聞いたことある!
そういうウワサも聞いたことあったけど、マジの実話なんだ! すごい!
『事実は小説より奇なり』ってやつ? 『嘘から出たマコト』? いや、嘘じゃないんだから、これは違うか。
「――ご存知かとは思いますが――」
ふ、と。
父神様の雰囲気が変わった。
上がりまくっていたテンションがヒョッと下がる。
「私は『霊力なし』です」
その告白に、息を飲んだ。
そういう人がいるとは知っていた。
私の学校にも「そうじゃないかなー」っていう人はたくさんいる。
ただ、日常生活において「霊力がー」なんて話しないし、私もおかしなモノが『視える』だけで「霊力が多くて大変ー」なんてことないから、霊力があろうがなかろうが関係なく生活している。
でも、この京都の霊能力者を統べる安倍家の一人息子さんが『霊力なし』って、それって――大変なんじゃない?
「主座様をお迎えするにあたり、その転生の術式の影響で父親となる男は『霊力なし』となるそうなのです」
そうなんだ。
なんかそういう仕様なのね。
それなら、まだそこまで大変じゃないのかな?
「なので、私には安倍家の後継となる資格はありません。
父である現当主が引退したならば、即、主座様が当主となられます」
なるほどです。当然と言えば当然と言えますね。
納得する私に、父神様はまっすぐに視線を向けてこられた。
思わず伸びた背筋をさらに伸ばしてしまう。
「――ここからは莉華様におたずねしたいのですが」
真剣な声に「はい」と答える。
膝の上にそろえた手を思わずぎゅっと握る。
「主座様の妻となられる方も、当然当主夫人の役割が課せられます。
私の妻は私にその資格がないので、当主夫人の教育を受けておりません。受けさせてもらえません。
当主夫人の責務はすべて貴女が負うことになります。
それでも、この安倍家に嫁いできてくださいますか?」
安倍家に嫁ぐ。
つまり。
神のおそばにずっといられる!
「はいッ!」
即答!
責務? 望むところだ! 神のそばにお仕えできるなら、なんだってやってやる!
「教育は厳しいですよ?」
「望むところです!」
グッと拳を振り上げたいところだけど、お嬢様らしくおしとやかにうなずくにとどめる。
父神様もうなずいて、次のお話を始められた。
「家の実権は当主が負うことになりますが、内向きのことはすべて当主夫人が負わなければなりません。
人心掌握、家中の揉め事の対応、外向きの対応、財務管理、他にも求められることはたくさんあります。
安倍家を保てるか、発展させるか、はまたま衰退させるか。
すべて当主夫人が負わなければなりません。
安倍家の衰退は系列のモノすべての生活に直結します。
系列のモノの人生が当主夫人の手腕にかかっているのです。
貴女は、そんな責任を負う覚悟が持てますか?」
「持てます!」
神のためならば! 神のお役に立つならば!
なんだってやってやる!
父神様はそれからもいくつもいくつも私に確認をしてこられた。
「安倍家は色々な意味でこの京都の政治経済に影響を与えています。
そのために、面倒なモノに狙われることも日常茶飯事です。
当主の資格のない、安倍家と深く関わっていない私にも妻にも常に護衛がついています。
ましてや主座様の婚約者ともなれば、始終護衛に囲まれる生活になります。
貴女は、その生活に耐えられますか?」
「構いません!」
「私の母をご覧いただければわかるように、当主夫人も強い影響力を持つことになります。
そのため、友人やご実家にも魔の手が伸びることになります。
それを警戒してあまり外部の人間と会えない生活になります。
お友達と遊びに行ったり、旅行に行ったり、結婚後気楽にご実家に帰るということができなくなります。
そんな不自由で束縛された生活に、耐えることができますか?」
「できます!」
「結婚後は本家に入っていただくことになります。
北山の山奥での生活です。
都会育ちの貴女には退屈で不便な生活になりますよ?」
「構いません!」
「『婚約者』『当主夫人』というだけで、様々なやっかみを受けることも、謂れのない中傷誹謗を受けることもあります。
時には『呪い』を受けることもあり得ます。
それでも、安倍家に嫁いでくださいますか?」
「ばっちこいです!」
どん! と胸をたたく私に、父神様は絶句し目をまん丸にされた。
でもすぐにうれしそうに、楽しそうに微笑まれた。
「……脊髄反射……」
横でおにいちゃんがなんか言ってたけどよく聞こえなかった。
今は父神様の質疑応答に集中してるから!
我が最推し、我が神は黙って私を見てくださっている。
そのお顔がうれしそうで、もうそれだけでしあわせで、ただでさえ高いと自分でもわかるテンションがダダ上がりに上がっていく!
これ、ヤバいかも。
でも、推しに見つめられて、テンション爆上がりが止まらない!
そんな私に父神様はさらに問いかけてこられた。
「私の息子が『安倍晴明様の生まれ変わり』ということはわかっていました。
妻もそのことを承知の上で結婚してくれました」
さっきまでとはニュアンスのちがう声色。
上昇一方だったテンションが止まった。
すとんと落ち着いて、父神様のお顔をまっすぐに見つめた。
「結婚前から何度も妻と話し合いました。
『生まれてくる息子をどのように育てるか』」
お隣の母神様と目を合わせ、父神様は静かに言葉を続けられた。
「私達にはいくつかの選択肢がありました。
私の両親の養子として生まれた時から『主座様』として安倍家を取り仕切っていただく道。
私達夫婦が共に安倍家に入り、私達がお育てしながら『主座様』として生きていただく道。
『安倍家なんて関係ない』と親子三人普通に暮らす道。
『主座様』を利用してうまい汁を吸う道」
最後のは絶対にないと私にもわかった。
主座様も『よく言うよ』みたいな顔をして苦笑しておられる。
「話し合いを重ねた私達夫婦が一番に願ったのは、単純なことでした」
そして、真摯なまなざしを私に向けられた。
「『息子のしあわせ』
それが突き詰めていった末の、究極の『願い』でした」
「―――」
この人は、このご夫婦は、本当にそれを願っている。
それが、痛いほど、理解できた。
「『転生者』だろうが『安倍晴明様』だろうが関係ない。
生まれてくる息子は、私と妻の『息子』だ。
そういう結論に、達しました」
静かな声に誰も口をはさめない。
「『息子』には、しあわせな幼少期を過ごしてもらいたい。
ひとつでもうれしいことを。
ひとつでも楽しいことを。
そうやって共に過ごしていけたらと、それこそが私達の『親』としての『願い』だと、結論づけたのです」
「たとえ『転生者』でも。『安倍晴明様』でも。中身が大人だとしても。
関係ない。
『ウチの息子』に生まれてくるのだから『ウチの息子』として親の愛情をたんまり注いで育てよう。
そう、妻と、決めました」
そう言って、一瞬見つめあうご夫婦。
お二人が信頼しあって愛し合っているのが伝わってきた。
「ですから名前も『晴明』と書いて『はるあき』と読ませました。
たまたま私と妻の名前を一字ずつ取るとそう読めることもありまして」
ハハハ。と軽い感じで笑う父神様。
でも、その名前に、ご夫婦の願いと祈り、そして覚悟が詰まっていることがわかった。
ああ。いい名前だな。
自然に、そう思った。
「当主夫妻――いえ、両親も私達の考えに賛同してくれました。
成人までは『私達の子供』として私の手元でお育てし、成人後は安倍家当主として北山の本家にお戻りいただくことになっております」
ああ。素敵なご両親だなあ。
我が神は愛されているのだなあ。よかったなあ。
そんな思いでいっぱいになって、なんでだか胸がぽかぽかとあたたかくなった。
「――莉華様に、一番聞きたいことをおたずねします」
変わった声色に思わずゴクリとつばを飲み込む。
なんとか「はい」と返事をすると、父神様は今までで一番真剣な顔をして、私に質問を投げかけた。
「貴女は、私達の大事な息子を『しあわせ』にしてくださいますか?」
「―――!」
「安倍家当主として、『主座様』として生きなければならない僕達の息子を、僕達のハルのココロを、守ってくださいますか?」
たくさん質問された。
たくさん要望された。
たくさん制約されることも、大変になることも説明された。
たくさんたくさんあるなかで、おそらくご両親が一番望むこと。
ご両親が、私に一番期待すること。
『ただの大事な息子のしあわせ』
そんなの。
そんなの。
当然じゃないですか!
「――おまかせください!!」
ドン!
立ち上がり胸を叩く私に我が家の家族は呆れ顔だ。
でもご両親は驚いたように目を大きくしたあと、それはそれはうれしそうに笑った。
「頼もしいお嬢様だ」
「貴女なら安心してハルちゃんを任せられそうです」
当の神はぶすっとふてくされたようなお顔でそっぽを向いておられた。
なんでかわからないけれど、それが照れくさくてどうにもならないときのお顔だと、なぜかわかった。