安倍家の事情(晴臣視点)
「気を失っただけだろう。楽にさせて、横にさせておけ」
ハルが高校生の皮を脱ぎ捨て、そんな風に指示を出す。
おや。今日は『主座様』しないのかと思ってたのに。
そう思ったのは伝わったらしい。ちょっと気まずそうに目をそらした。
「彼女が倒れる直前に、時間停止の結界を張った。
気にせず横にさせておけ」
そう言われて周りをみたけれど、僕が霊力なしだからか何の変化も感じない。
それでも九条家の皆様にはナニカわかったようで、ほっとしたように「ありがとうございます」と言ってきた。
「とりあえず」と明子さんとお母さんが座布団を枕にさせ、お嬢さんを横たえた。
明子さんが持参していたタオルケットをかけてあげている。
「何か横になったときにかけるものが要る」と言ってたけどハル、このため?
『先見』したの?
「こういうのは日常茶飯事だったから」としれっと答えるハル。
はあ。慣れてたと。だから結界もすぐに張れたと。
……どんなお嬢さん?
九条の当主夫妻もお嬢さんの父親も両親に向かって平伏している。
「お見苦しいところをお見せしまして…」
「祝いの席だというのに申し訳ありません」
そんな兄夫婦と甥に母も父も「気にしないで」と慌てている。
どうすればいいのこれ?
困っていたら、ハルがコホンとひとつ咳払いをした。
全員が注目したのを確認して、にっこりと笑みを浮かべる。
「改めてご挨拶いたします」
「安倍晴明です」
その名乗りに全員がザっとハルに向けて平伏した。
ん? 霊力ちょっと出したの? へー。
明子さんの笑顔が固まってるからやめたげてくれる?
なんかよくわかんないけど、霊力のある人には実力差がはっきりとわかるようなナニカをしたらしい。
九条家の皆さん、ぷるぷるしてるよ?
ハルはすぐにそのナニヤラを収めたらしく、明子さんがほっと息をついた。
両親と九条家の皆さんは平伏のままだ。
「頭を上げてください」
ハルの言葉におそるおそる顔を上げる皆さん。
そんな皆さんに、ハルはいつもの笑顔を浮かべた。
『意地の悪い狐の笑み』って言われる笑顔。
それからちょっと表情を変えて、九条のご当主に話しかけた。
「九条家においては、祖母 優華を当家にいただき、感謝している」
「ははっ」ってご当主がまた平伏した。
「重ねて莉華殿も頂戴したいというのは勝手に聞こえるかもしれぬ。
また、莉華殿をいただくことでそちらに迷惑をかけることになるとも承知している」
九条のご当主は何も言わない。
お嬢さんの父親が平伏のままちいさく反応した。
もしかしたら既に実害がでているのかもしれない。
「だが、可能であれば、彼女が当家に嫁いでもいいというのであれば、莉華殿を当家にいただきたい」
「「「―――!」」」
九条家の皆さんが固まってしまった。
かたや僕はなんだか涙が込み上げてきた。
ハル、決めちゃったんだね。そっか。
お見合い前は『申し訳ない』とかぐずぐず言ってたのに。
「この人と共に歩みたい」って、願っちゃったんだね。
よかったね。ハル。よかったね。
明子さんと顔を見合わせる。明子さんもしあわせそうな顔で微笑んでいた。
よかったね。ハルにそう思える人ができて、よかったね。
「だがその前に、当家の事情を話しておきたい。
その上で『嫁にはやれぬ』と判断されたならば、もちろん受け入れる」
真摯なハルの言葉に、九条家の皆さんも真剣な表情でうなずいた。
そしてハルは語った。
自分が平安時代に生きた安倍晴明だったこと。
何度も記憶を持ったまま生まれ変わっていること。
現在は十回目の人生だということ。
父親である僕は『霊力なし』なので後継の資格がないこと。
現当主が引退すれば即ハルが当主となること。
ハルの妻になるということは、即当主夫人として仕事をすることを求められること。
現在の安倍家の規模と影響力を支えることになるわけで、当然相当なプレッシャーと仕事量になること。
そんな当主夫人の実家となれば、大なり小なり九条家にも影響が出るであろうこと。
現在の安倍家が担っている仕事について。霊力について。能力者について。妖魔について。結界について。
最後のほうは荒唐無稽と言われてもおかしくないような話が多かった気がするけれど、九条家もそれなりの能力者を輩出している家だからか、九条家の皆様も能力者とまではいえなくてもそれなりの霊力を持っているから、話自体は納得してくれたようだ。
「――そちらの事情はよくわかりました」
しばしの無言のあと、九条のご当主がなんとか言葉を絞り出した。
「少し、家族で話をしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
うなずき、ハルは「そうそう」とさも思い出したかのように付け加えた。
「優華にも話を聞くといい。
これからの莉華殿にどんな試練が起こるのか、体験しているのは優華だ。
参考になる話もあるだろう。
優華、頼めるか?」
「承知いたしました」
主座様の顔で母に言いつけるハル。
その命令が、少しでも兄と話をさせてやりたいという思いからだということは、僕ら夫婦には丸わかりだった。
結局ハルはやさしいんだよな。
今まで百歳近くまで生きていた人生経験があるからか、僕らが『ハルの子孫』だからか、普段は厳しいことを言っていても結局はやさしい。
そんなハルを支えてくれる奥さんができたらいいなあ。
ついハルを見つめてニコニコとしていたら、嫌そうな顔でそっぽを向かれた。
時間停止の結界をかけているから、部屋から出て相談することはできない。
それでも九条家の皆様は僕の母と父も加えて輪になって話をしていた。
母が嫁に来てからの話をした。
今現在に至るまでどのような役割を担ってきたのかも。
僕が聞いたことのない話がいくつも出てきた。
母は見かけどおりの人ではなかったらしい。
九条のご当主は妹の婚約が内定してからの話をした。
どれだけやっかみを受けたか。どれだけいやがらせを受けたか。
仕事上で、プライベートで、どんなことがあってどんなふうに対応したか。
聞いているだけでうんざりする。僕だったらまっぴらごめんだ。
そんな妨害やこびへつらう輩やらを、時にあしらい時に戦い時に相手にせず、妹を嫁にやった。
妹がいなくなったあとの話をした。
落ち着くまでに約二十五年かかったという。
母が嫁に来て約二十五年。
それは『主座様がおみえになる』という『先見』が出た時期。
僕ら夫婦が結婚した頃のこと。
『主座様』という、安倍家において絶対の存在の出現によって母と母の実家の周りは落ち着いた。
きっと「旨味がなくなる」と判断されたのだろう。
でも、その『主座様の妻』となると、どうだろうか。
きっと主座様が亡くなるまで、もしくは妻本人が亡くなるまで、実家への影響が消えることはないだろう。
あれだけ実家と関わらないようにしていた母でさえ、実家には多大な負担があったという。
『主座様の妻』の実家となると、さらなる負担があることは容易に想像がつく。
「私はもう老い先短い身だ。
このお話を受けるかどうするかは、お前達が決めたらいい」
九条のご当主は息子と孫息子にそう言った。
言われた父子は背筋を伸ばし、ごくりとつばを飲み込んだ。
父子はしばし顔を見合わせ、それぞれに深刻な面持ちで黙り込んだ。
わかる。わかるよ。
この話受けたら、これからトンデモナイ重荷を背負わされるんだもんね。
やがてお嬢さんの父親――僕の従兄にあたる彰歳さんが顔を上げた。
「――皆さんのご意見をいただいてもよろしいでしょうか」
それから彰歳さんは思いつくままに質問をしていった。
「私の仕事への影響は」「家族のプライベートは」「安全は」
それに対して答えたのはハルだった。
「影響はないとは言えない」「いい意味でも悪い意味でも様々な人間が近づいてくるのは間違いない」「それを見極めるのはあなた方自身」
「それぞれに護衛をつけるからプライベートはほぼなくなるだろう」「護衛をつけるとはいえ、完全に安全を保障できるとは限らない」
それでも運気を上げるお守りや守護の陣を刻んだお守りを渡すと約束した。
「仮に話を受けたとして、リカはどうなりますか」「リカに当主夫人が務まると思いますか」「リカはしあわせになれますか」
父親の顔でたずねる彰歳さんに、ハルは真摯に答えた。
「莉華殿にも護衛をつけ、お守りを持たせる」「これから当主夫人の教育を受けてもらう」「莉華殿ならば当主夫人が務まると確信している」
「莉華殿がしあわせになれるかどうかはわからない――ただ」
ハルはちょっとためらったけれど、彰歳さんに向けてはっきりと言った。
「莉華殿ならば、私を支えてくれると確信している」
「――なぜ」
ぽろりとこぼれた疑問に、ハルはちいさく微笑んだ。
「先ほどいただいた言葉」
言葉? どれ?
全員のその疑問に、ハルはめずらしく照れ臭そうに答えた。
「『生まれてくれてありがとう』と。
『生きていてくれてありがとう』と」
ああ。拝みながらそう言ってたね。
「あの言葉をいただいただけで、私は『生きていいんだ』と思える。
――救って、いただける」
ココロを。
ハルは言葉に出さなかったけれど、そう思っているのは伝わった。
それほど、ハルには大切な言葉だった。
もしかしたら前世でも前前世でもそう言ってもらったのかもしれない。
あのときの『仕方ないなあ』みたいな顔から察するに、そうだったと思える。
そしてそんな奥さんに、昔のハルは救われたのだろう。
ちょっと目を伏せて、しあわせそうに微笑むハルに、そう思えた。
彰歳さんは黙ってしまった。
誰もが黙ってしまった中、彰歳さんの奥様がぽつりと言った。
「――『推し』にそんなふうに言っていただけたら、リカは間違いなくしあわせです」
………『おし』? って、なに?
意味がわからなくてきょとんとする安倍家一同に対し、九条家の皆様は何故か疲れ切ったような、あきらめたような、悟りきったような顔をしておられた。