いざ見合い!(リカ視点)
お見合いを受けると伝えたところ、すぐに日取りが決まった。
「絶対誰にも言うな」と祖父からきつくきつく厳命されたのでリアルの友達にもネット上の友達にも誰にも言えなかった。
誰かに言いたくてたまらなかったが、母に心の叫びを吐き出すことでなんとかこらえていた。
だって、神よ?
神とお見合いするのよ?
神に、じかに、リアルにお会いするのよ?
叫ぶでしょう!
己の幸運を喜ぶでしょう!
ああ! 生きててよかった! 生まれてきてよかった!
お父さん、お母さん、ありがとう!!
そして、神を生み育ててくださったご両親!
ありがとうございます! あなたがたも神です!
毎日感謝があふれて止まらない。
ありとあらゆるものに手を合わせ感謝を伝えなねればならないと思う。
何故か先生達から褒められた。
が、そんなものはどうでもいい!
推しの評価こそすべて!
推しがホンの数ミリでも『いい子だな』と思ってくれたら天にも昇ってしまうかもしれない。
そう。推しに、神に会うのだ!
頭の先から爪の先まで磨かねば!
美容院! ネイル! 温泉! エステ!
仕草も磨かねば!
お茶! 日舞! お稽古事も真剣に取り組みます!
そうやってお見合いまでの日々を忙しく自分磨きに費やし、なんとかお目汚しにならない程度には整えた。つもり。
何故かあちこちから褒められたけれど、そんな評価どうでもいい!
推しの評価こそすべて!
推しがホンの数ミリでも「かわいいよ」と思ってくださったなら、それだけで至福!
いざ、お見合いへ!
前日の夜はゆっくりとお風呂に入り化粧水やらオイルやらたっぷりと塗りたくった。
早くにベットに入りしっかりと睡眠をとった。
朝から美容院に突撃し、髪を整えてもらい、振袖を着付けてもらった。
「リカちゃん素敵! チョーかわいいわ!」
「こんなに可愛いお姫様はそうはいないぞ。
見合いの前に写真館で写真を撮っておくか?」
両親はべた褒めだが、あの人達の評価は半分くらいに考えたくらいで丁度いい。
だいぶ親の欲目が入っている。
美容院のスタッフの皆様も褒めてくれている。
が、こちらの評価も話半分に聞いておくべきだろう。
客は褒める。それが客商売というものだろう。
だが、客観的に見ても、まあまあなのではないだろうか。
鏡の前で正面から見つめる。
軽くメイクもしてもらった。
わりと普通の目も心持ち大きくなっている。気がする。
まつ毛も黒く長く作ってもらった。
眉も綺麗な形に整っているし、唇もぷるんと紅色に染まっている。
肌も健康そうにしてもらったし、髪は言わずもがな。
今風の和装ヘアにこの日のために買った髪飾りを挿してイイ感じに仕上げてもらっている。
振袖はもちろん一級品のもの。
白ベースで裾は赤。いろんな吉祥柄が入ったおめでたいもの。
半襟も同柄。
黒ベースに金色の柄の入った帯を華やかに結んでもらった。
ナナメから見てみる。反対のナナメからも。
袖を持ってみる。後ろを向いて振り返って見てみる。
ウン。まあまあなんじゃない?
美容師さん達、イイ仕事してくれたわ。
親バカ両親にせがまれてそのまま写真館に行き写真を撮った。
もうスマホで十分撮ったのに。
でもまあ私もせっかく着飾ったんだから写真撮ってもらいたい。
私のスマホにも転送してもらった。明日学校行ったら友達に見せよう。
……さて。
行くか!
いざ! 見合い!
いざ! 神の元へ!!
お見合いの場所は有名な料亭だった。
「食事も一緒に」とのこと。
一旦帰宅して祖父母と兄と一緒に料亭へと向かった。
今回のお見合いは仲人さんをたてていない。
というのも、『安倍家の次期当主が見合いをする』と知られると、間違いなくあちこちで騒ぎが起こる。らしい。
それでなくても財力も権力もあるお家の、年頃の、唯一の後継者とあって、彼のお方の周囲は騒がしいという。
そこに見合い話が持ち上がったら、安倍家の周囲はともかく、見合い相手の家や本人にどんな影響が起こるかわからない。
最悪、やっかんだモノから狙われて生命を狙われる危険さえある。
だからこそ祖父は「絶対に口外禁止!」を徹底させた。
だから今回のお見合いは仲人さんなし。
安倍家に嫁いだ大叔母様の古希祝いに、兄である祖父が家族を連れていく、という形になっている。
だから呉服屋さんにも美容院さんにも『大叔母様のお祝いの席に出る』と説明している。
『初めてお会いする方々だから、少しでも良く見せたい』と。
祖父母と同年代の方、それより年配の方は『九条の当主の妹』が『安倍家当主の妻』と知っている。
だから『九条があわよくば安倍家の次代の当主夫人の座を狙っている』という噂があっという間に広がった。京都のネットワーク、怖っ。
いや、確かに『見合いする』ということはそういうことかもしれないけどね?
でも『次代の当主夫人の座を狙っている』とかいうのは、なんかちがうんだよなぁ…。
私はただただ推しに会いたいだけだし。
両親も祖父母もそういう欲のない人だし。
そもそもそういうの狙っているなら、もっとちいさい時から会わせると思うんだよ。
学校でその噂を聞いたとき、そう反論したら友達に「甘い」と諭された。
「年頃の、綺麗になったときに初めて会わせて恋心を抱かせるっていうのも策のひとつじゃないの」
「なるほど?」
どこかにそういうお話があるわけですね? ほほーう。ふふーん?
「私じゃないわよ!」
「ほほーう?」
「違うったら!」
「へぇ〜?」
とにかくそんなふうに、学校でまで「見合いするんだって?」と聞かれる程度には話が広まっていた。
中学三年生の兄のところにまで問い合わせがあったという。
「ぼくは学校違うから知らなかったけど、友達の学校では有名人らしいよ」
神は学校に通っていらしたらしい。
そりゃそうか。
……………。
……制服の神。運動会に参加する神。音楽会で演奏する神。授業を受ける神。
………見たかった!
「写真! 写真ないの!?」
「あるわけないだろう。学年違うんだから」
「同学年の友達いないの!?」
「仮にいたとして、なんて言って見せてもらうんだよ!?」
『妹の推しなんです』って!? キモいわ!
「ぐあぁぁぁ! 使えない! この兄、使えない!!」
「なんだと失礼なー!」
とにかく、一見無関係に思える兄の耳にまで届くくらいには噂が広がっていた。
そんな状況の中、料亭に向かう。
到着すると、当家の控室にと部屋が一部屋押さえてあった。
お心遣いいたみいります。
祖父母と母は着物、父と兄はスーツ。
改めて服装を確認して、見合い会場もといお祝い会場へと入り、待った。
テーブル席ではなく、和室。畳に座卓。
座布団の上で正座で待つ。
お稽古事で正座は慣れてるから平気。
それよりもいつ推しが現れるのかとそっちが気になってソワソワと落ち着かない。
ついゴソゴソして「リカ」と怒られる。
だって、無理でしょ!
推しが、神がご降臨されるのよ!?
じっとしてなんていられないでしょう!!
「お着きになられました」
声がかかって襖が開いた。
まず入ってこられたのは、目つきの鋭いおじいさん。
ペコリと頭を下げ部屋に入られた。
「こちらです」という案内の人に従い、一番上座に座った。
つまり、この人が安倍家現当主。
なるほど。納得の迫力です!
ご当主に続いて入られたのは品のいいおばあさま。
淡い紫の訪問着がよくお似合いだ。
ご当主の横に座り、お二人で祖父に身体を向けられた。
「お兄様」
祖父にそう呼びかけたおばあさまは華やかな微笑みを浮かべた。
「お久しぶりですお兄様。お元気そうで何よりです」
うれしそうなおばあさまに対し、祖父母はサッと座布団から下りて手を付き頭を下げた。
「奥様。本日はおめでとうございます」
見ると両親も兄も同じように座布団から下りて頭を下げていた。あわててそれに倣う。
そんな私達に、おばあさまは少しかなしそうだった。
そうか。
『安倍家に嫁に行く』ということは、こういうことか。
突然そんなことを実感した。
安倍家は影響力が大きい。大きすぎるほど大きい。
きっといろんなモノが寄ってくる。
それはきっと嫁の実家にも影響を与える。
いい意味でも、悪い意味でも。
だから大叔母様とは今まで一度も会えなかった。
だからおじいちゃんは実の妹に対して家臣のようにふるまわなくてはならない。
もし私が安倍家にお嫁に行ったら、おにいちゃんにこんなふうにされるの?
今までみたいにじゃれたりバカな話したりできないの?
下げた頭の影で、そんなことに気がついた。
あれ? 私『推しに会いたい!』だけでここに来たけど、もしかして、エラいことになってるんじゃないの?
たらりと冷や汗が背中をつたう。
その間に「顔をあげてください」とか「今日はどうぞ無礼講で」なんて声が聞こえる。
隣の兄が頭をあげた気配で私も頭を上げた。
ふと、机の向こうに人が座っているのに気がついた。
私達が頭を下げている間に部屋に入って座ったらしい。
「――――――」
白い肌に切れ長の目。まるで狐のよう。
眉も唇も筆で描いたように形よく、ほっそりとした輪郭にバランスよく配置されている。
艷やかな髪。烏の濡れ羽色とはこのことか。
きちんと正座で座るその姿。
黒に細い銀のストライプが入ったスリーピーススーツ。
白いシャツに紺色のネクタイ。
高校生と聞いていたけれど、その姿は成人男性のよう。
姿勢がいい。顔がいい。スーツ着こなしてる。カッコいい。
我が神、安倍晴明様のイメージまんま。
イイ。ビジュアルがイイ。
推しのビジュがイイ。まさに神。
ああ。バーチャル技術もここまできたのか。
まさか神絵師の仕事が3D化されるなんて。
それをこんな至近距離で拝めるなんて。
拝める。そうだ。
とりあえず拝んでおこう。
ありがたやありがたやと手を合わせると、その神々しきアバターはにっこりと微笑んだ。
微笑んだ!!
神!!
「――で、息子の晴明です」
「晴明です」
声がイイ!
なにその声! ぴったりな声優さん連れてきたな! 神か!
ちょっと低めのテノール。落ち着いたイイ声。
ペコリと頭を下げたあと、にっこりと微笑んだ。
微笑んだ!!
いやあぁぁぁ! 胡散臭い感じの笑顔、素敵いぃぃぃ!!
「……カ。リカ」
うるさいおにいちゃん。今忙しいのよ。
目の前に推しがいるんだから。
ナニがどうなってここまでリアルに表現できるのかわからないけど、この機会にしっかりこの目に焼き付けておかなくちゃ!
「リカ! 挨拶!」
挨拶?
ハッ! しまった!
せっかく神に会えたのに、私としたことがご挨拶を忘れていた!
「九条 莉華と申します」
お稽古事で叩き込まれた礼儀作法が仕事をしてくれて、なんとか姿勢を正して頭を下げることに成功した。
「……………」
……ええと。
神が視界から見えなくなって、ちょっと頭が動き始めた。
ええと、ちょっと、待とう。
頭を下げたままの姿勢で固まる。
今、ここは、どこだ?
料亭だ。うん。大叔母様のお祝いという名目で見合いに来たんだ。
見合い。
見合い。誰と。
推しと。
安倍晴明様と。
――目の前に推している神がいた
――見合いで、目の前にいる人物といえば――
――見合い相手、では なかろうか
そろりと頭を上げる。
アバターは消えることなくそこに存在されている。
我が神。我が最推し。晴明様。
狐が美しい人の形を取ったような。
覇気? 霊気? そんなものがお身体をとりまいているような。
そこにお座りになっておられるだけで尊さがにじみ出ているような。
そう。
尊い。
尊みが深い。
推しの尊みが深すぎる。
思わず再び手を合わせて拝んでしまう。
もちろん目は目の前の神を見つめたまま。
まばたきなんてもったいなくてできません!
「……アバター……だよね?」
ぽろりと心の声が漏れたらしい。
隣の母がそっと耳打ちしてきた。
「同じ世界線の、リアルな、現実の、生身の男性よ」
「………生身………」
こんなに尊い存在が『生身』だというのか。
親から生まれて生きている存在だというのか。
なんという奇跡。なんという喜び。
「生まれてくれてありがとうございます
生きていてくれてありがとうございます」
手を合わせたまま思わず言葉が漏れた。
そんな私に目の前の神は驚いたようにちょっと目を大きくした。
はわわわわ!! レア! レアな表情ですね!!
そんな表情も素敵です!!
そして。
クスッと 笑った。
『仕方ないなあ』とでも言うように。
心を許した人にだけ見せるような笑顔で。
目を少しだけ細め、口角が少し上がった。
笑 っ た
「――――――」
笑っ た
笑った!!
「――――――!!」
「リカ!?」
「リカ!」
そこで私の意識は途切れた。