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『安倍晴明の妻』について(ヒロ視点)

「ふうぅぅぅ〜……」

 ドサリとソファに身体を沈め、頭を背もたれに預ける。

 疲れた。でもなんとか今日も終わった。



 ぼくは目黒(めぐろ) 弘明(ひろあき)

 この京都を牛耳る安倍家の跡取りでもあり、安倍晴明(あべのせいめい)の生まれ変わりであるハルのはとこ。



 ぼくがいるここは京都市の中心部の御池にあるマンション。

 ハルとハルの両親、そしてぼくの家。


 ぼくの両親の家は京都市の北東、一乗寺にある。

 そことこのマンションはハルのつくった転移陣で繋がっていて、ドアをガチャッと開けるだけで行き来ができる。


 といってもこの両親も月の半分はこのマンションで寝起きしている。

 両親用の部屋もちゃんとあって、日用品もそろえてある。



 ぼくの『家族』はちょっと変わってる。


 ぼくの母はハルの母の従姉(いとこ)

 二人は同い年でずっと同じ学校で、ぼくとハルのように生まれたときからずっと一緒に育ってきた。


 ぼくの父はハルの父の親友。

 大学時代はこのマンションで同居していた。


 仲良しの二人と二人が出会って、二組の夫婦になった。

 二日違いでそれぞれに息子が生まれたとき、ぼくの母は産後の経過がよくなくて入院を余儀なくされた。

 それで、ハルの母がぼくも一緒に育ててくれることになった。


 だから、ぼくはハルの両親もぼくの親だと思っているし、ぼくの両親はハルも自分達の息子だと思っている。


 二人の父親と二人の母親、そして二人の息子。

 それがぼくら『家族』だった。



 それが少し変わったのは中学二年生になってから。


 ぼくは二歳のときに「十四歳まで生きられない」と『先見』を受けた。

 それをくつがえすために、家族はそれこそ死にものぐるいで色々なことに取り組んできた。

 ぼく自身もハルの地獄の修行をがんばった。

 その結果、ぼくは『先見』をくつがえし、生き延びることができた。


 そのことに、両親はものすごく喜んで、ものすごくホッとしたらしい。

 祝杯をあげて酔っ払ってテンションあがって、なんか『盛り上がった』らしい。

 新しい生命を授かった。


 中学二年生のクリスマス直前に産まれてきたのは、男の子と女の子の双子。

 もう、天使! チョーかわいい!


 でもこの天使、ものすごく手がかかる。


 お腹の中にいたときからわかっていたけれど、双子は高霊力保持者。

「ぴぎゃー!」と泣くと霊力があふれる。暴れる。

 霊力がうまく収まらないから機嫌が悪くなる。体調が悪くなる。

 それを同じく高霊力保持者のぼくとハルが霊力を流すことで流れをよくして体調を整えた。

『霊力なし』で影響を受けないハルの父親が世話をした。


 ひとりでも大変なのに二人いる。

 しかも双子だから片方に影響されてもう片方も反応する。

 霊力あふれるのも一緒。泣くのも一緒。ウンチも一緒。


 ハルの使役する妖狐達や式神達に手伝ってもらいながら、保護者四人とぼくらの六人は毎日毎日がんばった。



 昨年の冬にその双子も無事一歳を迎えた。

 四月の今は一歳四ヵ月。

 離乳食も順調で、夜もずっと寝てくれるようになった。

 双子を寝かしつけたあと、誰ともなくソファに集まりぐったりとするのが恒例になっていた。



 今日もいつものようにソファでぐったりとしていると、お風呂を済ませたハルの母親のアキさんと、双子を寝かしつけてきたぼくの両親がやってきた。


「おつかれー」

「お疲れ様ー」

 お互いに声をかける。


「ふえ〜、やっと寝たー」

 ドサリとソファに沈み込む父さんもかなりお疲れのようだ。

 その隣に座る母さんも苦笑を浮かべている。


 ぼくの横で仕事をしていたハルとハルの父親のオミさんも苦笑を浮かべ「お疲れ」と声をかける。


 アキさんが差し出してくれたマグカップを受け取る。ココアだ。うれしい。

 それぞれに飲み物を受け取り、アキさんも座って雑談タイムに入った。



「そういえば、ハルのお見合い、どうなったの?」

「今度の日曜日よ」


 母さんの質問にアキさんが答える。

 場所を告げると「あの!?」と母さんは喜んだ。


「私達が出会った場所でハルもお見合いするなんて。素敵ね!」

 満面の笑みの母さんに、アキさんもオミさんもうれしそう。

 父さんは言わずもがな。

 愛おしいのを隠しもしない笑顔でデレデレしている。


「うまくいくといいわね」

「そうだな」


 ツンとすましてコーヒーを飲むハルが照れていることはここにいる誰もが見抜いている。

 クスクスと笑いたくなるのをなんとかこらえてココアを飲む。


「お見合いの相手、ハルの前世の奥さんなんだろ?」

「まあな」

 父さんの問いにもしれっと答えるハル。


「どんな娘だ?」

 ニヤニヤしながら問いかける父さんにハルは虫でも見るような目を向ける。


 そんなハルがおかしくて、ついつい笑ってしまった。


「前世と今生とは違う性格になってる可能性もあるの?」

 オミさんの質問にハルは何故か顔をしかめた。


「……まあ……。そういうのがほとんどなんだが……。そのはずなんだが……」


「……なに?」

「どういうこと?」

 ぼくらのツッコミに、ハルは答えない。

 腕を組んで「うーん、うーん」とうなっている。


 ……なに?


 なかなか答えないハルに「そういえば」と父さんが水を向ける。


「安倍晴明の奥さんに関する話も伝わってるよな」

「………そうだな」


 渋い顔で答えるハル。


「奥さんも『オニ』が視えて」

「そう」

「奥さんが怖がるから普段は式神を一条戻橋の橋の下に隠してたって」

「……………まあ、な」


 ちょっと照れくさそうにふいっと視線をそらしてそう答える。

 ハルの初めての恋バナに、なんだかテンションが上がる! 楽し〜い!

 見ると母親達も目をキラキラさせている。

 ウキウキしているのが丸わかりだよ!


「あれってホントに橋の下に隠してたの?」

 ぼくの質問に、ハルはゴホンとひとつ咳払いをした。


「……その、夫婦には、式神がいるとマズい時もあってだな……」


 あー。ハイハイ。そういう時デスカ。

 保護者達も苦笑を浮かべている。

「そういう時は、ちょっと、出ていってもらっていたというか……まあ、ウン。そういう、ことだ。

 普段はウチでウロウロしていたぞ」


「じゃあ奥さん、ホントは式神達こわがらなかったの?」

 変わった話題にホッとしたようにハルが答える。


「いや。最初はこわかったようだが、すぐに打ち解けた。

 式神達から私の情報を収集していたよ」



 昔の話をしているからか、ハルの一人称が『私』になっている。

 いつもは『僕』と言うけれど、それはちいさい頃オミさんに「現代(いま)一人称で『私』を使うのは、公用の場か女性だけ」「ちいさい男の子が『私』を一人称にするのはおかしい」と言われたからだ。



「とにかく彼女は私のことを知りたがって。

 式神達も自慢話がしたいものだから、すぐにお互い打ち解けていたな」


「伝説と違うのね」

「伝説なんてそんなモンだろ」


 アキさんの言葉にも軽く返す。

 

「……伝説といえば……」

 オミさんがボソリとつぶやく。

 口を開いたけど『やっぱり言わないほうがいいかな』って感じに口を閉じた。


 そんなオミさんにハルは『なんだ?』と視線で話をうながす。

 しばらく視線をさまよわせて迷っていたオミさんだけど、やがて思い切ったように口を開いた。


「……奥さん寝取られて云々っていう話もあったよね……?」

「……………」


 無言になったハルに、聞いたのぼくじゃないのにものすごく気まずくなった。

 聞いた本人のオミさんがアワアワとうろたえる。


「……ゴメン。イヤなこと思い出させた」

「ああ、違う違う。そういうのじゃない」


 あれ? ハル、あっさりしてる?

 ハルはコーヒーを一口飲み、コトリとマグカップをテーブルに置いた。

 膝の上に肘をつき、組んだ両手に顎をのせ、真面目な顔をオミさんに向ける。

 一体何を言い出すのかとドキドキしながら見守っていると、ようやくハルは口を開いた。


「……あれな」

「うん」


「………創作なんだ」


「………創作」


 ポカンて感じに復唱するオミさん。

 ぼくもアキさんも思わず「創作」とつぶやいてしまった。


 そんなぼくらにハルは「はぁ~」と深くため息をつき、話を続けた。


「あれだけじゃない。『安倍晴明伝説』みたいに伝わっているものは、ほとんどすべて、彼女が広めた物語だ」


「彼女が!? 広めた!?」



 ハルの説明によると。



 時は藤原政権華やかなりし時代。

 王家に嫁いだ姫達の無聊(ぶりょう)を慰めるためにと、物語が流行した。

 お抱え作家もできたりして、一大物語ブームが沸き起こった。


 そんな時、ハルの奥さんは行儀見習いとしてとある姫の側仕えの側仕えに入った。

 期間は短かったらしいけれど、そこでガッツリ物語を読むこと、物語を創ることにハマった。


 結婚した陰陽師、安倍晴明に彼女は惚れた。べた惚れに惚れた。

 彼にどんな過去があるのか、彼がどんな仕事をしているのか、ありとあらゆることを知りたがった。

 幸いネタ提供者はたんまりといた。

 式神達の話に一喜一憂する奥方様に式神達は喜び、あることないこと話し、背びれ尾びれつけまくって話した。

 彼女は彼女でそんな話にさらに妄想を膨らませ、物語を書き上げた。


 そうして、現代まで残る有名な拾遺集に編纂(へんさん)された。


「え? あの話、ハルの奥さんが書いたの?」

「私に関する話は彼女の手だな。あれはいろんな噂話やら作家の話を集めたものだから」

「すごくない?」

「……すごい、と素直に褒めていいものか……」


 だいぶフィクション入ってるらしい。


「彼女が喜んで物語に仕上げて、それがまた面白いものだから式神達が喜んで。

『自分の話も物語にしてくれ』といってまた彼女に話をして。それを彼女が物語にして。

 最初は私の使役していた式神達と彼女の友人だけで読んでいたのだが、次第に式神達があちこちに持っていっては読み聞かせていたらしい。

 とある『神』に感想を言われたときには目の前が真っ白になったよ……」


「「「……………」」」


「……それ、ハルは校閲しなかったのか?」

「させてもらえなかった」


『しなかった』でなく『させてもらえなかった』。

 このあたりに夫婦間の関係が出ている気がする。


「書き上がるまで読ませてもらえなかった。

 書き上がったと聞いてチェックしようとしたら、そのときにはもう式神達によって広まっている。

 何度も『私の許可が出てから公表しろ』と言ったのだが『友達にしか見せないから!』とか『式神達しか見ないから!』とかごまかされて……」


「「「……………」」」


「例の『寝取られ云々』の話を創作したのは、江戸の頃か?

 歌舞伎でそういう系統の話が流行ったときに『これだ!』とか言って一気に書き上げていた。

 彼女は前世の記憶が無いから『晴明の妻』といっても自分のこととは思っていなかったからか平気そうだった。

 私に関しては、転生した本人だとわかった上で『オイシイ』とか喜んでいた」


「「「……………」」」


「……それ、ハル、怒らなかったの?」

「……それはまだマトモな方だったから」


「……どういうこと?」


 言おうか言うまいか悩むように組んだ両手で額を押さえたハルは、それでもボソリと答えた。


「一般向けの話以外にも、大人向けの、今で言ういわゆるアダルトな話もいくつもあってな」

 うなずくぼくらにハルは話を続ける。


「裏で取引されていたらしい」

「「「……………」」」

「相当な利益となっていたと聞いた」


「……………今のぼくなら見れるようなヤツ?」

「とてもとても見せられないようなヤツ」

「「「……………」」」

「……オレなら?」

「タカならまだ見ても大丈夫だとは思うが、アキとちーには見せられん。オミもやめておいたほうがいい」

「……そんなモノを創作する奥さん……」


 それってどんな奥さん?

 今でいう同人作家?

 旦那さんネタにして作品作って販売してたの?

 よくハル許してたね?


 そのハルは「ふう」と大きなため息を天井に吐き出した。

 それからどこか諦めたようにぼくらに話した。


「まあおおらかというか。人間の器が大きいというか。

 私が何をしても何であっても『いい!』で済ませるんだ彼女は。

 で、それを元に創作意欲を爆発させて、トンデモナイ物語を作ってしまう。

 で、それを世間は本当だと信じてしまう。

 結果、新たな安倍晴明伝説ができあがり、安倍家への信仰心が増したり権力やら財力やらが増えたりするわけだ」


「「「……………」」」


「それを、生まれ変わるたびにやる。

 結果、時代ごとに『安倍晴明ブーム』が起き、安倍家への信仰が絶えることはなかった」


「……え? 彼女、前世の記憶がないんだよね?」

 ぼくの問いかけにハルは「ふっ」ととおい目でどこかをみつめた。


「……人間の本質というものはな。

 死んで生まれ変わったくらいでは変わらないんだ……。

 彼女を見ていると、特にそう思うよ……」


「「「……………」」」


 何も言えなくなったぼくらにハルは弁解するように説明した。


「とはいえ、それ以外は彼女は優秀でな。

 ただの下っ端陰明師だった私が王家に呼ばれるまでになったのも彼女の人脈だった。

 家のきりもり、式神達とのやりとり、陰明師をはじめとする能力者の体系作り、どれも彼女だったからこそ成しえたことだし、彼女がいたから安倍家はここまで大きくなったと言っても過言ではない」


「すごい人だったんだね」

「そうなんだ」


 うなずいたハルはまた「ふう」とため息を落とし、申し訳なさそうに言った。


「だからこそ、生まれ変わった彼女をまた安倍家に縛り付けていいものかとも思うんだ。

 昔ならいざ知らず、現代は女性の社会進出が進んでいる。

 彼女が昔のスペックを持っているならば、官僚でも政治家でもなんでも、その能力を生かした仕事ができるはずなんだ」


「そんなにすごいスペックの子なら、十分安倍家(うち)にお嫁に来てもらえるね」

「だからな?」


 茶化すように言うオミさんに渋い顔をむけるハル。

 つい、クスクス笑ってしまう。


「まあとにかく日曜日に会ってからじゃない?

 本人にちゃんと今の安倍家の状況と考えられる彼女の役割を説明して、それでも『やる』と彼女が言えばお嫁に来てもらう。『イヤ』と言えば諦める。だろ?」


「……まあ、そうなんだが……」

 ぶすっとハルがつぶやいた。


「会えば多分、記憶がなくても『()』と言うぞ」

「なんでそう思うの?」

 オミさんのツッコミにハルは口をへの字にして顔をそむけた。


「………彼女は………」

「彼女は?」

「……………私が、好きなんだ」


「「「……………」」」


 ………ノロケ?


「ノロケじゃない。客観的に見て、過去九回の人生を踏まえて、冷静に判断して出した見解だ」

「………ハア」


『キリッ』て真剣な表情で言うけどハル、それ、どうとらえてもノロケだと思うんだけど。


「えーと、それは、ストーカー的な危険を含むもの?」

 弁護士でそういう案件をいくつも扱ってきたオミさんが「一応確認しとくけど」と質問すると「そういうのはない」とハルはあっさり答えた。


「ただただ『私』が好きらしい。

 自分が作った物語にあおられているところも、思い込みが激しすぎて妄想を爆発させているところも確かにあるが、彼女は私が何であっても何をしても、そのまま受け入れてくれるんだ」


 本人は客観的に話をしているつもりらしい。

 でもハル、それ、ノロケだからね?

 によによしそうになる口を必死で引き結んで真面目な顔を作って聞く。

 保護者達も同じような顔をしている。

 そんなぼくらにめずらしく気付かないハルは昔のことを思い出しているのだろう。

 懐かしむように、ぽつりとつぶやいた。



「あそこまでまっすぐに、裏表なく『好きー!』とされると」


「こんな私でも存在してもいいのだと、思える」


「彼女のおかげで、私は変わったのだと、今でも思うよ」


 そう言うハルは見たこともない穏やかな表情で。

『ハルは奥さんのこと好きだったんだなあ』って自然に思えて。

 だからその奥さんだった女性とのお見合いが『うまくいくといいな』って、ぼくも思った。

保護者達の出会いについては『「霊力なし」「役立たず」と一族でうとまれていた僕が親友と奥さんを得て幸せになるまでの話』を。

双子の出産にまつわるあれこれは『根幹の火継』をお読みくださいませ。

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