尊き我が推し(リカ視点)
新連載です。よろしくおねがいします。
今日も推しが尊い。
「おはようございます。
九条 莉華、中学一年生になりました」
神絵師様の描かれた推しのイチオシイラストに向かって手を合わせる。
はあ〜、神々しい。
「今日もどこかで晴明様は私達の暮らすこの京都の街を守ってくださっているのでしょうか…。
尊い…。尊みが深すぎる…」
ありがたやありがたやと手を合わせ推しを讃える。
小学生の頃からの朝の日課だ。
昔からおかしなモノが視えた。
それはおそらく『オニ』と呼ばれるモノ。
幽霊とか、妖魔とか、色々に呼ばれる色々なモノを私は『視る』ことができた。
なんで自分にそんなことができるのかわからない。
父が言うに、我が家はそういう家系らしい。
実際大叔母はそのチカラを買われてあの安倍家に嫁に行ったという。
安倍家。
この京都を牛耳る名家中の名家。
祖は平安時代の陰明師 安倍晴明様。
約千年の間、この京都を陰に日向にと守り支えてきた家。
そんな家の当主に嫁いだのが、私の祖父の妹である大叔母。
嫁に行ってからはあまり会うことがないらしく、甥である父もほとんど会ったことがないという。
その大叔母にまだ赤ん坊の私の相談をしたのは祖父だった。
「どうもこの子はナニカが視えている」
そう感じ、妹に相談した。
妹は夫に相談し、なんとただの赤ん坊のために安倍家当主が直々にやって来て、お守りを授けてくれた。
破格の扱いだ。
それからずっとお守りを身に着けている。
そのおかげか、私は『視える』だけで、向こうは私に気付いていない。
こわい思いをすることもなく、のんきに彼らを観察する余裕もある。
そんな私が当然のようにハマったのが、安倍晴明様。
私を助けてくれた安倍家の祖。
どんな人だろうと調べたのがきっかけ。
調べれば調べるほど惹かれていき、ドハマリした。
文献、資料、小説、マンガ、ゲーム。
晴明様の名が出るものはすべて目を通した。
イケメンばかりの乙女向け和風ゲームに出てくる晴明様目当てでプレイしまくり、気がついたらいっぱしのゲーマーになっていたのはご愛嬌。
イマドキの小学生らしくタブレットで色々調べた。
片っ端から目を通した。
いわゆるオタク文化にも精通していった。
個人が書いている小説やマンガにまで手を出した。
私も晴明様を主人公にした小説を書いては投稿している。チョー楽しい。チョー萌える。
母も実は同類であることに気付いたのは五年生。
お互い打ち明け、それぞれの推しについてふたりきりで熱く語ることもある。
母の推しは土方歳三様。『様』つけて呼ばないと怒られる。
私の推しはもちろん安倍晴明様。『様』つけて呼ばない人は許さん。膝つき合わせて説教だ。
イイよね。晴明様。
イケメンなのがイイ。
白狐なところもイイ。
史実? そんなマジメに考えちゃダメ!
イメージよイメージ。イメージが大事なの!
きっとサラサラの長い銀髪。
スッと吊り上がった涼しい目。
肌は真っ白で、ニヤリって感じに笑うの!
無愛想だけど心を許した人にだけは親しげに笑ったりして!
陰明師としての腕はピカイチで、表の仕事だけでなくウラの仕事もしたりして!
あの映画の、ピッ! てポーズ決めたあのシーン、チョーよかった〜!
もう、最ッ高! 最の高!!
晴明様、至高!! まさに神!!
「リカちゃん。外ではそれは抑えておくのよ。お母さんと約束して」
「にっこりと微笑んで、おっとりと構えておくの。
それが京都の女というものよ」
我が家は一応それなりの家格なので色々取り繕うことが必要だったけど、まあそのくらいみんなやってるしね。
そうやって、外では上品なお嬢様をして、帰宅して自室にこもったら推し活に励んでいる。
父と兄にはバレてるみたいだけど、二人ともそっとしておいてくれる。
祖父母もなんか察しているみたいだけど黙ってくれている。
いい家族だ。
そんな私も中学一年生になった。
幼稚園から通っている女子校の中等部にそのまま上がり、ほとんどかわりばえのないメンバーで過ごしていた。
ある日、両親と祖父母に呼ばれた。
「座りなさい」と祖父に言われ、大人しく座る。
いつにない緊張した様子の家族に、ついにきたかと覚悟した。
私の通う学校はお嬢様学校だ。
それなりの家格のお家の娘が多い。
婚約者のいる子もそれなりにいる。
今はいなくても「そのうち見合いしろ」と言われている子がほとんど。
「ステキな男の子と恋したいー」「見合いなんて今風じゃないー」なんて、いつもみんなで言っている。
でも、お見合いも、家のための婚約も、しないといけないものだとも思っている。
ウチは『そういう家』だから。
仕方ないと理解している。
理解しているからこそ「恋したいー」なんてグチるのだ。
「リカに見合いの話がきた」
ハイやっぱりね。
「受けるかどうかリカに決めさせてほしいと、先方からのお話だ」
意味がわらなくて「どういうことですか?」とたずねると、祖父は「『断ってもいい』ということだ」と言った。
「とりあえず、写真と釣書がこれ」
そっと出されたので、開けていいか目でたずねる。
祖父がうなずいたのでそっと手に取る。
まずは写真。
二つ折りの台紙を開き――固まった。
推しがいた。
いや。
神がいた。
ほっそりとした顔立ちで、肌は女の人のように白い。
それでも『男の人』とはっきりとわかる。
まるで絹糸を何度も何度も染めたような黒くてつややかな髪は絶対さらさら!
筆ですっと描いたような眉。
その下には吊り上がった涼しげな目。
黒い瞳は強い意思が込められているよう。
口の端だけちょっと上げただけの笑み。
立ち姿の全身写真とバストアップ写真の、二枚の写真。
有名男子校の高等部の制服。
立ち姿も凛々しい。足長い。スタイルいい。
まつ毛も長いんですけど! お肌きめ細やかなんですけど!!
安倍晴明様のイメージそのまんまやん!
え!? これ、写真? 現実?
超リアルな絵じゃないの!?
有名絵師さんの仕事じゃないの!?
写真を持ったまま動かなくなった私に、母が「釣書も見て」と声をかけてきた。
なんとか写真から目をはがして母にうなずく。
釣書。釣書。あ、これか。
ペラリと開くと、まず目に入ったのは名前。
『安倍 晴明』
「……………」
あれ。私、晴明様のことばかり考えすぎて目がおかしくなったのかな。
うん。きっとそうだ。
ゴシゴシと目をこすって、心を落ち着けてと。
深呼吸深呼吸。すーはー、すーはー。
うん。よし。
ではあらためて、もう一度見てみよう。
『安倍 晴明』
「……………」
「―――!!」
「あべのせいめいぃぃぃ!?」
「リカ!」
「はぎゃあぁぁぁ!!」と叫ぶ私に祖父母がナニカ言っている。が、それどころじゃない!
「せせせ晴明様!? 晴明様なの!?
ナニコレドッキリ!? どこにカメラあるの!?」
「落ち着けリカ。話を聞きなさい」
「あ、夢! 夢なのねコレ。やだチョーリアル。
晴明様とお見合いなんて。そんな、そんな……」
ぷるぷる震えながら手に持った釣書にもう一度目を落とす。
そこには間違いなくその名が書いてあった。
『安倍 晴明』
「ふぎゃあぁぁぁ!!」
「リカ!!」
「リカ! 落ち着きなさい!」
どったんばったんしながら奇声を発する私をなんとか落ち着かせ、祖父母が説明してくれた。
「あべ はるあき、さん」
「そう。私の妹の優華の孫。
お前のはとこにあたる人だよ」
「リカのお守りを作ってくれた安倍家のご当主のお孫様で、次期当主となることが決まっている方よ」
「安倍晴明様の直系の子孫の方よ」
母の説明が胸に刺さった!!
そうか! そうだ!
あの安倍家の方ということは、そういうことだ!!
だからこんなにイメージどおりなんだ!!
……イメージどおりすぎない? やっぱり細密イラスト?
「え? この尊い方は現実世界の方ですか?」
「何を言っているんだ?」
「そうよ。同じ世界線の、同じ街に生きている、本物のリアルな人よ」
母が私にわかりやすく説明してくれる。
どうやら本当に本物の人間らしい。
「で? この麗しい方と私がお見合いすると?」
「嫌なら断ってもいいと言われている」
嫌? 嫌ですと!?
この神のごとき方を、イヤかですと!?
「イヤなわけないじゃないですか!!」
バン! と机を叩き、熱弁を振るう!
いつもかぶっている猫がどこかに消えた気がするけれど、今はそれどころではない!!
「見合いということは、この尊い方に会えるということですよね!
ふおぉぉぉ! なんたる僥倖! 生きててよかった! 神様ありがとう!!」
「……じゃあ、進めていいな?」
「もちろん――」
そう答えようとしてハッとした!
「い、いえ!
私などがこのように尊い方の前に出ていいのかしら!?
こんなに素晴らしい方の前に出るには、私、まだまだ足りないんじゃない?
ああ! そうだわ!
もっと己を磨いて、この方の視界に入ってもご不快にさせないようになってからお会いすべきでは!?
どうしようお母さん! 何からすればいい!?」
「落ち着いてリカちゃん。リカちゃんは十分かわいいわ」
「親の欲目!」
「それに、早くしないとこの方、他のお嬢さんとお見合いしちゃうわよ」
「なんですと!?」
「ウチが晴明さんのお祖母様の身内で、たまたま年回りが丁度いいリカちゃんがいたから、一番にお話が来たの。
晴明さん、今年高校生になられたから、周りから『そろそろ婚約者を』って言われてるらしくてね。
リカちゃんが断ったら、すぐに次にお話が行くでしょうね」
「そんな!」
この尊い方が他の女性と見合いをする!? 妻にする!?
そんな! そんな!!
「今なら間に合うわよ」
母の笑顔にハッとした!
「ならすぐに会いに行かねば! でも待って。未熟な私をさらしてご不快にならないかしら!?
そもそもこの神のごとき方のお側に私が近づいていいの!? 許されるの!? バチ当たりにならない!?」
「ほぎゃああぁぁぁ!!」と叫びながら七転八倒する私に母以外はドン引きしている。
その母は私を取り押さえ、私にだけ聞こえる声で、そっと耳元にささやいた。
「――リアル晴明様、見たくない?」
「見たい!!」
即答。
推しとのお見合いが決まった。