魔王と神託
町の中心部に位置する教会前の広場に足を踏み入れると、そこにはすでに人だかりができていた。
後ろからはまだ続々と神託を聴きに集まった人達が続いている。
身動きが取れなくなる前に広場の端に寄っておく。
教会前に誂えられた壇上に立つのはこの町の司祭様だ。
前回の神託を受けた際にはまだ助祭だった彼は神託を受け取った功績により司祭に昇進したらしい。
役職の割にはまだ年若い司祭様が険しい表情を浮かべているのが見て取れた。
そんな表情を浮かべる司祭様を目にした民衆も、来た当初はざわついていたが次第に口をつぐみ辺りを重苦しい空気が漂う。
昨年のような好ましい内容の神託ではなさそうであることが雰囲気から察せられたのだろう。
前回はその内容故か神の言葉を賜る機会を得た故か、あるいはその両方かもしれないが話始める前から喜色を溢れさせていたのだから無理もない。
ややあって新たに広場に足を踏み入れる人が途絶えるとおもむろに司祭様は口を開いた。
「迷える子羊たちよ、本日我らが偉大なる父光神ルクス様より新たなるお言葉を賜った」
シンと静まり返った広場に司祭様の声が響き渡る。
この世界を生み出したといわれる光神ルクス様とそれを崇める光神教会。
強い信心を持った人間はルクス様より直接御言葉を賜ることができるという。
「昨年に続きルクス様のお声を賜れた事は望外の喜びである。しかし此度の内容は残念ながら我々に希望をもたらすものではなかった」
そこで一度言葉を切ると司祭様は広場を見渡す。
重苦しい空気に誰かが生唾を飲み込む音を聞いた気がした。
やはりそういうことなのだろう。
「これは警告である!」
間を置いた司祭様がカッと目を見開いて告げる。
「どうか落ち着いて聞いてほしい。そして正しく恐れ、正しく備えてほしい」
そして一拍おくと一言一言噛み締めるように宣言した。
「新たなる魔王が、この日、この地に生まれた!」
つまりは、私のことだ。
「魔王だって!?」
「そんな・・・」
「この町は大丈夫なのか?」
司祭様が告げた瞬間広場に恐怖が広がる。
魔王によって滅ぼされた町や国の話などは枚挙に暇がなく、意思のある天災などとも呼ばれる。
魔王というのはそれだけの脅威だと思われていることを改めて認識させられた。
「迷える子羊たちよ!」
ともすればパニックが起きそうな流れを再びの司祭様の声が遮る。
「恐れるなとは言わない。魔王は強大だ、我々の抵抗など歯牙にもかけない化け物の中の化け物だ!
だが絶望することはない、忘れるな!光神ルクス様はすでに我々に希望を与えてくださっている!」
司祭様の声に人々が顔を上げる。
「そうだ!我々には勇者様がいる!」
民衆の中から誰かが声を張り上げた。
「その通り!」
我が意を得たりとばかりに司祭様が大きくうなずく。
「我々にはルクス様の加護を得た勇者様がいるのだ!そして勇者様を支えることこそが神より我らに課せられた使命なのである!!
迷える子羊たちよ!ルクス様とその加護を得た勇者様を信じるのだ!その信仰が必ずやこの大地に平穏をもたらすであろう!」
「「ルクス様万歳!」」
「「勇者様万歳!!」」
どこからともなく歓声が上がる。
先ほどまでの悲愴な空気は霧散していた。
その様子を見た司祭様は満足そうに笑みを浮かべると一歩後ろに下がり、代わりに外套のフードを目深に被った人物が新たに歩みでる。
新たな人物の登場に沸いていた歓声は落ち着き興味深そうな視線が向かう。
あの背丈、あの肩幅、あの歩幅。
顔が見えずとも間違えることなんてない。
「レナ!」
思わず口から名前がこぼれるとフードの奥の瞳と眼が合い笑みを向けられた気がした。
いや、間違いなく私に笑いかけてくれたに違いない!
彼女は外套の裾をつかむと一気に脱ぎ捨てる。
陽光に晒され輝きを放つ髪、意志の強さを感じさせる凛々しい眼。
あぁなんて恰好良いのだろうか!
「勇者様だ!」
壇上に姿を現した彼女に再び場が沸き立つ。
一年前同じように壇上にて勇者として紹介され、各地で活躍している彼女の事を知らない者はこの町にはいないだろう。
場の歓声に手を振ってこたえていた彼女が大きく息を吸い込む。
「みんなーー!元気ーーー!?」
それが彼女の第一声だった。
「元気でーす!」
彼女の質問に声を張り上げて答える。
私以外にも広場のあちこちから同様の声が上がった。
よし、私の返事が一番早い。
「いいね!ボクも超元気だよー!!」
満面の笑みを浮かべた彼女が続ける。
あまりの可愛らしさに悶えそうになる。
地上に舞い降りた天使かな?
「でもみんな今回の神託の事、不安だと思う」
笑みを決して真剣な顔を浮かべる。
真面目な表情を浮かべた彼女は一転して凛々しい。
そのギャップがまた私を惹きつけてやまない。
「でも安心して!ボクが国も、みんなも守って見せるから!」
彼女は腰に佩いた剣を抜き放ち天に掲げる。
陽光に煌めく剣を翳したその姿はまるで一枚の絵画の様。
「ルクス様からもらったこの力できっと魔王を倒して見せるよ!!」
そう締めくくるとまるでその視線の先に魔王がいるかのように剣を振り下ろす。
その剣筋は力強く見るものに安心感を与えるものだったと後に人伝に聞いた。
打倒を宣告された私はといえば
「無理・・・。尊い・・・。」
あまりの尊さにすでに倒れそうになっていた。