魔王の使い魔
「一緒に他のどんな迷宮にも負けない立派な迷宮を造っていこう」
「はい!我が身命に懸けまして!」
今は二部屋だけの迷宮だけど、ゆくゆくは魔王の居城としてふさわしいものとしていく。
最後には突破されることが目的だなんて感極まるといった様子の彼女には少し申し訳ないけれど。
そうでなければ勇者の偉業が際立たないのだから。
しかし入り口が僻地の寒村にある一介の村娘のボロ小屋。しかも入ってすぐには魔物の居住区があるというのはどう考えても問題だ。
あまり深く考えずに彼女の部屋を造ったけれど、普通に考えれば居住エリアはもっと深部に作るべきだった。
二部屋しかない現状では最深部といっても間違ってはいないけれど、そんな言葉遊びには何の意味もない。
現実的に考えれば迷宮を拡張していき別の入り口を用意する必要があるだろう。
迷宮を広げていく方向を考える上でもやはり周囲の偵察は必要だ。
「使い魔ってどれくらいの距離までコントロールできるの?」
「そうですね、私の魔力ですと徒歩で丸1日分ほどの距離まででしたら何とか」
私の質問にリリスは少し考えた後にそう答える。
魔力を介する以上距離には制約があるだろうと思ったけれど思ったよりは広範囲だ。
ここから1日の圏内ならば南西にあるアスムスの町は問題なく調べられる。
現在このアイナ村と接続している唯一の町なので人間、ひいては勇者の行動を調べるのに最低限の役割は果たせるだろう。
以前の魔物の襲撃で廃村となった隣接する村の探査なども出来そうだ。
「魔王様であればもっと遠く離れた場所でも問題ないのでしょうが、私ではそれが精一杯です」
返事を聞いて使い魔の運用を考えていた私に申し訳なさそうに彼女が告げる。
考え込んだために彼女の能力に不足があると勘違いさせてしまったのだとしたら申し訳ないが、それよりもその言葉の中には聞き捨てならない言葉が含まれていた気がした。
「今なんて?」
「私にはそれが精一杯だと」
「ううん、リリスの力に不満はないよ、1日分の距離があれば十分だもの。でもそうじゃなくてその前」
「魔王様であればもっと離れた場所でも問題ない、でしょうか?」
それだ。
「私にも使い魔って扱えるの?」
彼女も先ほど言っていた通り悪魔の種族としての能力だと思っていたのだけれど。
「本来であれば先天的な能力ではありますが、魔王様は人間ですし魔王様ほどの魔力をお持ちでしたら多少力業にはなりますが十分に可能かと」
そう答えるリリスに改めて魔王の恐ろしさを認識する。
確かに人間は他種族と比べ、エルフの魔法力や獣人の身体能力のような優れた能力を持たない代わりに幅広い技能の習得が可能だ。そして魔王の有り余る魔力をもってすれば他種族の能力の模倣すら可能らしい。なんとも理不尽な存在だと思う。
しかし私自身がその理不尽の権化たる魔王な訳で、使える力は遠慮なく使うことにする。
「どうやるの?」
新たに2匹の蝙蝠の魔物を生み出し片方を彼女に手渡す。
お手本用と実戦用だ。
私の意図を察した彼女は受け取った蝙蝠をこちらに見やすいようにしながら魔力を流していく。
「ご主人様は魔力の流れを見ることはできますか?」
「うん、大丈夫」
「では私のように蝙蝠に魔力を流してみてください」
「わかった」
頷いてリリスがしているのと同じように魔力を流していく。
これまでならそんな器用な芸当はできなかっただろうけれども、昨日試してみたように今では魔力を操ることは難なくこなすことができる。
「流石です、ご主人様!初めてとは思えないほど完璧です!」
「ありがとう、魔王としての力みたいなものだけどね」
突然意図せず手にした力なので手放しで褒められるのはなんだかこそばゆい。
「こほん、次はどうするの?」
軽く咳払いして気を取りなおし次の工程を訊ねる。
「あとは魔法の発動文を唱えるだけです『――』」
魔力の流れが止まり今までと同じように彼女の使い魔が1匹増える。
なるほど、これまでも見ていてわかってはいたけれど過程は単純で複雑なものではない。
おそらくは魔力の操作などが本来は一番ネックになるのだろうけれどそれは私にとっては問題がない。
ただ唯一にして重大な問題があった。
「今、何て??」
そう、肝心の発動文が聞き取れなかったのだ。
「『――』です」
再度彼女の口から告げられたもののやはり聞き取ることができなかった。
「ごめん、やっぱり聞き取れない」
「もしかしてご主人様はあまり魔法にはお詳しくないのでしょうか?」
「うん、今までは魔力も大して無かったし魔法について誰かに習ったことも無いんだ」
「失礼いたしました、そうだったのですね。これだけ澱みなく膨大な魔力を制御なさっておられるのでてっきり魔法について熟達しているものと思っておりました。
「それどころか全くの素人なんだ。よければ魔法についても詳しく教えてくれる?」
恐縮する彼女にそのまま説明してもらうことにする。
「それでは僭越ながら説明させていただきます。魔力についてはご主人様もすでに扱っているのでご存じでしょうがそのままではあまり外部に影響を与えることはできません。その魔力を変換して外界に強く作用させるものが魔法と呼ばれます」
ここまでは私でも知っているいわゆる一般的な知識だ。
頷いてそのまま先を促す。
「発動文は魔力に方向性を与え魔法として発現する為に必要な文字通り鍵となります。これは現在私たちが使っている言語ではなく、世界が生まれた時にともに生まれた原初の言葉と言われていて、その意図するところを正しく理解していないと認識できないといわれています」
なるほど、と思う。
考えてみれば魔法を使うのは私たち人間だけではない。リリスのように私たちと言葉を交わせる魔物はもちろんの事、意思疎通のできないような種族の魔物であっても魔法を使うことができると聞く。
そもそも私たち人類でさえ国が離れれば使っている言語も異なるそうだし発動文とやらに使われている言葉はもっと根源的な何かなのだろう。
発動文を知らなければ魔法を使うことができないというのはその習得の難易度の高さを思わせるが、意図しない発現は起こりようがないと考えればこれはこれでいいのかもしれない。
私は彼女の唱えたそんな力のある発動文が何を意図する言葉なのか理解していなかったから聞き取れなかったということだ。
「先ほど私が唱えた発動文の意味するところは『支配』です。もう一度唱えますね『――』」
今度は聞き取ることができた。
今まで一切知らなかった言語だというのにもかかわらず、これまで使っていた言葉と同じように自然に頭に入ってくる。
頭の中でもう一度反芻してから手の上の蝙蝠に改めて意識を向け、発動文を唱えた。
「『――』」
その瞬間私と手の上の蝙蝠に魔法的な経路が繋がったのを感じた。どうやら無事成功したようだ。
「一度で成功するなんて流石ご主人様です!」
「ありがとう。これも魔王の力のおかげだけどね」
目を輝かせるリリスに苦笑しながら返した。
流石淫魔といったところだろうか妙齢の美女である彼女におだてられたらその命すらも差し出す男性もいそうだと思う。
同性の私ですらも満面の笑みを浮かべる彼女にはなんだか気恥ずかしさのようなものを感じるほどだ。
高すぎる好感度や忠誠心ゆえだろうけれど褒められすぎて調子に乗らないように自分を戒めなければいけないと思った。




