魔王と命名
「ひとまず話を戻すけど他に何か必要なものはある?」
ちょっとした感傷を振り払いつつ尋ねる。
私がどう思おうと、またその忠誠心が植え付けられたものであろうとも、目の前には私を主と慕うサキュバスがいて、彼女を養っていかなければいけないという事実は変わらない。
部屋は用意したが逆に言えばそれだけしか用意できていない。私、というよりただの人間であればあとは水と食料があれば当面は過ごせるし、生み出した魔物は魔力を糧とすることができるのでそこは問題なさそうであるけれど、サキュバスという種族としてはどうなのだろう?
生み出せる魔物の能力などについては知っているが具体的な生態はこの知識に含まれていなかったので何か不足があるかもしれない。
考えたところで正しい答えが出るとも限らないので本人に聞くのが手っ取り早い。
「大丈夫です」
「それならよかった」
本当に良かった、吸性の相手が必須ですとか言われなくて。
知識の上では吸性は食事と娯楽を兼ねたものとされていたので大丈夫だろうとは思っていたけど改めて一安心。
この村は人口が少なすぎて良くも悪くも全員が顔見知りだ。他所から来る人間もめったにいないので一人でも攫おうものならすぐに騒ぎになってしまう。かといって町まで足を延ばして人を攫って帰ってくるのはさすがに手間だ。移動距離が延びればそれだけ誰かに見られたり騒ぎになる可能性も増える。
そこまで考えたところでふと思う。
私は今彼女の為に人間、同族を餌として攫うことを何の違和感もなく当たり前のこととして考えていた。そしてそのことに気づいた今もその考えに何の抵抗もわかない。これも魔王の力の影響だろうか?
「・・・いや、もとからか」
ほんの少しだけ考えるも、すぐに答えが浮かんで苦笑する。
私にとって人間というのは同種族という認識だけだ。帰属意識もなければ仲間であると考えたこともない。そんな相手だから生き死にには興味がなく、私の配下の糧となるなら有用というだけでそのことについて疑問に思うこともない。
今まで考える必要もなかったから気づかなかっただけだった。
我ながらなかなかに壊れている。それをどうかしようとも思わないけれど。
「ご主人様?」
「あ、ごめんどうかした?」
自重していた私はサキュバスの声で我に返る。
「いえ、何やら難しそうな顔をしてらっしゃったので・・・」
「ああ、いや別に大したことじゃないよ」
考えこんでいたせいでまた不安がらせてしまったようだ。考えることが増えたせいでどうも思考が散らかっていけない。
それに今彼女を見ていて思い出したがもっと差し迫って考えなければいけないことがある。
「あのさ、貴女って名前はあるの?」
「いえ、ございません」
念のため確認してみると案の定。
何の問題も無く対話できるのでこうして会話していると忘れそうになるが、彼女はどこからか呼び出されたわけではなく、私がつい先ほど生み出した存在なのだ。過去を持ちえないのだから名前など持っているはずもない。
「私が貴女の名前を付けてもいい?」
いつまでも貴女とだけ呼ぶわけにもいかないだろうと何気なく聞いてみる。
すると彼女は驚いたように何度か口をパクパクと動かした後、
「・・・よろしいのですか?」
とだけ返してくる。
何をそんなに大仰な、と思いかけて気づく。つまりは部屋の事と一緒なのだろう。これから生み出す魔物すべてに名前を付けることができるのか、ということだ。
部屋を生み出すのとは違って命名は別に場所が必要になったりコストが発生するわけではないが、私がそれだけの名前を思いつけるかという根本的な問題がある。
そもそもの話で私は何かに名前を付けたことなど生まれてこの方今まで一度も無いのだ。
ひとまず彼女に頷いて見せてから名前を考える。
「うーん・・・」
目を輝かせている彼女を見ると適当な名前は付けられない。
「リル・・・ライラ・・・リリト・・・リリス・・・うん、決めた。リリス、貴女は今日からリリスね」
いくつか候補を口遊みその中からしっくり来たものを選ぶ。
「リリス、それが私の名前なのですね!」
「よろしくね、リリス」
「はい!このリリス、命尽きるまで御身の為に」
リリスは再び勢いよく片膝をついてそう告げてくる。
まぁ喜んで受け入れてくれたようで何よりだ。
大仰な身振りに今一つ慣れず思わず苦笑していると、ふと抱えたままだったスライムが何かを主張するかのようにその体を揺らしていることに気づく。
彼?は思っていたよりも大分賢い、彼の側からの反応は限られるので意思疎通は難しいが、少なくともこちらのやり取りを理解するだけの知能はあることが分かっている。ここまでの私とリリスのやり取りもちゃんと理解しているだろう。
その上でこのタイミングで何かを主張するということは・・・。
「・・・もしかして貴方も名前が欲しいの?」
そう尋ねると、まるで同意するかのように一度体を揺らす。いや、まるでではなくきっと同意を示しているのだろう。
ふと視線を感じて目を向けるとリリスは何もそんな原生生物にまで名前を付けなくても、とでも言いたげな表情だが特に口に出すことはなかった。
忠誠ゆえに反対でも口に出さない、ということならばそれは不健全であり、後々問題になりかねないので彼女に尋ねる。
「この子に名前を付けるのは反対?」
「いえ、ご主人様のご随意のままに」
「私でも間違えることはあるし、リリスの意見が聞きたいな」
「・・・それでは僭越ながら、その原生生物は名をいただいたところで理解できるのでしょうか?」
彼女の疑問は大体予想通りで少し笑みがこぼれる。
私もつい先ほどまでスライムにここまでの知能があるとは思っていなかった。あるいは能力で生み出されたスライムは他のスライムとはまた少し違うのかもしれない。
「この子は多分貴女が思っているよりも大分賢いよ。ひょっとすると能力で生み出したからからかもしれないけど」
「なるほど、ご主人様が生み出したから他の個体より優れている、ということでしたら理解できます!」
笑いながら憶測も含めて話すと何やらよくわからない方向で納得されてしまった。
素晴らしいご主人様に恵まれてお互い幸運ね、などと言いながら彼女はスライムを撫でる。スライムも答えるかのようにぷるりと震えていた。
まあとりあえず名前を付けることには理解を得られたようなのでスライムにも名前を付けることにする。
「んー、それじゃあ貴方は今日からテアよ」
そうスライム改めテアに告げると彼?は私の腕から飛び出し私の周りを一周跳ね回ると再び大きく弾んで私の腕の中に納まる。
喜んでいる、ということでよさそうだ。
「ご主人様のお言葉を疑っていたわけではありませんが、確かにこうしてみるとこちらの言葉を理解しているようですね」
リリスは驚いたような顔を浮かべた後微笑みながらそう告げる。
テアもまた体を震わせて答える。
ひとまず二人?の関係もあまり悪いものではなさそうで何よりだ。
こうして私は初めての配下に初めて名前を付けたのだった。




