1話 竹林華という女 ⑥
笑う俺を見つめる2人。
完全にヤバい奴を見る目だ。
べつに、俺はおかしくなっていない。
「とりあえず聞け。竹林は基本嘘を付かない。感情のブレも無い」
「ちょ、ちょっとまって政希。竹林さんは感情が無いって話じゃなかったの?心がからっぽなんだから」
右手を開き、俺の前に突き出して、友則は停止を願った。
はえーよ。
「それがそもそもの間違いだったんだ。ちゃんと感情はある」
「万里の直感が外れたとでも言う気かい?それとも、竹林さんは多重人格とでも言うのか?」
問いを連発してくる友則に「落ち着け」と言って会話を止める。
まぁ、気持ちはわかるが……。
友則の問いに関しては万里が答えてくれるだろう。
「万里。仮に竹林が多重人格者だとしたら、お前の直感は『心がいっぱいある』と答えるんじゃないか?」
万里はコクコクと頷く。
そして、俺の意図を組んでくれた。
常人では不可能なほど、察しが良くて助かる。
お前の直感も間違いない。ホンモノだな。
「もしかして、華ちゃんは、感情が出ないように制御してる……?」
「そうだ。心が無い訳ではなく、心を隠している。それが竹林華という人間だ」
「そんなバカな、どうやってそんな事が可能になるっていうんだ?」
当然の疑問に、俺は「知らん」と素直に答える。
「それを知っているのは竹林だ。動機も経緯も方法もな。
だが、それを解明するまで立ち往生してても何も変わらないぞ。
だから俺は“竹林がなんらかの方法で感情を制御している”前提で話す。
安心しろ、ちゃんと根拠はある」
その根拠とは、友則が見ていなければ繋がらないが……。
俺は友則の力を信じて、問いかける。
「友則、どんな小さい事でもいい。竹林が、何か質問をした回数を教えてくれ」
友則は腕を組んだ。
目を閉じて「ンー」と、難しい顔をしながら、見てきたものを思い出しているようだった。
やがて、友則は目を開くと答えを出した。
「0回だね。1度も質問をしていない」
望んでいた答えが返ってきた。
やはり、繋がっている。
3人が見たモノ、感じたモノが、全て繋がる。
「どうしてだと思う?万里」
万里の直感はすぐに答えを導き出した。
もう涙は流れていない。
「質問出来なかったんだとおもう! きっとそうだよ!」
「そうか! 僕にもわかったぞ!」
2人は顔を見合わす。
アイコンタクトをした後、自信たっぷりに同じ答えを出した。
「「感情が制御出来なくなってしまうから!」」
もちろん、俺も同意見だ。
全て、繋がった。
竹林は感情を抑え、外に漏れないように制御していた。
だが、それは完璧ではない。穴があったのだ。
――もし、抑えられる感情に限度があるとしたら?
「感情が爆発してしまうって事か」
「そうだ。本人はそれを恐れている。」
「じゃあ、質問がダメというより、華ちゃんは感情がなるべく動かないようにしてたってこと?」
「そうだな。竹林は感情が動くような積極的な行動を取れなかった」
「え、ちょっとまって!」
そこまで言うと、万里にも当然の疑問が浮かぶ。
実際に積極的な行動を受けた人間は、
「なら、どうして華ちゃんは、“わたしを保健室まで送る”なんて積極的な行動をしたの?」
当然の質問なら、答えが用意してあるのも必然だ。
俺は小さく息を吸い、ため息をはくように、「口実だ」と告げた。
劇の最中、少女は彼女の笑顔を見る。
彼女は、少女に付き添い、旅をした。
それは、竹林が最も避けなくてはならない行為であった。
感情の爆発。彼女はそれを恐れていた。
だが、もしも。
――万里ちゃん。
――既に制御出来ない状態であったとしたら?
「万里、お前が竹林を怖いと感じた理由はなんだ?」
「華ちゃんが、心をからっぽにしたまま話したりしてたからだよ」
ある日突然始まった人形劇。それは少女に恐怖を植え付けた。
人形が、人間のように話し、表情を変えていたからだ。
「なぜ、竹林の笑顔が、怖く感じなかったか。今ならわかるんじゃないか?」
「もしかして……」
「そうだ」
あの時竹林は、既に感情の制御が出来ていなかった。
彼女は本来の笑顔を見せる。
見せるつもりなんてなかった。でも、仕方がなかった。
制御し続けなければいけなかった。
――もしも制御状態に回復出来るとしたら?
――もしも回復手段が、人に見せれないものだったとしたら?
「万里、保健室まで、何分くらいで着いたか覚えているか?」
「ハッキリとは覚えてないけど……5分も掛からなかったとおもうよ」
「なるほどね、往復10分。これならおつりがくるね」
万里を送った後、トイレにでも行った竹林は、誰にも見られる事もなく応急処置をした。
そして人形に戻った彼女は教室に向かう。
「万里、確認なんだが、竹林は保健室に着いた後、すぐに立ち去ったか?」
万里は少しだけ悲しそうに、首を縦に振った。
劇は終焉を迎えようとしている。
保健室から教室に帰ってきた彼女は人形だった。応急処置の成果だった。
――だが、それは、あくまでも応急処置でしかなかった。
彼女は再び人間に戻る。
爆発しそうな感情を、理性だけで抑えながら。
もう自分に都合のいい口実を作る余裕も無かった。
彼女は手を上げる。
ゆっくりと歩き、教室を後にする。
教室を出た彼女は走る。
苦痛の表情が溢れ出した彼女は校門を駆け抜けた。
誰にも見られない事を祈りながら――。
太陽が屋上を照らす。天才たちがそこに居た。
この3人が居なければ、この答えは出なかっただろう。
竹林華。その名は、俺たちの知らない世界で生きている人間の名前だった。
「なあ、ここまでで、いいんじゃないか?」
感情を制御する。制御状態でなければ学校にも来れない。
そこまでしなければならない理由――。
恐らく、その理由は俺たちが想像するより遥かに暗く、重い。
他人が土足で踏み込んでいい内容とは、思えなかった。
沈黙はしばらく続いた。
俺は時計を見る。もうすぐ昼休みも終わる。
「――イヤ。」
阻まれた。小柄な少女は俺の意見を拒否してみせた。
万里も、わかっているハズだ。竹林が抱えている重さを知るという意味を。
同じく沈黙を決め込んでいた友則も、口を開けた。
「そうか、万里。君は、竹林さんと、友達になりたいんだね」
小さな口を、大きく開けて、少女は強い意思をみせる。
「わたしね、凄く怖かったの。でも、今はもう怖くない。今思うのは、そこまでしてでも生きている、っていう華ちゃんの強さ。いつか全てをさらけ出す日が来るかもしれない。出してしまうのか、自分の意思で出すのかわからないけれど。いつか来るその日、わたしは華ちゃんの隣に居たい。彼女の努力を認める存在になりたい」
少女の瞳は、力強く光っていた。
友達になりたい、か。
かなり昔の話。万里は俺を救ってくれた。
嘘を見抜いてしまう。それが日常生活において、どれだけ苦しかった事か。
誰にも言えず、苦しんでいた俺に万里は「あなたは間違ってないよ」と、言ってくれた。
――わたしの嘘に気付いてくれて、ありがとう。
あの時の万里も、こんな力強い瞳と意思を持っていた。
それを、俺は思い出していた。
「……無理だろ、今回ばかりは」
俺は本心を言った。一度大きく息を吸い、続きを話す。
「お前1人ならな」
3人居れば、なんとかなるかもな。
その言葉は、言わずとも伝わったようだった。
階段を下る。
室内というだけで、ここまで空気が違うのか。
俺は『孔雀のエサやり:昼の部』をすっかり忘れていた事を思い出し、教室に戻る2人を置いて飼育小屋に走る。
走りながら、2人には言えなかった1つの事実について、俺は後悔していた。
――じゃ、とりあえずこんなもんかな。あとは、連絡事項伝えたりするから、竹林も席についてくれ
朝のホームルーム。あのタイミングは、間違いなく竹林は制御状態にあった。
――宜しくお願いします。
それは、制御状態下だろうが、俺の力に影響は無い、という証明に繋がった。
あの言葉は、嘘だ。
竹林はあの瞬間、「あなたと仲良くするつもりはありません」と言ったのだ。
確証は、まだない。だが、おそらく、
竹林華は俺だけを嫌っている。
本文修正履歴
2020/06/30 視点切り替えの際キャラネーム追加
2020/07/21 外見描写追加・分割




