4話 桜井友則という男 ②
「だから『天使』。万里も知ってるでしょ? 私が『魔女』だってこと」
「て、んし……? まじょ……???」
ハッキリ聞こえた日本語でこうも苦しめられる日が来るとは思わなかった。
『万里ちゃんマジ天使』と、隣で静止している幼馴染に比喩された経験も残念ながら無いし、ましてやわたしが『天使である』と発言はおろか思ったこともない。
「全然存じ上げないですけれども……」
「そんなはずは……?」
絞り出した声に華ちゃんはさらに疑問を強めた。
華ちゃんの中ではわたしは天使であると自覚していて当たり前だったみたい。
どんな子だど思われていたんだろう……。
それに、それだと華ちゃんも自分を『魔女』って呼ぶ変な子になってしまう。
全くピンときていないわたしの困惑顔から察してくれたのか、華ちゃんは発言のマズさに気付いたようで、ハッと口を押さえた。
「もしかして、万里って本当に知らないの……?」
「う、うん。何が何だかサッパリなくらい……」
華ちゃんはそれっきり、メデューサに睨まれたとしたらこんな感じなのかなと思わせるほど固まったままだった。
華ちゃんからしたらわたしが『天使』というワードを知らないのはそれくらい衝撃だったみたい。
もしかしたら、わたしは本来知ってて当然だったのかもしれない。
無知な自分が少し、怖くなった。
「ごめんなさい。今の忘れてくれるかしら」
「ぜ、善処します……」
居た堪れない空気を誤魔化すように白米を口へ運ぶ華ちゃん。
「お、おいし」
下手っぴだった。
全然誤魔化しきれず、わたしの頭の中ではたくさんのクエッションが草原を駆けるワンちゃんみたいに暴れていた。
華ちゃんはわたしの能力も知っている。
わたしの言う直感を『天使』と呼ぶくらい、わたしよりもこの能力に詳しい。
バカ目前のわたしにもそれくらいは理解できた。
きっと華ちゃんは、華ちゃんにだけ効果がない理由も知っているはず。
問い詰めたい気持ちで一杯だけれど、直感無しでも伝わってくる『何も聞かないでオーラ』がすごい。
目線も合わせてくれないし、瞬きの回数がさらに増える。
耐えられない無言に痺れを切らした華ちゃんから「万里、そういえば」と声をかけてきた。
「す、好きな食べ物は何かしら」
「……パンで御座います」
そう答えると「そうだったわね」と華ちゃんは会話を締めた。
記憶力大丈夫かな。
ただテンパっているだけと信じよう……。
華ちゃんのことを知れば、きっといい友達になれると思う。
でもそれだけじゃないっぽい。
華ちゃんを知ることで、『わたしの知らないわたし』に繋がりそうな気がした。
知りたい気持ちを今はぐっと堪えて横を睨む。
いつまでボーっとしてるつもりなの!?
未だ魂が抜けたまま固まるトモくんには本当にビックリする。
存在感すら消し去っていた男にスタンプ連打攻撃。
「ぶべっ」
ポケットからの振動で奇声と共にようやく現実へ戻ってきたトモくん。
話を聞いていたのかすら不安になる。
今日はこの人のための食事会なのだ。
当の本人はそう思っていないようで緊張感もない顔のまま箸を落としたことすら気付いていない。
トモくんはキョロキョロと周りを見渡すと異変に気づいたらしく、
「っと、僕も質問してもいいかな?」
「何かしら?」
魂の復帰直後でも持ち前の観察力は健在のようで、気まずい空気をすぐさま見抜いたトモくんが話題を変えようと動き始めた。
ギリギリぽんこつ手前で踏みとどまったみたいで安心する。
たしかに、この空気を和ませるのはトモくんの発する『ご趣味は?』なんてありきたりな質問の方がいいかもしれない。
聞き役に転じて本来の仲介人を全うすることにしよう。
全く減っていなかったパンをかじろうとした瞬間、
「どうして人形化になったの?」
「馬鹿ぁああああ!」
「うぇぇえ!?」
華ちゃんが答える前に罵倒を飛ばした。全然話題が変わっていない。
ぽんこつトモくんはどうしてこうも使えないんだろう。
さっきみたいに当たり障りない質問でいいのに。
聞かれた華ちゃんも手が止まり、目が丸くなるほどに動揺していた。
全然2人の距離が縮まる気がしない……。
今回の仲介はマッキーとトモくんレベルに大変かもしれない。
歩み寄ろうとするとどっちかが必ずポカする未来が頭をよぎった。
でも、そんな不安は華ちゃんの一言で吹き飛んだ。
「そ、それはもういいじゃない。昔のことだから」
思わずトモくんと顔を見合わせた。
華ちゃんの台詞に違和感を覚えたのはわたしだけじゃなかったみたいで安心する。
つい昨日まで、もしかしたら今日教室にくるまでは使っていた力を昔のことと言った。
すかさず質問をなげる。
「それって、もう人形化にならないってこと?」
華ちゃんはわたしとトモくんの顔をみて、頷いた。
「もういいかなって」
うつむき気味に発した言葉の真意はわたしには解からない。
使う必要がなくなった希望の声なのか、はたまた何かを捨てた諦めの一言だったのか。
ボソっと呟いた声から断定は出来なかったけれど。
きっと、前者。
ほんの少しだけど、頬の筋肉が持ち上がった口角からそう読み取った。
間違ってたら恥ずかしいな。
でも、今は喜んでいいよね。
「えへへ」
トモくんと華ちゃんの距離が縮まるのはもう少し時間がかかるかもしれないけれど。
少なくとも、わたしたちは嫌われていない。
なら、今はゆっくりでも前に進もう。
嫌われている彼からすれば、友達になろうと動いているわたしたちはよっぽど恵まれているんだから。
マッキーが嫌われている理由。華ちゃんが人形化になった理由。
そして、わたしが『天使』と呼ばれた理由。
いつの日か全てを知った時、受け止められる友達になるために。
嫌われている友人とも仲介できるくらい仲良くなるために。
そんな長い長い道のりの、第1歩を踏み出せた気がした。




