2話 初めての会話 ⑥.5
「華ちゃんに」
「竹林さんに」
「「――嫌われてる!?」」
急にハモるな。固まるな。2人で顔を見合わせるな。
――宜しくお願いします。
この3日、腹の中に抱えたままだった秘密を俺は話した。
1度だけ竹林がついた嘘。
話したものの、2人がどんな反応を示すのかは未知数だった。
笑うだろうか。たかが1人のクラスメイトに嫌われた程度で悩んだ俺を。
蔑むだろうか。その場で聞きもせず、未だ推測のまま放置している俺を。
「万里、友則。どう、思う……?」
額の汗は止まらずに吹き出し続けていた。
2人がどんなリアクションをするのか。どんな言葉を出すのか。
不安が頭に過ったまま2人の返答を待った。
やがて2人は下を向き、肩を揺らし始めた。
まさか、泣いているのか?
「ダメだよ万里……」
「トモくんこそ……」
2人は姿勢をそのままに、お互いを抑止した。
いや、べつに俺はつらさを理解してほしかった訳ではない。
正直、初対面から嫌われたのは結構ショックだった。
だからといって、悩みこそあれど、落ち込んでいるつもりもない。
ただ、2人は竹林がついた嘘をどう捉えるのか知りたかっただけだ。
2人の我慢は、限界に達したのだろう。
屋上から校庭まで届くほどの大声で、
「無い無い無い無いあり得ないよそれぇ!」
「マッキーやめてぇ! その真剣な顔やめてぇえ!」
高らかに笑い出した。
1人は自らの太ももを片手で叩き、空いた手で腹を押さえる。
片割れは足をばたつかせ、「ヒィー!」と引き笑いまでし出す始末。
「……もう何も言うまい」
バンバンとテーブルを叩く万里と、涙目で何故か嗚咽をもらす友則を半目で見つつ俺は宣言した。
ここまでバカにされるとは。
“嫌われている”と推測した時より正直ショックだった。
「ま、待ってよ政希。ちゃんと説明させて」
「うんうん、華ちゃんに限って絶対、無いってそんな事」
「……せめて真面に話せるようになってからもう一度言ってみろ」
2人が真面に会話できるまで待機し続けた俺の気持ちを考えてほしい。
その間、目の前で笑われ続けた俺の心情を。
言葉を発するために口が動いているのか、息を吸うために口を開けているのか。
どちらにせよ聞き取れない音を飛ばし続ける2人。
こいつら2人をこのまま置いて早退してやろうかと本気で思った。
もちろん屋上の鍵は閉めてやる。
外に閉じ込めだ。
ジト目でそんなことを考え、待つ事6分。ようやく日本語が聞こえた。
「そんな、『嫌われているかも』で悩むなんて、そんな女々しい政希は初めてだよ」
「うるせえ」
「秘密ってこのことだったのかぁ。かわいいマッキーも久しぶりだなぁ!」
「昔の話をするな」
まだイジるらしい。
楽しい話題を提供したつもりはない。
俺は俺なりに悩んでいたのだ。
だからこそ、2人にとって楽しい話題になってしまったのだが……。
そこからさらに6分。
キャラと違う俺を一通りイジり終え、ようやく満足したようで友則は本題に立ち返る。
「『宜しくお願いします』が嘘だったんだよね?」
「あぁそうだ。」
「で、本当は『仲良くするつもりはありません』って?」
「だからそう言ってるだろ」
何故、いちいち聞き返す?
もし俺がここで否定したらどうするつもりだこいつは。
「んー、ちょっと無理矢理だなーと僕は思うんだけど」
「いや、だって、『宜しくお願いします』の逆なんだから、『お願いしたくない』な訳で」
「政希」
「なんだよ」
「いつから君は、嘘以外もわかるようになったんだい?」
「…………」
友則の問いに対して、俺の脳内に返す言葉は存在しなかった。
たしかに俺は嘘しかわからない。
これでは推測として成り立っていない……。
だが、今の段階で引く気にはなれなかった。
「わたしも嫌われてないと思うー! 華ちゃんはそんな人じゃないってぇ」
「いや、でもな……どうも嫌われてるとしか思えなくてな……」
「まぁ、政希もいろいろ考えてその推測を立てたんだろうけど、1回僕の推測も最後まで聞いてよ」
煮え切らないことしか言えない俺に友則は続きを話す。
「挨拶の時に“嫌悪感”を抱いていたのは合ってるかもね」
「おい、結局嫌われてるじゃねえか」
友則は「まあまあ」と俺をなだめる。
その動作で、こいつは俺で遊んでいるんじゃないかと思った。
何度も見た小バカにしたニヤニヤ顔だしな。
だが、こいつは俺に思い出させた。
「政希。あの時君は、ズブ濡れだった事を覚えているかい?」
――こいつも天才であると。
「『宜しくお願いします』という言葉は確かに嘘だったんだと思うよ。雨の日とはいえ、あり得ない程ズブ濡れの人なんて、初対面なら警戒するに決まってるからね」
人差し指を上に向け、クルクルと回しながら友則は自慢げに話す。
万里は既に、俺よりも先に友則の言いたい事を察したようだ。
初めてヒーローショーを見た少年のように瞳をキラキラと輝かせ友則を崇める。
俺の中ではそんなにズブ濡れでもなかったと思うんだが。
まぁ……他の奴よりちょっとだけ湿っていたのは認めよう。
「ただ、警戒してただけっていうのか?」
「だと思うよ。あそこまでズブ濡れになる人を政希以外で僕は見た事ないからね」
友則が見た事ない。
それは、こいつの視野からすると存在しないも同じであった。
友則の話はたしかに説得力のある説であった。
もしかすると、“嫌われている”よりも“警戒された”の方が近い、かもしれない。
「さすがトモくんっ。よく見てるし、よく覚えてるねぇ!」
万里の賛辞に、俺は乗りきれなかった。
まだ、確定とは言えないからだ。
確定させるには、結局のところ本人に聞くしかないのだ。
「試してみるかい?」
「そうしたいが、あいつは休んで――」
言葉を失う、という表現が相応しいだろう。
友則は校庭を指差していた。
このタイミングで、そのジェスチャーの意味とは。
友則、お前は何を見たって言うんだ。
「まさか……」
「見てみなよ」
こいつの目玉は2つ以上あるのか?
テーブルに座ったままでは校庭なんて見えないはずだ。
言われるがまま席を立ち、屋上のフェンスから見下ろした。
「マジかよ」
乾いた校庭を歩く生徒がいた。この時間に通学カバンを持って。
望んだ光景が、望まないタイミングで訪れて動揺する俺と対照的に、後ろからは自信たっぷりの声が聞こえてくる。
「試さないと、確定は出来ないからね」
校庭に居たのは、俺のよく知る人物だった。
癖も無く、腰まで伸びた黒髪。
「よかったねマッキーっ。今日は雨が降ってないから警戒されないね!」
そうだな。ようやくハッキリする。
もうすぐ昼休みが終わる頃、そいつはやってきた。
「……竹林」
視線に気づいたのか、竹林は屋上を見上げた。
その視線が1人のクラスメイトからだと認識したようで、30度のお辞儀を俺に見せた。
……残念ながら、友則は読み違いをしたらしい。
「どうする? ヘタレな政希の代わりに僕が聞こうか?」
「いや、大丈夫だ」
遅刻者を見つめたまま、友則の提案を拒否する。
もう俺の心は決まった。
万里の話通りなら、今日もあいつはドールなんだろう。
心を空にして、感情すら持たない。
全て無意識に行動している。
だったら、どうしてあんな顔が出来るんだろうな。
クラスメイトにお辞儀をする時の表情としては、あまりに不適合すぎる。
真相はどうであれ、友則の説は確実にハズレだ。断言できる。
あれだけ睨まれれば十分だ。
これ以上、モヤモヤと悩むのはうんざりだ。
どうせこいつらに馬鹿にされる。
だったら、俺が確かめてやる……!
暖色の瞳から放たれた、氷のように冷酷な視線の意味を。
「俺があいつと話す」
俺の説が正しいと、証明してやる。
フェンスをギュっと握り絞めながら、俺はそう決意した。




