2話 初めての会話 ④
わたしは歩く。
背中を押してくれた沢山の友人たちの想いと共に。
伝えたい想いを抱えて進む。
カーテンが開く。
「うわぁ!」
ビックリしたぁぁ。
変な声を出してしまった。
前触れ無く開くのは心臓に悪いのでやめてほしい。
驚くわたしを放置して、落ち着いた声が聞こえてきた。
「万里さん、授業はよろしいのですか?」
「えへへ、サボっちゃった」
ベッドで休む華ちゃんの隣に座る。
この子は間違いなく……からっぽだ。
口調、表情、仕草。そんなモノ見なくても解る異常さ。
お人形さんモードだ。
わたしが仲よくなりたい人は、この人じゃない。
お願い、あなたに会わせて。
わたしは息を吸い、言葉を放った。
「……華ちゃん」
途端、彼女の顔付きが変わる。眉間に力が入った。
「ねえ、華ちゃん」
「ど、どうしました? 万里さん」
そのクチはまだ人形のクチをしている。
それに合わせて眉間の力は緩む。
でも、身体は恐怖を具現化させていた。
わたしが名を呼ぶ度、肩をビクンと弾ませた。
警戒する身体は、徐々にわたしから距離を取る。
「あのね華ちゃん、わたしが呼んでるのは、あなたじゃないの」
「やめて」
昨日よりも棘のある言い方をされてしまう。
わたしのしている事は本当に正しい事なのか、解らなくなった。
だが、確実に彼女は今、人形から人間に変わりかけている。
同時に、推測は当たっていたようで、わたしの直感は仕事を放棄した。
彼女が何を考えているか、わたしには全くわからない。
いや。
それでもいい。力なんて要らない!
わたしは彼女の言葉を信じられる。
自分のしてきたことを信じられる。
信じさせてくれた人たちがいる。
わたしはもう逃げないと決めたんだ。
わたしは彼女の手を握る。
「ごめん華ちゃん。わたし凄く頑固なの」
「やめて!!!」
わたしの手から逃れようと華ちゃんは力いっぱいもがく。
その力は女の子と思えないくらい強い力だった。
嫌がる気持ちが痛みとなって、わたしの腕に伝わる。
握った手は離れ、背を向けた華ちゃんは逃走を図った。
「逃げないで!!!!!」
わたしは立ち上がり華ちゃんの手をもう1度掴む。
こんな強引なやり方しか、バカな私には思いつかない。
もしかしたらこのせいで、わたしは嫌われてしまうかもしれない。
でも、それでも大丈夫なんだよね……?
わたしの本心は、華ちゃんに届く。
わたしは、その言葉を信じたい。
お願い、あなたに聞いてほしい想いがあるの。
「わたしも! 逃げないから……」
華ちゃんの身体は、ピタリと止まった。
わたし、やっぱりダメダメだ……。
視界が歪む。あれだけ泣かないって決めてたのに。
零れそうな涙を必死に堪える。
泣き声が保健室に響く。
ポタポタと大粒の涙がベッドに落ちた。
わたしじゃない。
先に涙を零したのは、華ちゃんだった。
綺麗な赤い瞳から涙を流す少女は、ゆっくりと振り返りわたしをみつめる。
「華ちゃん……だね?」
質問の意味を理解した上で、少女はコクリと頷いた。
のだとおもう。そう信じている。
人形の華ちゃんではなく、人間の華ちゃんであると。
私は掴んでいた手を緩める。きっと彼女はもう逃げない。
ついに、少女は姿を現した。
やっと会えた……人間の華ちゃん。ちゃんと言えるかな。
たぶん、泣いちゃうだろうな。
でも、大丈夫だよね。
わたしは伝えたかった想いを届けた。
「わたしは、華ちゃんが背負っているモノの大きさを知らない。でも、そんなになってでも生きる事を選んだ強い人だってことはわかる」
少女は、わたしの話を聞いている。
「今、無理に背負っているモノを見せてとは言わないよ。だけど、もしいつか全てをさら……さらけ出す時、わたしは……華ちゃんの味方だよ」
少女は目を見開く。大丈夫、きっと届いてる。
さっきより溢れる涙が増えた少女は、わたしの手を握る。
昨日と同じで、震えている手。わたしも握り返す。
今度は痛みなんて感じなかった。
「華ちゃんを否定し……たりしない。それに、わたしは……華ちゃんを……」
わたしの意思に反して、彼女に負けない量の涙があふれる。
やだやだ、声がうまく出せない。
一番伝えたいことなのに……。
わたしが最初から感じていた事。
それは2つあった。
――初めまして、竹林華と申します。宜しくお願いします、万里さん。
――見ててください万里さん。あぁ、また、さん付けしてしまいました。
あなたは、ただ心がからっぽなだけじゃなかった。
「わたしは……」
――私が付き添います。
――万里ちゃん。
あの時も、あの時も、ずっとずっとそうだった。
「わたしは……華ちゃんを……」
――なあ、ここまでで、いいんじゃないか?
――イヤ。
だからあの時、わたしは拒んだ。
拒まずになんていられなかった。
それは見捨てるも同じだった。
――私だって解っているのよ……あなたが悪い人じゃないってことくらい……
あの時も、そうだったんでしょう……?
あなたはずっと“孤独”だった。
「わたしは華ちゃんを独りにしない!!」
私が誰にも言えなかった彼女の秘密。
伝えたかった、本当の想い。
最後の言葉を言った瞬間、華ちゃんはわたしに抱き着いた。
震える手を背中に回してギュっとわたしを包む。
見えなくなってしまった華ちゃんの顔はたぶん、ぐしゃぐしゃ。
わたしはそれを受け入れる。華ちゃんの背中に手を回し、トントンと優しく叩く。
わたしの顔は、たぶんもっとぐしゃぐしゃ。
伝えたかった想いは届いた。
もう、どれだけ顔が崩れたって構わない。
今は我慢したくないな。
きっと、華ちゃんもそうだと思う。
外にも聞こえるであろう程、大きな声を出しながら、わたしたちは泣いた。
ふたりしてギャンギャンと泣いた後。
お互い目を真っ赤にしていた顔を見合わせる。
ぐちゃぐちゃだ。
ちょっと笑っちゃう。
わたしの笑いにつられたように、華ちゃんのおなかから「ぐぅ」と音が鳴る。
あれ、華ちゃんごはん食べたんじゃ?
おっと、そういえば!
わたしはとある袋を持って来ていた事を思い出す。
1つを華ちゃんに差し出す。
「たべる?」
華ちゃんは無言で頷いた。
「わたしもたーべよっ。いっぱい泣いたらおなか空いちゃったぁ」
もぐもぐと2人で遅めの昼食を楽しむ。
……やっぱり、作った本人としては気になっちゃうな。
「華ちゃん、それおいしい?」
コクコクと頷く。
言葉では聞けなかったけれど、その動作は嬉しかった。
にまにまと笑いながら「やったぁ」とわたしは喜ぶ。
でも、それだけではなかった。
「すごく、おいしいわ……ありがとう、万里」
顔には長い髪がかかり、ハッキリ見えたわけじゃない。
相変わらず彼女が何を考えているのか、わたしにはわからない。
でも、その横顔はほんの少しだけ、笑っているようにみえた。




