1話 竹林華という女 ①
――まえがき――
イラスト:時雨jun様
作中、視点変更が度々あります。
************** Masaki.C
↑このラインと視点となったキャラ名を記載しております。
わかりづらい等ありましたら、ご感想などでお知らせください。
長くならない様この辺で。
竹林華は俺だけを嫌っている
お楽しみください。 うさみ。
制服が濡れる登校日が、かれこれ3日ほど続いていた。
スソはびしょびしょ、カバンもべちゃべちゃ。
どうやら、俺には傘をさす才能が無いらしい。
もうすぐ靴下への侵攻も開始されようとしている。
今日はいつもの倍ひどい。
そんな6月1日、月曜日の朝。
俺は一般生徒が登校するより少し早く、学校へ向かっていた。
俺の名前は千島政希。
私立影鳥高校、2年1組のクラス委員をしている。
クラス委員とは名ばかりで、クラス全員の宿題を職員室に運ぶだの、授業が終わる度に黒板を綺麗にするだの、そういう面倒くさい事柄を回される係だ。
名誉ある肩書きでも何でもない。
雑務のせいで登校時間が早まるなんてのもよくある日常で、今もこうしてビニール傘が反転しようとも関係なく、誰も居ない道を進んでいる。
昇降口に立った。
途中でビニールと骨組みは風で吹き飛び、俺の相棒はただの棒と成り果てた。
それでも負けずに登校し、その成果が入り口のガラスに写る。
好きで染めたアッシュグレーの髪はびちゃびちゃ。
色は水分を含み、いつもより暗くみえる。
友人にいつも「グレーじゃないよ、これは黒だね」とバカにされるが、今日は否定できそうにない。
何故か生き残った棒の処分方法にも頭を抱えた。
危険物でいいのか? めんどくせーな。
そんな気持ちがにじみ出て、やる気ゼロな顔をジト目が後押し。
おまけに太ももにすら張り付く制服と、負けないくらいぐっちょりなカバン。
ガラスに写る奴が自分ではない事を祈ったが、たぶん俺だろう。
俺と同じ170センチに、太りもせず痩せもせずな体型だしな。
びしょびしょなんていつもの事だ。慣れている。
しこたま勉強し続け、年度末試験にてようやく主席となった俺だが、いくら勉強しても不器用は治らないようだと悟る。
べつに、落ち込んでない。
気にせず職員室へ向かう。
今日の雑務を確認するのだ。職員室は昇降口を左に曲がればすぐに着く。
扉を開けると、妙に男勝りな声が俺に向かって飛んできた。
「職員室に棒1つで殴り込みとはやるじゃねーか千島。反抗期か?」
佐々木真理。俺達2年1組の担任、国語教師だ。
変な口調は、恐らく過去の経験から来てるのだろうが、詳しく聞いたことはない。
「よく見てください、傘ですよ先生。おはようございます」
「骨組みも残ってないならそれはもう棒だろ。おはよう千島」
担任のおかしな視力はともかく、挨拶を済ますと「水くらい拭け。ほれ、今日の分」と担任から『木下ベーカリー』と書かれたタオルと、冊子を渡された。
クラス委員ノート。雑務指示書の事だ。
水分を拭き取りながら、パラパラとページをめくる。内容を確認していると、女教師はノートに記載がない事項を伝えてきた。
「そうだ千島、今日うちのクラスに転校生くるから。後でお前も紹介してやるよ」
転校生とは珍しい。それも6月だぞ。新学期が始まり2ヶ月で転校することになるとは、よく聞く“親の都合”というヤツだろうか。
「まぁ仲良くしてやってくれ。問題起こしそうなら殴ってもいいぞ」
あなたの発言が1番の問題ですよ、とは言えず笑って誤魔化す。
転校生という情報を手に入れたが、今ひとつ物足りない。
もう1つくらい情報を貰ってもいいだろう。
「その男子ムキムキだったりしませんよね?」
「おおーっと、誰も男子だなんて言ってねぇぞー。転校生は女子だ。いや、本当は男子だ。なんてな。そういうのは楽しみにとっとけ」
「さすが先生、引っ掛かりませんね」
担任が話す途中、俺の脳は猛烈に震えた。
その後しばらく、ノートに書いてあった『孔雀のエサやり当番』に関して、俺の異議申し立てが一切通らず言い争っていると、外から複数の声が聞こえてきた。時計を見るといつの間にか、一般生徒たちも登校してくる時間になっていた。
俺は甘んじて孔雀のエサやり当番を嫌々々々ながら引き受け、職員室を後にした。
登校してきた一般生徒の中に、俺のよく知る短髪が居た。
俺の見た目に文句でもあるのか、ニヤニヤしながらそいつは近づいてきた。
「おはよう政希。ずぶ濡れだけど傘さして来なかったの? で、その棒なに?」
桜井友則。俺の友人だ。
爽やかそうな短髪に、セオリーを守った茶髪といった具合で、初対面の人なら好感触という意見が多いが、騙されてはいけない。
口元を見逃してはならん。緑の目も笑っている。
絶対何か企んでる顔だ。
「棒じゃない。これは傘だ」
「へぇー『傘』っていうのか。立派な名前を貰ったんだね『棒さん』。飼い主のいう事をよく聞くんだよ」
「ペットじゃない。傘だ。」
ほらみろ。
こいつの小バカにした言い回しは、幼少の頃から全く変わってない。
昔からシャツの第1ボタンまで締めて真面目な男子ポジを守ってはいるが、その実、中身が変わらずに身長だけ伸びたワルガキだ。
俺よりも身長は低いがな。
「あれ? 髪の毛黒に」
「してない。これはアッシュグレーだ」
「冗談だよ、ごめんごめん。ちゃんとその傘がひっくり返って飛んでいったのを、家から見てたよ」
「そんな場面見なくていい」
結局、こいつには見られていたか。
友則は視野が広い。
確かに、傘が棒になった瞬間は桜井家目の前だった。
おそらく、リビングで天気予報でも見ながら朝食を食べていたところ、窓の外で暴れる俺を本当に友則は見たのだろう。
脳が震えないのがその証拠だ。
いつもいつも、なぜそんなどうでもいい部分までバッチリ見ているのか不思議だが、平気でそれをやってのける友則に、それは一種の才能なんじゃないかと俺は思っている。
「ところでな、友則。今日うちのクラスに女子が転校して来るぞ」
「え、そうなの!?」
さっき担任から仕入れた情報だ。と教えると、友則は驚きの表情をニヤニヤと変化させた。
「仕入れたというより、見破ったんじゃいのかい?」
「まぁな。その通りだ」
「いいことを聞いたよ。ありがとう政希」
人間は無意識に体を動かす瞬間がある。仕草、目、声、その人特有のクセ、とかとか。
それらはある条件下で作動し、俺の脳を震わせる。
――嘘をつく時。
目線がグルグルしたり、嘘を正当化しようとして事細かに説明してしまったり。
嘘以外にも、仕草から思考を読み解く事は出来る。
例えば、「あなたは昨日、晩ごはんに何を食べましたか?」なんて質問されたとする。
実際に何を食べたか思い出そうとしてみると解りやすい。
ほんの一瞬だが、目線は上にズレる。そういうことだ。
だがこの場合、残念ながら俺には感知出来ない。俺が解るのは、嘘だけだ。
詳しいことは俺にもわからんが、とにかくそういうことらしい。
昔は、嘘がわかるなんて、気味悪くてコンプレックスだった時期もあったが、今は特に気にしていない。
友則は、俺が嘘を見抜ける事を知っている。
あともう1人知っているヤツがいるが、そいつはまだ登校してこないだろう。
友則は急用が出来たらしく、教室へと走っていった。
今頃、転校生の噂でも広めているんだろう。
友人と別れた後、俺は飼育小屋に向かった。
エサやりに苦戦するかと思ったが、どうやら、俺は孔雀と相性が良いらしい。
本日最初の雑務を終えて教室に着いたのは、ホームルームが始まる直前だった。
友則の急用は見事な成果をあげていた。そこら中に落ちている転校生の話。
俺は窓側前から3番目の自席に座って、1つ後ろに座る男に話しかける。
「そういえば友則、姿を見たりしてないのか?」
「残念ながらまだ僕も見てないんだ」と友則。
やたらどうでもいい事は見てるくせに、肝心な部分は見てないようだった。
「でもあと数秒でわかるし、いいかなーって」
友則にそう言われ時計をみると同時に、チャイムが鳴った。
教室の入り口が開いて担任と、知らない少女が入ってきた。
本文修正履歴
2020/06/30 視点切り替えの際キャラネーム追加
2020/07/21 外見描写追加・分割