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エルフの食人姫と殺戮皇帝  作者: 塚田恒彦
一章
7/16

07話 宣戦布告

 調査員の手には、表には宣戦布告、裏には署名の入った封筒が握られていた。



「なんだと!?」

「署名の筆跡は停戦協定の際と同じ、シルディア・エルリーフのものです」



 そこまで聞いてエルグランドは書状を受け取り、一呼吸挟んでから封を切った。




『我、シルディア・エルリーフはベオロード帝国に対して宣戦を行う。

 ベオロード王国はエルリーフ王国の恒久の平和を乱し、休戦を結ぶ姿勢を破砕した。

 猶且つ、みだりに他国の領土を侵略し、周辺国に動乱をもたらした。

 シルディア・エルリーフは帝国領土の境界を破棄し、人民を翻弄する指導者の一切を排する。

 速やかに災禍を除去し、両国の平和をもって祖先の御霊の尊厳を護持する。


 エルリーフ王国王女 シルディア・エルリーフ』




「本文の筆跡はどうだ」

「こちらもシルディア・エルリーフのもので間違いないかと」

「ご苦労だったな、下がってくれ」



 調査員を退出させ、エルグランドは改めて四騎士と対峙した。



「決まりですな。残党はエルフの王女とその付き人と断定してよいでしょう」

「ふ、二人で三百の兵を……」


「策も無く勝てる相手ではないと。基本的にこちらは待ち伏せに徹する。周辺国に宣言の周知はせずともよい、内々でこの戦は終わらせる」



 こうして会議は終わり、エルグランドは執務室に戻った。内政の仕事も山積みなだけあって、エルフの王女につきっきりで対応するわけにはいかない。

 椅子に座り、一息つく。



「……なんだ?」



 エルグランドの独り言は珍しい。いつもと変わらず紅茶を用意しようとしていた爺もそれが少し気になったが、頬杖をついて壁の一点を見つめるエルグランドに話しかけることはなかった。



「集中しろ……集中しろエルグランド……何か……」



 記憶の中に違和感がある、それは分かっているが、エルグランドは引き出せずにしばし沈黙した。エルフと戦争するというこの大事な局面で、自分が違和感を覚える点を絶対に見逃してはならない。

 まず順を追って思い出していく。報告を受け、四騎士と会議をし、宣戦布告の文書を受け取った。



「宣戦布告の書状……誰が受け取ったんだ……?」



 エルグランドは執務室を飛び出し、制止する部下を強引にすり抜けながら城門へと走った。



「会議が終わってからまだ五分も経っていない、今ならまだ、今ならまだ救える!」



 城内から外へ出るためにはいくつか出口があるが、この場合は大橋へと抜けていく城門が正解だと、エルグランドは直感的に正解を引いていた。



「待て!  そこの調査員!」

「あぁエルグランド様。個人番号を申請しても、衛兵が出場許可を出せないというのです。これはいかがいたしましょうか」

「……いや。城門の衛兵達、少し席を外せ。こいつには私から用がある」

「はっ」



 四名の衛兵がその場を後にし、不安げな表情の調査員とエルグランドだけが残った。



「もういい、エルフの王女。変装はもう見破った」

「あれ? 結構自信あったんだけどなぁ」



 調査員の姿が左右に揺らめき、輪郭がぼやけた。次にその像がはっきりとした形に整った時、そこにはよく見知った顔があった。



「どうして分かったの?」

「たわけ、所在不明の人物の書簡を預かってこれる人物など当人しかいないだろう」

「その割にはすぐに気づかなかったよね」

「魔法に関しては不勉強でな。まだまだ非常識に対する理解が足りないようだ」

「こんな魔法、私しかしらないし、しょうがないよね。宣戦布告は目の前で読んでくれたから、私はもう帰るよ」

「一つ聞かせてくれ。調査に行かせたのは六人、帰還したのはお前を含めて六人だ。一人、まだ帰ってきていない者が居る」



 シルディアはポンと手を打ち、言葉を選ぶように悩む仕草をしてから、自身のお腹を叩いた。



「食べちゃった。高台に一人で居たからさっ」

「グッ……!」



 自分が戦っても勝てない。そんなことはエルグランド自身がよく分かっている。思い切り拳を固めても、目の前のエルフは何ら警戒する様子を見せず、城門の装飾を眺めていた。



「そうか。わかった」



 冷静でないのは見抜かれているだろうが、あくまで丁寧にしっかりと答えた。それだけ聞いてシルディアは大橋の方へと一歩を踏み出した。

 軽い調子での会話だったが、エルグランドは気を緩めることは無かった。だが、得体のしれない相手から解放されたという安心感から、エルグランドの意志に反して、体の緊張が切れてしまった。

 直後、エルグランドの目前にシルディアの手刀が迫る。瞬きの隙にタイミングを合わせ、シルディアが思い切り振り返ったのだ。その速度を乗せたまま、右手を思い切りエルグランドの脳天に振り下ろした。



「させなぁい!」



 エルグランドの頭を割る前に、シルディアの右腕は切り飛ばされて宙を舞っていた。



「メルル!」



 小さな体だが、その剣速は帝国随一の少女剣士メルル。身のこなしも軽く、シルディアの胸辺りにすばやく足を揃えて蹴り飛ばした。

 まともに蹴りを食らったシルディアだが、重い一撃という訳ではなくすぐに体勢を立て直した。ところが、すぐに重い縦振りが頭部を狙った。地面を強く蹴ってシルディアは後方への回避を行う。



「避けられてしまいましたな。ラジーナ!」



 この分厚い鉄板のような特大剣の持ち主はマルクバッハだ。そこへラジーナが追撃に駆け込んでくる。



「陛下には指一本触れさせません」



 無理な回避で地面に転がっていたシルディアを正確無比な刺突が襲った。ラジーナの持つレイピアはシルディアの左肩、右わき腹を貫いたが、最初に狙った左胸への攻撃は素早く身体を捻られ地面を抉った。



「ちょっとだけ反撃っ」



 シルディアは起き上がりざまに身体を回し、蹴りでラジーナの首元を狙う。ガゴンという衝突音が響くが、シルディアの意図に反してラジーナに蹴りは届いていなかった。



「危ないじゃないですか……」



 シルディアの鋭い蹴りはテリドの肩で止まった。正確には、純度の高い鋼鉄を用いた鎧が、シルディアの攻撃を止めている。だが鎧は少しへこみ、テリドの表情は痛みに歪んでいた。

 勢いを殺されたシルディアは、着地してすぐに後ろへステップし、四騎士と距離を取る。



「その剣、ミルの血の匂いがするね……うん。全員顔覚えたから」



 それだけ言い残し、シルディアは去って行った。

 大橋を渡り切るまで五人はシルディアから視線を外せず、既に肘まで再生している右腕を嫌と言うほど見せつけられることとなった。

 シルディアが完全に視界から消えた時、エルグランドが口を開いた。



「書状を持ってきた調査員が変装していた。そして、シルディア・エルリーフの姿に戻ってから殺しに来た。律儀なのかなんなのか、考えが読めん」

「でも怖さは身に沁みました……」

「だけどエルフの王女も不死ではないようね」



 特別頑丈だが、急所への攻撃は回避する必要があり、再生も一瞬ではなかった。そもそも再生なんていう能力がバケモノではあるが、殺すことができるという認識は帝国側にとって収穫だった。



「もう日暮れだ。帰ろう皆」

「みんなで夕食にしよーよ陛下!」

「それも良いかもしれませぬな。久方ぶりに、兵士寮に顔を出してみるというのはいかがですか?」

「いや、私にはまだ仕事がある。……半刻待て」

「では私も同席します」

「僕は先に軍医のところへ……」



 メルル以外の三人は一旦別れ、エルグランドは再び執務に戻った。エルグランドを追いかけてきたメルルは、執務室のソファに寝転がりながら自分も書類の確認をして待つことにしたようだ。

 メルルはまだ11歳だが、エルグランドと比肩して頭の回転は速い。俗にいう天才児というものだった。平凡な家庭で、理解のある親の元で育ち、両親のために軍属で働くことを誓う。この時、年齢にして七歳。女性の雇用にも積極的な帝国ではあったが、流石に女児が軍門を叩いた前例はなかった。

 だが、衛兵を全て理詰めで言い負かし、上司へ、またさらに上司へと話が回されることとなり、最終的に執務室からエルグランドを引きずり出した。その場にいた誰もがメルルに一目置いていたのだが、決定はエルグランドに委ねられた。



「話は聞いた。剣を奪っているところを見るに、どうやら戦闘技能も文句なしのようだな」

「滅茶苦茶に強いですよこの子」

「それに頭も切れます」

「ふむ……では養子にするとしよう。ならば帝国内で何をしようが問題あるまい」

「えぇっと、それなら問題はありませんが……」

「無論、皆と同等の待遇だ。甘やかすという意味での養子ではない」



 エルグランドが歩き出すと人垣がサッと割れ、一人で剣を握りしめる女児と相対した。



「名はなんと言う」

「メルル!」



 そんな出会いから時は流れ、メルルは皆から実力を認められた。側近の騎士を四人立てたいというエルグランドの募集に立候補し、今の立場に収まっている。



「急ぎの書類は片付いたな。いくぞメルル」

「やった!」



 メルルは寝転んだ姿勢から身体を畳んで、ぴょいとドアの前で着地した。待ちきれないと言った様子でその場で足踏みをしている。軽く肩を馴らしながら扉へ向かうエルグランドだったが、少し気になることを見つけ、問いを投げた。



「そのネックレスはどうしたんだ」



 普段、メルルは髪留め以外に装飾品を身に着けないため、首元で青く輝くネックレスは非常に目立っていた。会議の時に見た覚えはエルグランドにはなかった。



「これのこと? 今日散歩してたら拾ったの。あ、でもポケットに入れてたから、首にかけたのは今だよ」

「持ち主が現れたら返すようにな」

「とーぜん! いこいこ!」



 腕を引かれてバランスを崩しながらも、エルグランドは食堂へ向かって歩き出した。

 国の頂点が兵士たちの食堂で夕食をとるなど本来はあり得ないが、エルグランドは不定期で続けていた。



「陛下!」

「聞いてください、彼、来月結婚するんです」

「寮の新しいメニューを考えたんですよ!」

「ラジーナ様が後輩をいじめてます!」

「ちょっと、言いがかりはよしてください!」



 中央の付近の長椅子に腰かけると、我先にと兵士が押し寄せ世間話に人生相談、色恋の話など、真面目な話はあまりない。エルグランドの普段からの働きかけで、職務上気になることは普段から上層部に報告され、なおかつ殆どが解消されているからだ。

 それゆえ、エルグランドの仕事量は普段から極めて多いのだが。



「夕食が冷める前に全て解決せねばな。さぁ全員かかってこい」

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