06話 未帰還部隊
「ひどい匂いだ……」
ハギリ村から帰還しない部隊を捜索しに、エルグランドは帰還予定日の翌日には数名の調査員を送り出していた。嫌な予感がしたという訳でもなく、作戦が遅延している際は人員を派遣するのがエルグランドの方針だった。
調査員からしてみれば、村を攻め落とした後に何かしらのトラブルが起き、帰還が遅れているというものを確認するという感覚で動いていた。近くには手練れの盗賊も居ると把握していたし、不意な交戦も考えうる。
調査員は村へ近づいていく内に強くなる匂いの中、馬上で口元を布で覆った。冬季でもない、二日経てば村人の遺体が腐敗しているのだろう、妙な疫病でもうつされたらたまらない。
だが、さらに接近するにつれ、嗅いだことのない匂いの正体が視覚情報として嫌でも脳に入ってくる。
調査員達は匂いを避けるため村の風上へと向かうが、それでも接近すれば嫌でも人間の焦げた匂いが頭に焼き付いていく。
「若い奴はその辺でゲロ吐いてから、周囲の警戒にあたれ。見分は俺達がやる」
「……すんません頼みます」
六人の部隊の中、年長の二人が村で下馬し調査にあたることとなった。
春の柔らかな日差しとは対照的に、深く息を吸い込めば昏倒してしまうような悪臭のなか、二人は村の中を調べ歩く。
「うちの兵はおそらく全員いるんだろうな。ここに来るまでに遭遇することもなかったうえに、ここにも動いてる影はひとつもない」
「……全滅か。やったのは竜種かねぇ?」
「直上からの炎の吐息だろう。この地域には出現しないと思っていたんだが、はぐれ竜なら仕方ない。災害みたいなもんだ」
「うちで飼いならしてるのは卵を盗んできた奴だからな、野生が人になつくなんてまずねぇんだろうさ。飼ってるやつでさえ口を塞いどかねぇと危なくて仕方ねぇ」
その後二人は丸二時間ほどで死体の山を調べた。鎧を纏った死体は自軍の兵、それ以外は村民。そして村民たちは皆帝国支給の剣で切られたと断定できた。
ここまで凄惨な現場は初めてだったが、聞き取り調査や身元調査が焼死体相手に出来るわけもなく、二人での仕事にしては、時間はさしてかからなかった。
だが、どうしても分からないことがあった。
「なぁこの二人、おかしくねぇか」
村の中央で調査員の片方が首をかしげていた。そこには体格差のある二人の兵士の遺体が並べられている。
「見てみろ。まず胸が抉られている。そんで片腕がこんなところにある、しかもほとんど食われて骨になってら」
「狼にやられたか」
「いや、この骨も肩にのこった断面も少し焦げてる。つまりこの腕は、飛竜が燃やす前に食われたってぇことだ」
「飛竜が食ったってのは」
「……お前、村一つ燃やせる飛竜がこんなちっさい歯型なわけあるか」
死体の腹辺りにある抉れを指さし、かるくため息をついた。
「ちょっと変な事言っていいか?」
「好きにしろ」
「ひとつ、この村の住民たちは農具すら持ってない、怪しい薬を作ってたって話だからそれは分かる。じゃあどうやってこの二人は殺されたのか。
武器を奪われたからってのはない。もともと、この作戦は不備の無いように人員が多く派遣されている。人に噛みつくような頭のイカレたやつがいても、ニ十対三百の状況で剣を盗んで抵抗なんてありえるか?」
「……死体の数も作戦予定とほぼ合致していたからな。この有利な状況で剣を取られるようなバカは、まだ訓練学校を卒業できてないだろう」
「そんでこの鎧だ、繋ぎの留め金は誰に破壊された?」
「第三者か。腕を食ったのもそいつか」
「そうなってくると。燃えてる中歩いてきて、食うだけ食って帰ってったみたいなことになるけどねぇ。最初に言った、村人が剣を奪って腕食って殺された説と、誰かが火の中を歩いて食い逃げした説。どっちもありえねぇなぁ~どうなってんだよ」
二人は立ち上がり、当分取れないであろう体臭を気にしつつ、馬を繋いである方向へ歩き始めた。
「考えるのは帰り道にでもできる。とりあえずもう少し調べてから、帝都に帰還するとしよう」
「砕かれた鎧は若いのに持たせるか。あれは持って帰らないとな」
「留め金と骨だけでいいだろう。後輩をいじめるなよ」
二人は他の若い調査員と合流し、半日かけて帝都に帰還した。
村の調査報告は事務方に渡され、数時間後にはエルグランドの手元にあった。
報告書に目を通し、エルグランドは震えた。
誰が、いや、何がこんなことをしたのかわかる。
魔法で街を焼き、素手で鋼を粉砕する。そしてその力の源流は人間の血肉。
「エルフが生きているのか……」
「復讐でしょうな。国外にまだ残党が居たのですな」
「どこかで捜索の穴があったか。一刻も早く殺さねばならん、四騎士を呼んでくれ」
エルグランドは対策会議の招集を爺に伝え、自身も会議室へ向かった。ニ十分ほどたったころ。皇帝直属の騎士、四騎士は一堂に会した。
「皆、緊急の事案だ。早速本題に入る。エルフの生き残りがいる可能性がある。
情報は無いも同然だが、四日前にハギリの村を襲撃したのはエルフの仕業だと俺は見ている」
「先日滅ぼしたあの小国の種族ですか。私が殺しに行きましょう」
「ラジーナ少し待て。先に認識を正しておかなくてはならないことがある。エルフを滅ぼしたいのは森の資源採掘のためと伝えたが、それは体裁の話だ。真ではない」
「何かしらの脅威を秘めている……という事ですかな」
マルクバッハの言葉に軽く頷き、エルグランドは説明を続けた。
「エルフは人を喰らう。そして寿命を延ばし、魔力を蓄え、膂力は人の比にならないものとなる。そういうものなのだ」
「ええっなんですかその怖い情報は……」
「テリドさんの怖がりは治んないねぇ。ここはメルルちゃんの出番かな!」
「担当はテリドのままで良い。テリドの指揮で不備が見つかった作戦は今回が初めてだ。自身で名誉を挽回させる」
「でも陛下、これ以上探しようがないですよ……」
「落ち着きなさいテリド。動機は恐らく復讐でしょうから、次もあちらから動いてきます」
「ラジーナの言う通りだ。今後もあちらから攻勢をかけてくる可能性が高い、発見は時間の問題だろう。
だが覚えておいて欲しい、エルフは一晩で三百の兵士を屠っている。恐らく数十人のエルフが生き残っていたのだろう。そして一人のエルフもあの場で死体を晒していない。
まともに争って勝てると思うな。竜を相手にしていると思え」
「メルル質問ある!」
「どうしたメルル」
「あの王女サマってちゃんと殺したの?」
「あぁ。侍従も谷へ捨てた。谷底に落ちたのも確認させた。死体は回収していないが」
「そなの? さっき谷底をお散歩してきたけど、死体はなかったよ。血はついてたけど」
「本当か?」
「わわわ……でも血の跡は他になかったから、誰かが引きずっていったり、動物に食べられたりしたわけじゃないとおもうの……」
「ぬかったな。緊急用の退避手段でも持っていたのか」
「魔法というものなのでしょうな。竜もそうですが、世の理を超えた存在がこうもあるとは」
「何か王家のみに伝承された秘術でもあったのだろう。だが最後だ。森の方のエルフはしっかりと死亡を確認してある。残りのエルフは断頭のうえ身体は解体してその場で絶命を確認させろ。
エルフの残党は何人いるか断定できん、今後は最大限の警戒であたれ」
「御意」
「承知しました」
「善処します……」
「頑張るね!」
「近いうちに伝達事項が増える。メルルはきちんと書類を片付けておけよ」
「頑張るね……」
しょぼくれるメルルに微笑をこぼす一同だったが、事態は進展をみせていた。誰かが扉を強く叩き、入室の許可が請われた。
「入れ」
戸を小さく開いて中に入り、やや息を切らしながら若い調査員が片膝をついた。
「報告を述べろ」
「エルリーフ王国から……宣戦布告の書状が届きました!」