02話 目覚め
「ッ!」
何故か、ミルは目を覚ました。確実に死んだはずなのに怪我もなく、そして見たこともない民家の、寝心地の悪いベッドの中にいる。
鎧はない、服は一般的な朝の寝間着のみだ。
「夢? いやまさかそんな」
ミルにとって自身が死んだのは数秒前のことで、それは夢であったなどと思えるような不確かなものではなかった。
「ミルー!」
朝日よりも先に飛び込んできたのはシルディアだった。唖然とするミルをよそに、ミルに頬を寄せて思い切り抱き付いてくる。
ミルはまだ状況が呑み込めたわけではないが、シルディアの泣き笑う顔が幸せの中で見れるのなら、笑いあうのも悪くないと思った。
シルディアはしばらくミルを抱きしめた後我に返り、顔を少し赤らめながら咳払いをした。
「いい、ミル。あなたにあげた、青い宝石の入ったネックレスがあったでしょう?」
「おう」
「あれよ!」
シルディアの顔がミルの目前に迫り、そして再び離れ、得意げに部屋を歩き回りながら説明を始めた。
「あれは我がエルリーフ王家に伝わる秘宝、不死鳥石。歴代の王女が最も信頼のおける騎士に、命を懸けて私を守れという契約の対価として預けるものなのよ。
まぁ……そんな儀式は数百年前に消えたんだけど、問題はそのあと。
不死鳥石を持った騎士は、死の間際に一度だけ蘇るっていう伝説があるの!
私も一緒に蘇れたのはよく分からないけど」
「それはだな……」
ミルは返答に窮した。あったことをそのまま話すべきか。普段は陽気なシルディアであるとはいえあのような死に方をしてこうも元気なものなのか。
もしかすると、シルディアは死ぬ直前の記憶が無いのではないだろうか。
まごまごしていたミルを見かねてか、ため息交じりにシルディアが言った。
「ミル、あなたはどうやって命を落としたの? 絶対にその百倍はやり返さないと気が済まないわ」
「あの橋から投げ落とされてそこで死んだみたいだけど……それよか大事なことがある。先に言っといていいか?」
シルディアが死んでからの事で、一つだけ絶対に言っておかないことがミルにはあった。死を超えたことで妙に落ち着いてはいるが、シルディアの死と比肩する怒りがあった。
「聞くわ」
「エルリーフ王国は襲撃された後だった。生きてる奴が居るかは正直わかんねぇ」
シルディアは一瞬硬直し、ゆっくりとミルの胸元に倒れ込んだ。
「私、明日から絶対に泣かないから」
「……そんなに強くある必要ないだろ」
「ダメ、誓いが無いと折れちゃう」
シルディアの頭を撫でながら、窓の外に昇ってくる太陽をミルは眺めていた。
「とりあえず一階見てくるか」
「耳はどうしよう?」
「俺もシルディアも髪で隠れるし、とりあえずは大丈夫だと思うけどな」
エルフ特有のやや縦に長い耳、もしベオロード帝国の兵士に見られようものなら、情報が出回りまたしても捕まってしまうかもしれない。
音をたてないように階段を一歩一歩慎重に降りる、だが一階に人の姿はなかった。
「廃屋らしいわね。丸机も埃被ってるし、半年は人が来てないんでしょう」
シルディアがそっと扉を押し開け、外の様子を確認する。窓から見えてはいたが、登山道から数十メートルほど脇道を引き延ばした所にこの廃屋は建っていた。
「ボロっちい革靴しかないけど、抵抗あるか?」
「ううん。街まで何キロあるかも分からないし、履かないのは愚策でしょ」
一歩外の世界に飛び出した瞬間、エルフの長耳より、寝間着とボロ靴で歩く二人の少女の方が目立つと気付き、二人は登山道に沿うようにして、森の中を抜けていった。