16話 幸せな明日へ
「姉ちゃんたち、腕だけじゃなく酒も強すぎねぇか!?」
商人を名乗る男達は、酒瓶片手に腕相撲をするミルに驚愕していた。
「もう腹いっぱいだから飲めねぇよ。三本で十分だ」
「けろっとして酔ってないのがおかしいんだよあんたら。ドレスに鎧の二人組ってのもよくわからん」
「雇われの傭兵だと思っていただければ。私とミルは腕っぷしが取り柄ですので。
……雇い主募集中ですよ?」
「悪いが平和そのものなんでな。俺達も多少の武装はしているし用心棒まで付けると過剰だ。そんな世の中で職無しの傭兵を取り込んでるのが帝国ってわけだな。あそこなら雇ってくれそうではある」
「遠慮しておきますね。食べるものに困ったら故郷に帰ることにしていますので」
「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。明日、帝国の王城付近に向かう、荷馬車で良いなら乗せてくぜ」
「ありがたい話ですが、急ぐ旅ではありませんので」
「そうか? なら旅の安全を祈ってるぜ」
話がひと段落したところでシルディアが目を逸らしたので、その場はお開きとなった。商人たちは自室に戻り明日に備えるそうで、浴場の場所を教えて部屋に戻っていった。
「さて、お風呂行きますか」
「そうだな」
二人はすたすたと歩き始めた。平和を乱す存在が自分たちであることに内心苦笑しつつ、だからといってもう歩みを止める気もなかった。国が原形を保っていないであろう今、最初から最後まで、復讐であっても戦争などというお堅いものではないのだ。
自分たちの決着以外に興味を失ったせいか二人は気楽だった。
視界の端に女性利用時間と書かれた札を捉えつつ、二人は浴場に入っていく。
「『使ったタオルはこちらへ』だって。貸しタオルとかこれ結構最先端じゃない?」
「確かにあんまり見かけねぇな」
話を聞きながらミルは自分の服を畳み、シルディアのドレスに手を掛けた。背中の紐をほどき、すっと床までおろす。
「いつもありがとうミル」
「シルディアが公務の時はドレスがほとんどだったからな。つくりが簡素なものなら慣れたもんだ。んじゃあ入るか」
シルディアの髪をくくり、風呂の方へ歩を進める。木製の戸を押し開けると熱気が肌に当たった。
「いやお湯が熱い!」
「ツッコミ冴えてるねぇ」
シルディアは木桶でお湯を身体にかけ、足先から湯に浸かっていった。
「熱いわ……」
「だろ? 誰も居ないし氷山置こうぜ」
「賛成」
シルディアが氷塊を放り込んでぐるぐるかき混ぜた後、二人並んで肩まで湯に浸かった。最初に比べればぬるま湯だが二人が心から和める丁度良さになっていた。
「火は耐えれるんだけどな~熱湯は慣れねぇな」
「言葉にしてみると意味分かんない話よね。なんだろう、戦ってるときとかは無意識に痛覚切ってるんじゃないかな。お湯も別に耐えれなくはないけど、好きか嫌いかで嫌って感じじゃない?」
「的確な気がするなそれ。刺されるとかよりも精神的なものがつらいな」
「苦いものとかね」
「野菜はもう食えるんだが」
「虫を触るのは?」
「知らね……」
口を尖らせたまま沈んだミルを見て、シルディアの頬が緩んだ。
「負けたら即座に殺されるだろうから心配ないんじゃない?」
「お前さ……いや、まぁ。そうだな」
「何?」
「いや、立ち直り早ぇなって」
「割と直球で言うよねミル。そういうところが好きではあるんだけど」
死に際の恥辱をシルディアが忘れていたわけではなかった。ただ、臣下が一人殺されたのでエルグランドはなぶらず殺しに来るだろうと予想しての発言だった。
「負けた時の事は良いの。ずっと暴れてれば殺すしかなくなるだろうし、終わりを考えるのはもういいんだよ。その先は必ずある。わかった?」
「ごめんな」
「しゅんとしないでよ。私達、この先長いんだから」
ぶくぶくと鼻先までお湯に浸かったミルの頭を、シルディアは軽く撫でた。
「私にとってはね。ミルが嘘をついたりしないから信頼できてると思うんだ。
というか、隠し事が下手なんだけど」
「そこはもっと優しく言い換えろよ……」
水面から顔を出したミルが抗議するが、語尾は弱弱しい。その様子を見てシルディアがミルの頬を指でつついたが、完全に降参と言った様子で抵抗はない。
「まぁこんなに可愛いからねこんなに。大抵許すよ誰だって」
「反応しづらい優しさだなぁ……それと顔が怖いんだってこういう時!」
「顔? そんなに緩んでたぁ~?」
「今まさにな!」
身の危険を感じたミルが先んじて湯から上がっていった。シルディアはふふっと笑うと、まだ溶け切らない氷塊を森の方へ放り投げ、温泉を後にした。
その後、ローブに着替えたミルに抱きつこうとしたシルディアだったが、額に掌底を食らって豪快にすっころんでいた。呆れた様子のミルに手を差し伸べられ、悪戯な笑顔を浮かべたシルディアはどこか満足げだった。
「ありがと、ミル」
「はいはいどうも」
二人はざっと服を洗った後、酒場で再び酒を一杯入れ部屋へと戻った。まだ日付が変わるには数時間の余裕があったが、さっさと寝て明日に備えることにした。幸いにも眠気を誘う疲労感には事欠かない。
翌朝、商人たちと玄関で再会し、馬車に乗らなくていいのかと確認されたが、面倒事に巻き込むのも申し訳ないので遠慮した。
荷馬車を一台買おうとでも言えればよかったが、商人の荷馬車に物品の乗っていないなどあるわけもなく、二人がちょこんと座る隙間があるのみだ。加えて言うと、シルディアとミルの持っている金にもそこまで余裕はない。殺した相手からくすねてきた小銭の積み重ね程度である。
「結局歩くハメになるんだな。持ち主不明の馬でもいればいいんだが」
「こんな平和な場所じゃあ、乗り手を失った馬なんていないでしょ。でもいいじゃない、歩くの楽しいし」
「まぁな。で、どこに向かうんだ」
商人が見えなくなり、目的地はシルディア任せのミルが問いかける。
「エラウ砦かな~。王城から一番近いところの砦で、設備も一番整ってるしそこかなって」
「んっと……そこには残りの三人がいるんだな? 守りが硬いところに俺達が攻めてくる前提でエルグランドは動いてると?」
「多分ね。お互いに『最高戦力でぶつかって決着を付ける事』が最優先だってハッキリしたから。つまりは小競り合いを求めてないんだよお互い。私達からしたら帝国の一部にしか私達の存在を知られてない状態で戦争を終えたい。あちらからすれば、精鋭を各個撃破されることを避けたい。
未来のための最善の選択肢だ。こっちがやや不利になるけどね」
街道に出て帝国の方へと二人は歩き出した。
熱気を纏う眩い日差しにシルディアが目を細めているとミルが手に持っていたタオルをパサリと手の平に広げた。
「で、わざわざ買ったそれはどうするの?」
「ここに氷を包んで」
ミルがタオルを丸めて額や腕にちょいちょいとあてて見せた。シルディアはそれを見ながら、あぁはいはいと相槌を打ち、拳ほどの大きさの氷を生成する。
「……天才的だわ」
「いいなこれ冷てぇ~!」
氷嚢片手に二人はハイタッチを交わし、再び歩き出した。
数時間後には決着が着いているかもしれない。立っているかもしれないし、眠っているかもしれない。そんなことをぼんやりと考えているシルディアは、以外にも幸せだった。
これからミルと過ごす数時間が未来を決める数時間だと思うとわくわくが止まらず、鼻歌交じりに歩いている。
戦いが好きなわけじゃない。あまり何も感じない。
恐怖に飢えてるわけじゃない。あまり何も感じない、けれど。
ミルと一緒に居るときだけは、幸せだった。