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エルフの食人姫と殺戮皇帝  作者: 塚田恒彦
一章
14/16

14話 国は屍の上に建つ

『引くぞ、倒壊まではまだ余裕がありそうだが、煙に巻かれるまで時間がない』



 三人は頷き、エルグランドを追って窓から脱出した。

 屋敷を少し離れると連鎖的に緊張が切れ、誰が言い出したわけでもなく四人は座り込んだ。立ち上がる気力も湧かずに、ただ茫然と屋敷を見つめる他なかった。



『……皇帝とその妻が無くなったのだ。犯人を提示したいが、魔法に食人……両陣営に説明のつく話ではあるまい』

『状況からして、エルフ族による国王暗殺事件となるでしょうか』

『そうだな。二国で検証していけば、トルメと言う男による放火と刺殺という理解に落ち着く……いや。

 全ての死因を火災で押し通して、現場は一切見せてはダメだ!』

『どういうことですか?』

『エルフの魔法について帝国側が知った、と勘づかれる可能性がある。

 最も警戒すべきは、帝国に危険視されているのなら、全エルフに人肉の秘密をばらして全面戦争にしてしまおう、となる事なのだ。

 トルメの言い方からして、魔法と人肉の効果は王家で独占されているらしいが、調査隊に関係者がいればこの思考に至ってもおかしくない。つまりはリスクだ。

 我々には分からないが、エルフだけが知覚できる魔法の残り香や残滓があるかもしれない』



 懸念を語り切り、エルグランドは上体から力を抜いて寝転がった。騒ぎに気付いた帝国兵達の足音が近づいてくる中、両親の死を悲しむ余裕は無かった。



『俺が民を守らなくては……もう誰も死なない様に。悲しむ時間を消さない様に』



 エルグランドはそう呟くとふらつきながら立ち上がった。すすを軽く払い、真っ先に集まった十数名に指示を出す。



『十名以下の二部隊で屋敷付近の立ち入りを制限。馬で来たものは即座に引き返し、国内のエルフ族の所在を早急に確認、四人乗りの馬車二台を武装兵四人で警護し、ここまで誘導せよ。いけ』

『はっ』

『防衛各部署の長を緊急で王城内大会議室に招集、名目は緊急とだけでよい。国外の派兵は維持、国内は休暇中の者から数百を動員して交通の要所に配する。実行は即座ではないが通達は急げ』



 武装していた数名を残してほとんどが引き返すと、エルグランドは再び座り込み、思考の世界へ飛んでしまった。指示を出し終わったところで休養を促したかったシエルだが、声を掛ける隙などまるで無かった。

 皇帝である父の亡き後、自分が国を守らなくてはならない。その過程で自身の精神状態など欠片も考慮に入っていない。シエルの危惧したのはこうした危うさだったが、国の頂点にエルグランドが必要なのもまた事実だった。



『シエル』

『はっ、はい』



 身体を一切動かさずに出た声に驚き、シエルはエルグランドのとなりにちょこんと正座した。



『少し寝る』



 月夜の草原の隅でエルグランドはシエルのふとももに頭を乗せた。



『ひょえっ』



 シエルが慌ただしく辺りを見回すが、ナルバとダタンは屋敷の監視について話合っており、偶然にも誰も二人を見ていなかった。しばらく顔を赤くして固まっていたシエルだったが、ふいに足の濡れた感覚があり、エルグランドに目を落とした。



『通り雨ですね』

『……そうだな』

『私が傘になりますよ。今夜は沢山降りそうですから、雨宿りしていってください』

『恩に着る。少し……休もうか』



 雲一つない星空の下、少しだけ濡れたスカートがシエルはどこか誇らしかった。


 迎えに来た馬車に乗ってエルグランドとシエルは王城へ、ダタンとナルバは医務棟へ向かった。休憩する時間こそほとんどなかったものの、気持ちの整理がついたエルグランドはさらに手際よく、とにかく各所に指示を出し続けた。

 その夜は数時間眠り、起きるととにかく会議を捌き続ける。エルグランドは父と同等の治世を行うため、とにかく早くベオロード帝国内の状況を把握する必要があった。



『死亡者の遺骨は各家庭に返還した……帝国側の被害が多いだけあって、報告書を渡すとエルフの国からの追及は無かったな』



 エルグランドは執務室で紅茶片手に書類を捌きながら、爺に話しかけた。



『これからは国政の方に注力して頂いた方が良いようですな。事件の顛末を聞いた時は驚きましたが、気付かれてないと思い込めば今後も彼らは秘匿し続けるでしょうからな。

 直ぐに攻めずとも問題ないかと』

『だろうな、愚かな慣習に縛られてくれて助かるよ。今回の主犯トルメのように、人間に勝てると思う方が自然だ』



 再び執務に戻ろうとすると、コンコンとノックの音がした。



『シエルです。お呼びとのことで参りました』

『入れ。爺は席を外してくれるか?』



 爺と入れ替わりに、メイド服に身を包んだシエルが入ってきた。



『仕事をしていないのも嫌だと思ったが、雑務ばかりを任せてすまないな』

『いえ、王城内での仕事もやりがいがありますから、暇をしているよりは良いでしょう』

『なら良かった。さて、本題に移ろうか』



 エルグランドはシエルに向かって一枚の書類を差し出した。書かれているのは住所や氏名など個人の情報だった。だが、シエルにはその人物に思い当たる節が無い。



『それは偽装の戸籍。その人物は今までは存在していなかったが、今日からお前が【ラジーナ】だ』

『ラジーナ……』

『シエルの名を捨てるわけじゃない。仕事用の偽名だと思ってくれたらいい』

『国外任務は嫌です!』

『分かってる。ここに居たいんだな』



 エルグランドはもう一枚の書類をシエルに手渡した。見れば【四騎士制】の文字があり、これもまたシエルには見覚えのない言葉だ。



『四騎士という名称は仮だ。どの部隊にも属さず、俺の指示で動く精鋭部隊だ。

 募集する予定なので存在は公になる。まぁ悪いようにはせん、手練れを腐らせるほどの余裕は無いからな』

『私の席があると』

『あぁ、コネでも入れるし、努力でも入れる。募集の時は好きな方に座ってくれ』

『……承知しました!』



「エルグランド様。寝るならきちんとベッドで寝てください」

「……ラジーナか」

ソファに寝転がるエルグランドの顔を覗き込むようにしてラジーナが佇んでいた。エルグランドに触れそうになった前髪をかき上げると、煌めくイヤリングが揺れた。

「今は誰も居ませんよ」

「シエル。俺はどのくらい寝ていた」

「一時間ほどかと」



 ソファから起き上がっても、窓の外の景色は変わっていなかった。

 誰かを殺すことが極罪なら、部下を殺した自分が許されるはずもない。だからこそ、寝過ごして職務を放棄するなど、甘えたことは自分の根底にあるものが許容しないようだった。



「俺は……愚かだった」



 力んだ拳を両ひざに打ち付け、エルグランドは搾りカスにも満たない唸り声を漏らす。



「皇帝という呼び名に縛られ、何もかもすくい上げられると思い込んだ。誰も死なない様に誓っても人は死ぬ。そんなことも分からないで人の命を預かってきた。

 だが、それも今日までだ」



 顔を上げたエルグランドは資料を抱えてドアを勢いよく開け放ち、廊下に飛び出した。

 走馬灯のような夢が一瞬で通り過ぎ、エルグランドは未だ到達していない未来に向かって動き出していた。



「俺が全ての命に意味を持たせる。最善最小の犠牲で終わらせるぞ」

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