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エルフの食人姫と殺戮皇帝  作者: 塚田恒彦
一章
13/16

13話 溢れた力

 裏口へと向かう曲がり角から細身の男が姿を現した。縦に伸びた耳をいじりながら薄く笑いを浮かべ、エルグランド達を見つめていた。しばし沈黙は続いたが、ふいに話しかけてきた。



『エルグランドって、君か』



 口が閉じ切るより早く、エルグランドから奪い取った鉄剣を片手にシエルが距離を詰めていた。流れるような動作で振り抜かれた鉄剣は妙な男の肋骨を砕き、肺まで到達した。すぐさまシエルは剣を引き抜こうとするが、異様に重く、動かない。

 一瞬の思考の後、刃を掴まれているという感覚に気付くとほぼ同時に、シエルは蹴りを入れて下がった。ふらつく男の視界から外れ、棒立ちのエルグランドの手をぐんと引いて二階へ向かう。



『攻めなんだなシエル!』

『はい、奴はここで倒しましょう。敵対が確定した時点で、街に放つべきではありません』



 門番二人もすぐに追いつき、階段上がってすぐの会議室に滑り込んだ。



『畜生が……』



 分かっていた。分かってはいたのだが、隣で事切れている両親になんの弔いもできない自分に嫌気がさす。他にも二体見慣れない死体があり、そちらは長耳で首を切断されている。どうやら奴は相当な狂人らしい。


 エルグランドは部屋に飾られてた甲冑から剣を奪い取り、入ってきた扉に対峙した。部屋は廊下に囲まれ、入り口は五つある。だが、奴は恐らく正面から来るはずだ。でなければ、月明かりに照らされててゆったりと歩いてくるなどと、大層なパフォーマンスをする必要はない。



『エルグランド様』



 剣の柄を握りつぶす勢いで力んでいたエルグランドに、シエルが声をかけた。気が張っていることを見かねて、という訳ではなくどうやら気になることがあるらしい。



『耳が長い、と言うのはエルフ族の特徴だと聞いたことがあります。ですが他にも、人智を超えた力を持つという噂があります。お気をつけて』

『胴体の半分まで剣が入ってそれでも生きているんだ。おとぎ話の怪物と何ら変わらん』

『となると主人公が必要ですね』

『妙な事を言わせようとするな。主役が俺である必要はない』

『エルグランド様、来ます』



 扉の正面のナルバとダタンが盾を構え、手で小さく合図した。急に扉が開いても良いように、扉の動く線上には入っていない。

 四人全員が扉から距離を取りつつ、囲むように攻撃できる陣形を選んだ。左右にエルグランドとシエル、正面にナルバとダタンが盾とメイスを構えて待つ。

 時間を置かずして、コンコンとノックの音が静かな部屋に響いた。応答などするはずもなく息を殺して動かずいると、ふいに遠ざかる足音が聞こえてきた。コツ、コツ、と階段を下りていき、そこから六歩ほど進んだところで足音は止まった。

 エルグランドにはその意図が読み切れなかった。攻めてこられた方が楽とは言い難いが、離れたとなれば対話の意志も無いということになる。今更、美術品の品定めをしているかといえば、そうではないはずだ。

 ならなんのために奴はここにいる。

 その時、ドン、という重い衝撃が四人の身体を揺らした。それが何によるものか一瞬分からなかったが、踏ん張りのきかなくなった両足が床の抜けたことを知らせていた。



『無茶苦茶をする……!』



 幸いと言うべきか、一階までの高さはジンと足がしびれる程度のものだった。後数十センチでガレキに挟まれていたことの方が凍えるほどに恐ろしい。

 だが、震えている時間は無い。エルグランドは剣を杖のようにして立ち上がり、それを素早く構えた。



『ありゃ、エルグランド君。挨拶が遅れたね、私はトルメ。エルフの貴族で、人肉愛好家だ』



 鮮やかな赤で染まった唇を舐め、その男はエルグランドの方を見つめていた。遅れて起き上がったナルバとダタンが間に入り、シエルは寄り添うように脇へ立った。トルメと名乗る男は、それをなんら気にしない様子でエルグランドに語り掛けてくる。



『エルグランド君、食材を調理するならどこへもっていく?』



 近づいてくるトルメに押されて四人はじりじりと後退する。またしても意図が読めず、考えたくもない答えにエルグランドは沈黙した。



『答えは厨房だ。これは聞くまでも無かったね。汚れた食材を洗って、皮を剥き、味をつけ、熱を通すかは食材次第。ちなみに、人間は焼くに限るんだよね』

『こっちの文化だと人間を焼くことを葬儀という。文化の違いか?』

『あぁいやそれはこちらも同じなんだけど。エルフの間で人間の死体を扱う時は食材だから』

『二国間で容認できない文化がある時、およそは武器を取ることになる。それ以前に、国のトップを襲ったのだから戦争は避けられないが、分かっているのか?』

『戦争になろうが食べる価値があるから会合に潜り込んだのさ。子供じゃあるまいし、殺しちゃダメなんてしらなかった、なんて言わないさ』



 そう言ってトルメは、かかと落としで足元の岩を砕いた。



『エルフが人肉を食うと、異常な筋力とそれに耐えうる身体を手に入れる。これは王族で独占されていた情報だ。私のような盗人しか知らないだろうから安心したまえ』

『それは助かるな。お前を殺せばそれなりに手の打ちようがある』

『殺される気はしないんだけどね。先程脇腹にもらいましたが、もう治りましたし』

『首を落とせば死んでくれるか?』

『……さぁ?』



 両手を広げてへらへらと笑うトルメは、さらに数歩近づいてきた。エルグランドは剣の柄で背後の窓を割りつつ、視線はトルメから離さない。

 だがもう盾持ち二人に接触しようというところで攻めに動いた。エルグランドが前へ一歩踏み出した足音に合わせてダタンが突進していく。ここでエルグランドの前進は攻め以外にあり得ないと、既に全員が理解していた。

 ダタンの突進に対して、トルメは左肩の辺りまで上げた右の拳を振るった。ガゴンという金属音から鈍い激突音の連続、ダタンは壁面に身体を打ち付け、ずるりと崩れた。その最中、ナルバは怯まずに間合いを詰め、右肩に思い切りメイスを振り下ろした。



『グッ……!』



 勝機が見えた。いくら強力な力を持っていても戦闘に関しては素人。加えて、思い切り殴れば多少の痛みもあり骨も砕ける。

 トルメは右肩を抑えてよろめきながらも、突き飛ばすような蹴りでナルバを遠ざけようとする。だがそれをナルバが受け流した、盾にかすっただけで大きくのけ反るのは驚異的ではあるが、盾を貫通するという訳ではない。

 トルメの表情に明確な焦りが見え始めた。勢いの殺された足をシエルに切り落とされそうになって無理やり躱すが、地面に手を付いてずりずりと逃げる形になる。シエルもすぐに追撃するがトルメは素早く立て直し離脱する、シエルの剣は空を切り、床を叩いた。



『甘く見まし……がっ!』



 まだ余裕を演じようとするトルメの腹を、エルグランドの剣が貫いていた。シエルが切りかかった後ろで、既に突きの姿勢で走り出していたのだ。



『やれ! シエル!』

『はぁぁぁぁぁぁ! 取ったぁ!』



 エルグランドが背を少し曲げ、シエルの剣の軌跡とトルメの首が繋がる。



『そんな馬鹿なことが……あってたまるかぁ!』



 トルメが右手首を抑え、手の平をシエルに向けた。手を犠牲にしても断頭は避けたいのだろうという推測がシエルの頭によぎるが、ためらいなく振るった剣は最早手を切り飛ばしても止まるものではないという確信があった。最初の対面で脇腹に一発振りぬいた時、異様な生命力は理解したものの、刃が入ると分かったからだ。



『……人間如きが、燃えて死ね!』



 トルメの手の平に突然火が灯り、シエルが指を切り飛ばそうという寸前、剣先が溶けた。シエルの右手を焦がすというところで、エルグランドがシエルの足を引っ掛け、無理やり回避させた。

 一瞬が数倍に引き延ばされたように、ギリギリで躱した炎がゆっくりと壁に広がっていく様を見せつけられる。倒れていたダタンはナルバが引っ張り出しており問題ないのだが、もはや屋敷の全焼は逃れられないようだった。

 魔法などというものがこれほどの力を持つのは、おとぎ話以外ありえない。だがロウソクの炎などとは比べ物にならない炎の渦が、エルグランドの前を掠め、乾いた肌のひりつきがリアルを感じさせる。



『これが魔法! あぁなんと素晴らしい力だ。こんなものが日の目を見ずに終わるのも、この身体でないと扱えないからなのだな! 有り余る力で心臓が食い破られそうだ!』



 エルグランドは一人悦に浸るトルメから剣を引き抜き、その額に向かって思い切り振り下ろした。だが虫を払うように剣の側面を弾かれ、エルグランドは右半身から地面に突っ込んだ。

 身体の端から炭になっていく感覚ですぐさま跳ね起き、盾をへし曲げられたナルバと入れ替わる。



『シエル合わせろ』

『はい!』

『おとなしく死んでおけばいいものを!』



 エルグランドは右から、シエルは左から剣を振るった。もちろん狙うはトルメの首元だ。トルメも素早く反応して手の平を二人に向けたが、ダタンとナルバが全力で腕を押し無駄撃ちさせる。これにより屋敷の火はさらに勢いを増すが、それも気にならないほどに決着が近づいていた。



『ここで死ぬのか、私は』

『あぁ、火葬も直ぐに済むだろう』



 ギィン……と金属同士の衝突音が響く。ごろりと転がった残骸に盾を被せ、メイスを振り上げたナルバとダタンが冷静にとどめを刺した。

 悲鳴を上げ始めた屋敷とは対照的に、泣き言を漏らす者は誰一人いなかった。

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