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エルフの食人姫と殺戮皇帝  作者: 塚田恒彦
一章
12/16

12話 静かな出迎え

屋敷に戻ったのは今まさに夕日が沈み、夜を迎えようとしていた頃だった。すでに人払いが終わっていたようだったので門番に話を聞くと、どうやら三十分ほど前にシエルを除く使用人達は屋敷に戻っていったという。自分の専属メイドは仕事の開始を完全に忘れていたのかと気付いたエルグランドだが、シエルのつたない口笛に免じてその場は流した。

屋敷の前で馬車を降り、エルグランドは正面玄関へ一歩踏み出した。だが、シエルに上着を掴まれ、そのまま裏口へ引きずられていった。



『いやその……制服のままで同僚に会うのはちょっと』



人目を気にしつつ裏口の扉に張り付くシエルの動きは、訓練されたスパイのそれと相違ないが、欠片も威厳はない。

エルグランドは耳の裏を少し掻き、シエルの肩を叩いて裏口のカギを開けた。



『着替えを持ってくるから、入ってすぐの物置に隠れていてくれ。埃っぽさはあるが、人に見られることは無い』



半ば呆れ混じりにエルグランドがドアノブを引くと、なぜかドアに重みがあることに気付いた。錆びて動きが悪いという重さではなく、誰かが内側から扉を押している重さだ。その違和感に気付いた時には扉を外側に開き切っていた。

そして内側にあったものがエルグランドの足元に転がった。



『うっ……!?』



倒れてきたのは、既に事切れたシェフのゼンタだった。エルグランドは喉まででかかった悲鳴を抑え、扉から三歩下がる。死人が居るなら犯人も居る、近くに居る可能性もある以上、大声を出している余裕は無い。



『仕事のようだ、まずは一度引くぞ』

『えぇ。エルグランド様』



二人は素早く門まで引き返し、二人の門番を連れて裏口へ戻った。

落ち着いたところで、シエルは内ポケットから取り出した手袋をきゅっと両手にはめた。ゼンタの死体を外へ引きずり出し、素早く扉を閉める。



『見たところ胸を深く抉られたのが致命傷ですね。目につくのはもがれた右腕の方ですが』

『我々はずっと門に立っていましたが、悲鳴は聞こえませんでした』

『門から出た人間は、馬車の御者のみです』

『となるとまだ全員中か。使用人が帰ってきたのは三十分ほど前で正しいのだな?』

『はい、貸与されている懐中時計で確認しました』



エルグランドは思考する。屋敷は依然静かなままで人の動きは感じない。

王城であればこうも手薄な警備ではない。だが私邸であり、付近は王国兵の居住区のため、警備が少なくても問題は無いだろうという事で今まできていた。

中に居るのはエルグランドの両親、使用人六人、エルフの使者数名。考えるまでもなく、最優先で警戒すべき存在は決まっていた。。



『エルフは見つけ次第拘束だ。国の正式な使者だが、緊急時ゆえと言えば良い。見ない顔なら全て拘束で良い』



エルグランドが扉に手を掛けると、その手をシエルが止め、門番二人が先んじて中に入った。



『私達を活用して下さい』

『我らも伊達に鍛えてはおりませんよ』



そう言って門番の二人は自身の胸を軽く叩き、歩を進めていった。歳はシエルと変わらず若く、言ってしまえば平均的な新兵だ。だが、シエル同様エルグランドへの敬意と忠誠心は高く、この状況でも気弱な態度は見せなかった。

二人は入ってすぐの倉庫を漁り、扉で待っていたエルグランドに護身用の鉄剣を手渡した。



『死ぬなよ、ナルバにダタン。お前たちも優秀な人材だ』

『もちろんですとも』



シエルを最後尾に据え、四人は屋敷の探索を開始した。

屋敷は二階建てで、一階は倉庫、厨房、食堂、そして広間がある。四人が居るのは月明かりの差し込む広間脇の廊下であった。一歩前進するたびに鼻腔を鋭い臭気が襲うが、目指すは二階。寝室と客間があり、行くべきは会議の行われていた客間だ。

廊下を抜け、上階へ上がる唯一の手段である正面玄関付近の中央階段へ向かう。その途中、厨房を少し覗き込んだが、既に見るも無残な惨状だった。壁面を黒々と染色する臓物に、なぜか足りない四肢。シェフ以外の使用人もここに集められたのか、皆が殺害されていた。

四人は一様に吐き気を催し、一度厨房から身体を引いた。だが、ここまで歩を進めてきただけの事はあり、死者へ手前吐くことは無かった。



『匂いの距離間隔も分からなくなっていたのか……急ぎ二階を探索せねば、先にこちらの感覚がいかれてしまう』



エルグランドは未だ動きの無い二階を睨みつける。そこに居るであろう下手人に対し、怒りは枯れることなく湧いてくるのだが、それでもここで下すべき判断は違うと分かっていた。



『三人とも聞いてくれ。状況を見るに殺すことが目的だと考えた方がいい。皆殺しなどとても常識に収まる相手ではない。ここは引こう』



エルグランドと三人の意志は一致していた。死んだ同僚たちは皆拘束された跡が無いうえ、いくらでも武器のある厨房で成人六人が殺害されている。となれば今相手にしようとしている奴は相当な手練れであるとみるべきだ。もし交戦すれば、ここに居る誰が死んでもおかしくない、だから引こうという提案だった。

ただ、唇を赤で濡らし自身を抑え込むエルグランドには誰もが気付いていた。

無理矢理にでも部下を守りつつ両親を救いに行ければ良いが、それはただの蛮勇であると冷静な自分が前に進むことを許さない。



『エルグランド様、動きはまだありません。お早く』

『そうだな、裏口を目指そう。距離は遠いが正面の扉を開くと音が目立つ』



元来た廊下へ足を向けたエルグランドは、一歩で機を逃したことに気付いた。



『どうやらもう、出迎えの準備は済ませていたようだ』


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