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エルフの食人姫と殺戮皇帝  作者: 塚田恒彦
一章
10/16

10話 鉄拳のテリド

「なんだか普通の砦にしても兵士少ないね。警戒されちゃった?」



 シルディアとミルは、ガイアナ砦から七キロほど離れた高台で様子を伺っていた。シルディアの目には、ごく少数の弓兵と周囲の交通の要所である砦が映っている。



「他に警備を回したんだろ。ま、どこから襲撃するかなんて、エルグランドも予想できないだろうし」

「いやぁ……どうだろうね。ここはハギリ村から一番近いから安直に選んじゃったけ、ど読まれたかも」



 シルディアの勘は当たっていた。

 エルグランドからすれば、エルフの王女が死んで数日後にハギリの村の惨事があった。となれば活動拠点もハギリの村周辺だろうと予想ができる。加えて言えば、王城に突っ込んでくるような奴が、変に遠くの拠点を狙うだろうかと。



「でも行くだろ、どうせ最大警備は王城だ。ここで負けてたら話にならない」

「まぁね。でも死んじゃったらそれもお話にならないんだよね。とりあえず四百メートルぐらいまで寄ろうか」



 シルディアを追って、ミルもおよそ一時間馬を走らせた。その間も砦を注視していた二人は、だんだんと砦に見える人数が増えてきたことに気付いた。

 遠眼鏡で見える距離まで近づいたことから、発見されたことにはさして驚きはない。



「一旦弓蹴散らすよ」

「了解」



 二人は十分に距離をつめたところで馬を降り、シルディアは再びあの魔法を唱えた。



「煉獄彗星―ミニサイズ!」



 シルディアは右手に現出させた炎を、思い切り振りかぶって投げた。狙われた弓兵たちが逃げ出した瞬間に、ミルが思い切り地面を蹴り飛ばし砦に突っ込んでいく。

 綺麗に着地し砦に侵入したミルは、中の様子をざっと見まわし、一度目をこすってからその光景を見直した。



「おおっと、案外情熱的なんだな」



 そこには、鉄の編み笠をかぶった弓兵が回廊をずらりと埋めていた。地図からは分からなかったが、砦には中庭があり空まで吹き抜けになっていた。それを各階の廊下が囲んでいる。

 ミルは素早く脱出を試みたが、足元が崩れ、力んだ足が空を蹴る。すぐさま落下地点を確認するが、地面より先に拳が迫っていた。足元を砕いたのは火薬でもなんでもなくこの拳だったらしい。



「そういうのはエルフの仕事だってのに」

「すみません。これだけが僕の才ですから……」



 テリドの振るった鉄の拳がミルの腹を撃ちぬいた。腹回りの薄い鉄板は砕かれ、そのまま横方向に突き飛ばされるように二打目を食らったミルは、壁に全身を打ち付けられた。



「いってぇな。もっと女の子には優しくしろっての」

「そういったことには疎いもので……」



 起き上がろうとしたミルに強烈な足払いがかかる。一瞬で距離を詰められたことに驚き、対処が遅れた。そのまま左半身をしたたかに打ち付け、追撃の踏み抜きは躱したものの劣勢な構図に変わりはない。



「あなた、負けた事とかなかったでしょう」

「あんたんとこの上司に一杯食わされたよ。そんだけだ」



 ミルは視界の端に、撤退していく兵たちを捉えていた。裏口からだんだんとはけていく。シルディアが来ていたらおそらく仕事があったのだろうが、鎧騎士の自分には一騎打ちで対処するらしい。



「すまねぇな、軽装で来るべきだったか」

「それ本心で言ってます?」

「いんや、状況に合わせただけだ」



 ミルは右手に握りこんだ石片を、テリドの首元に向かって投げた。相手の技量からして避けられるのは分かっていたが、体をのけ反らせて足を止めることには有効だった。



「逃がしませんよ」



 時間を稼ぎたいという意図は見抜かれ、頬を掠める拳にミルは苦笑いを浮かべた。体勢を崩しながら、地面についた右手を支点に左足を思い切り振りぬいた。

 テリドは当然回避するのだが、どうにもその回避は大げさだ。



「ビビってんな」



 テリドは答えない。顔までしっかりと鎧で包み込み、表情を伺う事も出来なかった。

 位置がズレていた臓器が恐らく治ったろうタイミングで、ミルは攻勢をかける。

 まっすぐにテリドの腹を狙って拳を打ち抜き、躱されたらすぐに蹴りで牽制する。



「これは……お互い攻め手に欠けますね」

「一撃でダウンするようなやわな生き物じゃないんでね」



 ミルがすっと様子見で放った蹴りに対して、テリドはやや前のめりに突っ込んだ。そして背中を通り抜けた足の、ふととも辺りを思い切り蹴り上げた。

 鈍い音と共にミルの足は本来曲がらない方向へ曲がり、大腿骨は確実に折れただろう激痛が伝わる。



「いっ……てぇ……!」



 しまったと思ったころにはもう遅い、テリドがさながら猛牛の角のように両手を突き出し、ミルの両肩を砕いた。その勢いでミルは後方に吹っ飛ばされ、壁からずるりと離れたところにテリドの蹴りが迫る。

 テリドはミルの鼻っ柱を打ち抜くように突き蹴りを繰り出した。

 が、突如テリドは視界が暗くなり。蹴りも恐らく地面を叩いたであろう感触だけが伝わってきた。

 甲冑で元々視界は悪いのだが、光が失われた理由は分からない。



「私の騎士になにをしてるのかな」



 視界を覆ったのが何者かの手だと分かるのはそう時間はいらなかった。



「お返し。葬送火炎」



 兜の隙間から、そっと垂らすようにシルディアは炎を注いだ。

 だがテリドも黙ってやられない。兜をその手に押し付けるようにして素早く脱ぎ、一歩下がる。額は焼かれたが、視力に支障は無く、むしろ兜を脱いで視界は広がった。

 落ち着けば勝てる、テリドは自分にそう言い聞かせてシルディアとの距離を詰める。



「確かに、私はミルほど戦闘に長けてないし、腰辺りに蹴りを入れられたら立ち上がれなくなるかもね。

 でも、プライドとかそんなのは、君らのお陰で欠片も感じなくなったよ」



 ピシッ……という小さい音が二人の耳に届いたときには、床一面が凍結し、シルディアとテリドのつま先から膝までは冷気を放つ氷塊と化していた。



「もう動かない方がいいわ。痛みを感じる前に何も分からなくなる」

「ち、くしょう……申し訳ありません陛下……」



 嗚咽交じりのかすれた声は弱っていき、完全に途切れた。静かに冷気を放つ氷柱は僅かにも動くことは無い。



「あなたは強かった。何かが少しでも違えば私達は殺されていたでしょうね。先に行ってる部下たちにも責められたりしないわ」



 シルディアは思い切り拳を振り下ろして足元の氷を砕き、腐り落ちた両足はそのまま、ゆっくりと這いずってミルのもとに向かっていった。




 帝国最強の拳闘士テリド、ガイアナ砦にてシルディア、ミル両名に瀕死の重傷を負わすも、シルディアによる捨て身の攻撃により死亡。享年22歳。


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