第97話 挿話:交点
基地の医務室に眠る二人は、窓から差し込む朝日を浴びて目を覚ました。
白い無機質なシングルベッドに仰向けのまま、それぞれ、しばらく天井を眺めていた。
「……雪ちゃん、起きてる?」
やがて、先に話しかけたのはエルの方だった。
「……えぇ、起きてる」
雪は全身が気だるかったが、最悪の気分でアメリカS級から脱出したあの時程に悪い体調ではなかった。
理由は他でもない。隣にいる不思議な少年がそう差し向けたからだ。
「そう、よかった。ね、楽しかったね?南極大陸」
エルは顔だけを雪に向けてそう言った。
「どこが……」
否定しようとして、雪は続く言葉を繋がなかった。
醜悪な巨大ゾンビと殺し合っただけだ。リーリャに至っては肩の肉を食われて骨が見えていた。最低の部類に入る戦いだった。
でも楽しかったと言えなくもない、のかもしれない。
「僕は君たちと行動し始めてから、ずっと楽しいよ。雪ちゃん、君からしてみたら最悪の状況に変わりはないんだろうけど。それでも今を一生懸命に生きてる。君たちと居るとそんな気持ちになれる」
エルがにこりと笑うのをみて雪は違和感を抱くことはなかった。彼がそう言うと、なぜかそれが自然なことのように思えた。
「……あなた本当に変わってるわ」
「そうかもね」
エルはにへら、とまた笑った。
目の前の彼がなにを考えているのか雪は全く分からなかった。何故こんなに屈託なく笑えるんだろう。同郷の男の子たちのように無邪気なのに、彼の精神は明らかにただの子供のそれではない。
「はは、君はすぐムツカシイ顔をするよね」
エルに笑いながら指摘されて、雪はムっとした。
「……はぁ。もうどうでもいい。やめた」
「そうそう、君は考えすぎだよ。こんな世界なんだし、今が楽しければ、それで十分幸せじゃないか」
雪は上を向いた。なるほど一理あるかもしれないと思った。他人の言葉ひとつでこうも心持ちが変わるものかと雪は思った。
「……ありがとう」
「ん?なにが?」
「南極でのこと、まだお礼言ってなかったから」
「あぁ、僕だけじゃとても倒せなかったからね、お礼を言いたいのはこっちの方さ。君の溢れんばかりの才能に乾杯っ」
「ハ、なにそれ」
雪は楽しかった。
こんな世界になって以来ずっと両肩に乗しかかっていた重圧のようなものから、久しぶりに解放されたような気がした。エルにも、同世代と組めとしつこかった兄にも感謝しないといけないなと思った。あと一応シェルも。
「でも本当に驚いたのは、君と放った攻撃の威力さ。まさかあそこまでの出力が出るとは思わなかった。やっぱあれかな、愛の力ってやつかな。ラブラブ天驚拳!的な」
「よく分からないけど吹っ飛ばすわよ」
冗談が通じないなぁとエルも苦笑いしながら上を向いた。
「ふぁ……皆あなたに期待してるわ。4日後の作戦も、宜しく、ね」
「あ、うん」
雪は大きなあくびをひとつして、再び目を閉じた。
「……圧倒的な個の前に非力な群体は結束し……か。案外、悪くないものだよね」
エルがぽつりと何かを言ったが、雪には聞き取れなかった。彼女は穏やかに眠りについていた。
「眠ったんだね。おやすみ、雪ちゃん。あともう少しの所まで来たんだものね。頑張ろうね……お互いに」




