第88話 Aクラス
「それじゃ、雪ちゃん。みんな、頑張ってね」
「はい。…ありがとうございました」
「新参三人ですが、必ずや僕達の力で攻略して参ります!」
兄さんからの『C級攻略の心得』という名のただの景気付けが終わった後、北海道C級までアナスタシアさんが送ってくれた。
ここはちょうど北海道最北端の岬で、海とダンジョンの入り口以外は一面雪だらけ。
私の名前の由来となっているものだが、私自身は特別に雪が好きというわけでもない。普通。
「さぁて僕達だけで大丈夫なのかなぁ」
「エル!そんな弱気でどうする!これは僕達の力を見せつけるチャンスだぞ!」
シェルさんはなんというか熱血。アナスタシアさんに憧れてる今時の男子の一人という感じで、彼女が出てきた途端に張り切りだした。
かたやエル君…私と同い年らしいけど、彼は飄々として掴みどころがない。
ふとアナスタシアさんと目が合った。
にこりと笑顔を返してくるので、思わず頭を下げてしまった。
『兄さんを返せ』
と、一度は本気で殺そうとした相手だけに、私としては相当気まずい。でも彼女は全然気にしてないようだった。
彼女は私と同じ、あいつらの被害者。彼女自身は何も悪くなかった。それどころか何か月もの間に渡って敵地のど真ん中に囚われ、一人きりで必死に洗脳や恐怖と戦っていた彼女のことを、とてもすごいと思う。
後ろめたい気持ちも当然あるだろう。
でも彼女は前を向けている。
だからこの笑顔なんだろう。
だから…兄さんを取られたとしても、仕方がない。
…そう思えてしまう私自身が、とても惨めだ。
「また迎えにくるね」
煮え切らない態度の私に苦笑いするでもなく、優しい言葉をまたひと言ふた事かけて、彼女は去っていった。
「くぅー、アナスタシアさんはやっぱり、ただ美しいだけじゃなくて、風格というか、オーラがあるよな!底知れない強い意思というかな!あんな人の伴侶になる人はさぞ幸せだろう!」
シェルさんの言葉にはいちいちイライラする。
もうこの人にさんづけするのやめよ。
でも確かに、今のアナスタシアさんは、とても強い人、という感じだ。
初めてあった時の面影なんて欠片もないくらい。
店長さんも、以前よりどこか一皮向けた感じです、とか言ってたっけ。
兄さんも…。
くやしいけど、本当に最近は幸せそうだ。
私のことをとても気にかけてくれているのは、今まで通りだけど。
はぁ…。
私の入り込む余地なんて、最初からなかったんだ。
…寂しい。
ブラジルにいた頃がいちばん楽しかった。
「ねぇ、ため息が多いけど、だいじょぶ?」
「…ッ」
びっくりした。
いつの間にか隣にいたエル君が話しかけてきた。
「あぁごめん、びっくりさせたかな。僕、影が薄いって、昔からよく言われるんだ」
思わず後ずさっていたらしい。
心配してくれたようなので、体勢を整える。
「いや…。大丈夫、ため息が多いのは元々だから」
嘘だけど。
「ふぅん、大変だね。ところで、あの人が『聖女』さんだよね?」
はぁ…一応援護射撃を送っておくか。
「『聖女』はもう死語。今はミーシナ中尉」
「ふぅん、色々事情があるんだねぇ。あ、そっか、君はパーティの一員だったっけ。すごいね。確か、ダンジョン…ボンバーズ?」
「…パーティ名なんてどうでもいい」
「そうだね。じゃ君もミーシナ中尉のことはよく知ってるんだ?」
「…そんなによく知らない。なに、あなたも憧れてるの?」
「んーいや、別に。ちょっと興味あっただけ。タイプといえば、雪ちゃんの方がタイプかな」
「………あっそ」
「そんな事より、早くダンジョン攻略して帰ろうか。帰ったら見たいテレビあるんだ。おーい、シェルさーん。そろそろいくよー」
彼はアナスタシアさんの後ろ姿に後ろ髪引かれまくりのシェルさんに声をかけた。
「あぁー、私は貴女のためにも必ずやこの白い巨塔を堕としてみせますよー!!」
「…」
…今の発言はなんだったのだろう。
そもそもテレビなんてもうニュースと子供番組くらいしかやってないんじゃ…。
三鷹イマヌエル…ほんとに掴めない。
同世代の男って、こんな余裕綽々としてたかな。
…まぁいい。
言った当の本人はまったく意に介してないし、こんなことで私だけ悩まされるのもばからしい。
どうせ二人ともたった二週間の付き合いだし。
余計なことは考えず、私の仕事をこなそう。
ただ淡々と。
「じゃぁ、北海道C級、攻略開始だ!」
「よっ、リーダー。パチパチパチ」
シェルがリーダーになったらしい。
いちおう万能型だし、年長だし、合ってるといえば合ってるのか。
まぁなんでもいいけど、二人とも名前が似てて呼びにくい。




