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第82話 想い

 スキルの使用により昏睡状態となった太一と鎮静剤で眠らされたアナスタシアは、静かに並んで座っていた。

 既にアナスタシアの拘束はある程度緩和されていた。

 そのためルーパーにもたれかかって肩を寄せて座る二人は、まるでただ静かに眠っているかのように見えた。

 ただ、時折きつく眉をしかめる太一の表情が、彼がまだ向こうで戦っていることを物語っていた。


「るぱ…」


 ルーパーは時折、そんな太一をいたわるように、彼の頬を鼻先で撫でた。


 仲間たちは皆その場を離れることなく、太一達の帰還を見守っていた。

 


「…太一君がナーシャさんの精神と同期して、もう三時間になりますね」

「ん…まだたったの三時間だろう。ナーシャのあの様子だから、もっともっとかかるんじゃないか?」


 無骨なテーブルの上に置かれた飲みかけのコーヒーから漂う湯気を見ながら、次郎とリーリャがつぶやいた。


 それに対して雪は、太一の身を案じるようにこう言った。


「私の時は…一時間ちょっとだったらしいです。その時も、兄さんの中では何十日も経ったかのような長い時間を感じていたそうです」


「そ、そうなのか。あいつ、頑張ってるんだな…」


 リーリャも次郎も、向こうとこちらで時間感覚の流れが違うことは知らなかった。


 そして、雪の顔色には、明らかに疲労の色が見えていた。


 一時期、彼のスキルがなければ眠ることさえ出来なかった雪は、彼に依存しながらも、同時にあの行為が太一にかなりの負荷をかけることを知っていた。


「行ってあげてください、だなんて。そんな他人事みたいに、言わなければよかった…」


 そう言って顔を伏せる雪。

 

(わたし、蘇生して間もない兄さんにそれがどれだけの負担をかけるか、分かっていたはずなのに…あの人のためになんて、どうせ本心でもないのに…)


 自分自身の心すら分からない孤独感や、色んな後悔が、ずっと頭の中を支配していた。

 雪の頬を、ひとすじの涙が伝った。


「雪さ…」


 次郎が思わず声をかけようとしたとき、すっと席を立ったリーリャは、彼女の元へと近寄った。

 そして正面から頭を包み込むように、彼女を抱きしめた。


「…リーリャさん?」


 雪は戸惑った。


「雪、お前は偉いよ」


「え?」


 何のことかわからない。褒められることをした記憶なんて一切なかった。

 リーリャはそんな雪に対して、耳元で静かに言葉を紡いだ。


「よくあの時、ナーシャを殺すのを我慢したな」


「それは…」


 そんなことか、と落胆する雪だったが、リーリャは続けた。


「お前の境遇は聞いているよ。…お前には太一しかいなかったんだもんな。頭を冷やせなんて、偉そうに言って悪かった。私もそうだった。父が殺されたとき、奴にサルみたいに飛び掛かって行ったのにな。…お前は、そんな相手を思いやったんだ。誰にでも出来ることじゃない。きっと太一は、お前のことを誇らしく思っているよ」


 リーリャの境遇の事を聞いたのは初めてだった。

 そして、兄が自分のことを誇らしく思ってくれている、だって?

 そんなことがあるのだろうか。

 突然の言葉に、しばし思考は宙をさまよった。

 そしてまっさらな心が吐き出すように、雪はぽつりと呟いた。


「…そうかな。私、自分のことばっかり。醜い考えばっかり。まるで私の外面みたいに」


「いいんだよ。大切な人のために怒ったり、嫉妬したり、なにが醜いものか」


「嫉妬…?私、嫉妬してたんでしょうか」


「はは、お前は大人びているようで、年相応以下な所もあるよな。喋り方もそうだ。無理して丁寧にしゃべる必要なんてない。世界がこんなになる前は、そんなじゃなかっただろう」


「…はい。兄さんやクリスは私のことを普通に見てくれました。でも、周りの人たちはそうじゃありませんでした。私が年相応に話せば、私の精神は管理下になく不安定なのではないかと、周りの人たちに怖がられました。だから自然と、出来るだけ、ただの兵器のように振る舞うようにしました」


「そうか…。雪、改めて、ひとつだけ言っておくよ」

「はい」


「お前は、とても綺麗な女の子だ」

「…え」


「お前がその腕でオメガと戦うところを私は見ていた。とても強くて、同時に、とても儚かった。まだたったの十七の女の子が、大切な人を失わないために、これだけ強くあれるのかと、私は感動すら覚えた。お前の姿はとても尊くて、とても綺麗だったよ」


「…ぇえ、と」


 こんなに褒められると思っていなかった雪は、思わず顔を赤らめた。

 でもそれと同時に、とても嬉しかった。


(私のこと、こんな風に思ってくれる人も…いたんだ)


「ま、ゴリラみたいな女だが、私もこれでも恋する乙女なもんでね。あぁ大丈夫、お前のお兄さんは全くタイプじゃないから。むしろいろいろあって殴りたい」


「ご、ごりらだなんてそんな。リーリャさんはとてもお綺麗で…」

「ばか、私なんかには敬語もお世辞も使わなくていいんだっつーの」

「わわ、そんな」


 そう言ってじゃれ合う二人は、まるで姉妹のようだった。

 次郎はそんな二人を見ながら、号泣していた。


(あぁ、人間というものは、なんと美しいのでしょう)


 そして次郎は、静かに眠る二人に、静かに呼びかけた。


「あとはお二人さえ無事に一緒に帰ってきてくれたら、私はもう、この世界にそれ以上を望みません」






----------


 彼女が刻んだ文字を見て、俺は確信した。

 エウゴアは彼女をただ洗脳したのではない。

 彼女が俺に抱いていた負の想い。

 それを万倍にも増幅させたのが今の現状なんだろう。



 …それが分かったところで。



 …もう何十回、何百回繰り返しただろうか。


 俺に、彼女の憎しみを和らげることなんて出来なかった。


 そもそも、はなからスキルだけの力じゃ無理だったんだ。

 俺はURスキルの力を過信していた。


 …頭はもうずっと、割れそうなくらいに痛い。







 ―でも、それ以上に。


 渦巻くどすぐろい、ひとつの強い想いがあった。


(殺してやりたい)


 誰かをこんなに憎んだのは初めてだった。


 いや、こんなに強い感情を抱いたのは、生まれて初めてだ。


 愛する人に憎まれ、永遠に殺され続ける今の状況はなんだ。

 俺が悪かった。

 でもこんな仕打ちを受けるほどのことをしたか?

 侵略者がなんだ。

 この状況を作り出したのは、よりによって同じ人間だ。


(殺してやりたい)


 こんな酷い事が他にあるだろうか。


(殺してやりたい)


 俺も、このままだと理性を失うのは時間の問題だ。


 まだ会ったこともないエウゴアへの強い憎しみに押しつぶされそうだ。


 そうなってしまったら、俺はナーシャを傷つけてしまうかもしれない。




 ―だからそうなる前に、この狂おしい程の想いを、力へと変えなければならない。

 



『魔神よ、もうそろそろ、供物の前座としては十分だろッ!』



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