第64話 ドラゴン退治へ
夜はすっかり更け込んでおり、本来であれば真っ暗闇が広がるはずの自然豊かな山脈地帯。
そこが今では、それら山脈のように連なる壁群の、上に備わった無数の照明が辺り一面を煌々と照らし、機械や人々が働く音が休むことなく山々に木霊し続けていた。
俺とクリス、ジャン、玉藻の四人は壁の上に立ち、暗闇の広がる方角、つまり唯一壁のない北方を思い思いに見つめながら、ドラゴンの襲来を待っていた。
俺の隣で、どこか楽しそうな表情で佇む玉藻を見る。
まさか、初見で殺し合った彼女が、次会った時に仲間になるとは思わなかった。しかも、今後は俺の右腕として戦うつもりだという。
あの猫神様が彼女を救ったというのにも驚いた。あのダンジョンの中で喫茶店なんてしながら挑戦者を待っていたのも、初めから彼女を解放したかっただけだったのかもしれない。
玉藻も俺の視線に気づいたようで、にかっと意味ありげな笑顔を向けてきた。
「なんじゃ太一殿、さてはわらわの美貌に見とれておったか」
そう言って玉藻はぺろりと舌なめずりをした。口からはちらりと犬歯がのぞき出ている。
上気した頬、着物の裾間からは白くすらりと伸びた足。
彼女の言葉は間違ってない。正直見惚れる美しさだ。
見た目は十代くらいでも、中身は数百年を生きる傾国の妖狐なだけあって、こういう誘いはお手の物なんだろう。でも俺だって仲間の美女たちに鍛えられてるんでね。
「見た目のことはどうでもいいんだよ。それより、俺の右腕として戦ってくれるっていうんなら、お前のステータスを見せてもらうぞ。最初の時は乙女の身辺解析うんぬん怒って極大魔法ぶっ放されたから、一応断っとくが」
「はらら、つまらんの。どうぞ主殿、閲覧阻害は外しておくから存分にご覧あれ」
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玉藻前 LV:200
種族:妖怪(九尾狐)
加護:猫神
性能:体力SSS, 筋力SS, 霊力Ⅱ, 敏捷SSS, 運B
装備:血吸扇、御伽装束
【スキル】
戦技:しっぽではたく
魔法:初級~超級(火水土風氷雷光闇無)
極大級(終末之流星群、六式季葬、憤怒の舞、黒化粧)
技能:魔力耐性-強、ステータス閲覧、閲覧阻害、状態異常耐性、言語理解
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実際に文字と数値をみてみると、やっぱりとんでもないやつだった。
幼体とやらに退行してから猫神の加護の恩恵を受けたからか、ステータスも以前より一回り高くなっている。あの時勝てたのは運がよかった。土壇場で神威に目覚めなかったら絶対に勝てなかっただろうな。
あ、そういえば。
「玉藻って神威は使えるのか?」
「使えん。猫神は加護は残したが、存在自体は星に還ったからな。まぁそんなものがなくても、わらわは元より強いからの」
まぁ、それは間違いなくそうだ。
防御性能も、闇魔法や『黒化粧』とかいう巨大な黒い狐に化ける技を使えば十分カバーできるんだろうしな。
「…と言ってはみたが、侵略者共を侮るつもりは毛頭ない。特にるしふぁーの消滅の力は厄介じゃし、『主』と呼ばれる奴らの親玉は、異次元の力を持っておるようじゃからの。無属性の極大魔法でも覚えられれば話は別じゃが。…まぁ、わらわにもぱわーあっぷの構想がないわけではない。楽しみにしておれ。それよりも主殿」
「ん?」
「わらわの戦技については、他言無用で頼むぞ」
「あぁ、しっぽ…」
「ン?」
「わ、わかった」
美女に睨まれると怖いってのは本当だな。
「大昔の、妖狐になる前の名残じゃ。太一殿だから、見せたんじゃからな?」
話はそれで終わったようで、また玉藻は北の空に向き直った。
今度はジャンの方を見てみる。
彼…でいいのか。彼は寒い寒いと言いながら、なぜか袖のない服を着ている。
氷属性に長けているらしいので、寒さには強そうなものだが。
「なぁジャン、君もガチャ勢の一人なんだよな」
「えぇ太一ちゃん、あなた程じゃないけど、あの頃は楽しくガチャガチャしたものよ。あぁまったくやんなっちゃう寒さね」
「なんでジャンは途中止めになったんだ?」
「あぁそんなこと気になるの。えーっと、あたしに与えられた神が女神様だった時は、もう大興奮だったわけ。あたし自身を認めてくれたってね。それでハッスルしすぎちゃって、ちょっと職場でやらかして、無職になっちゃったのよ。それで収入が途絶えて引けなくなっちゃったワケ」
楽しそうにけらけらと話すジャン。
どんな職場でなにをやらかしたんだ。
気にはなるが、聞くのはやめておこうと思った。
「ふーん。アレクとはどこで出会ったんだ?」
「あたしは大災害の前に、無職になったのを契機にね、アメリカンドリーム掴もうと思って、西海岸に移ってたのよ。そしたらまさかのS級よ。あの時は死ぬかと思ったわ。そこのグラサン男と出会ったのもその時ね。モンスターを倒しながら難民たちに混ざって命からがら南を目指して、そこでアレクにスカウトされたの」
名指しされたクリスはフンと鼻を鳴らしただけだった。
そうか、2人はその時からの付き合いだったんだな。
「大変だったな。C級から始められた俺は、運がよかったんだ」
「いいえ、あの災害は、世界のみんなが大変だったのよ。あなたが生きていてくれて本当によかったわ。強くなれずに死んでいった同士たちも沢山いたもの」
遠い目をするジャン。
「さ、そんな暗い話より、あなたの話を聞かせてちょうだい。本命は誰なの?アナちゃん助けたら、それはもう熱烈なハグから始まるのかしら?あ、そういえば雪ちゃんを会ってすぐ妹にしたって聞いたわ。意外とマルチにぐいぐいいくのね…」
ちょっと悪いことを聞いたかなと思ったのもつかの間、その後はひたすら根掘り葉掘り聞かれた。あんまりこういう話をする相手も機会もなかったので、楽しくないわけではなかったが。
ただナーシャのことは今は先の事を考える余裕もないので、適当にはぐらかしておいた。
ジャンはアレクと同じで、結構な陽キャラのようだった。
イタリア人とブラジル人だもんな。偏見かもしれないが。
「それより3人とも、ドラゴン退治なんだが、ひとつ提案がある」
ジャンの怒涛の質問攻めに疲れてきたのもあったので、頃合いをみて、提案を伝えるために収集をかけた。
「奴をテイムしたい。協力してくれ」
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ドォォォォーン!
東の空が明るみ始めた頃、突如としてその時はやってきた。
けたたましい爆発音とともに、北の空に大きな火柱が立ち上ったのだ。
そして続く銃撃の音と、それに呼応して次々と立ち上る火柱。
「グゥオオオオオオオオオ!!」
現れたのは、童話に出てきそうな、巨大な竜だった。
比較的小柄だった雷影と違って、威風堂々といった風体で次々と口から光線を放っている。
人類の敵なのはわかっているのだが、日本人としては感じ入るところもある。
正直、格好いい。
「あまり太一殿が呆けていると、わらわが誤って仕留めてしまうかもな!」
そう言って真っ先に飛んで行った玉藻。
「いいわねぇ!盛り上がってきたわ!デカいってだけで、ソソる!」
次いで壁から大きく飛び上がると、氷魔法で作ったレーンの上を滑走していったジャン。
なぜか妙にのけ反ったポーズで。
「クリス、お前はどうするんだ?」
微動だにしないクリスに声をかけた。
「俺は飛行野郎とあわん。三人もいればよかろう。こちらの壁群とボイタタは護っておくから、行ってこい」
「あ、そ。じゃあな」
後方の憂いがないのはいいことだ。
玉藻とジャンの後を追って、俺も勢いよく空を蹴った。
ジャンのステータスは第52話をご参照ください




