第59話 新たな旅立ち
ダン協が決定的な敗北を喫したロシアでの戦い。
あの日から、地球を取り戻すことを夢見る人々にとっては、直視し難い日々が続いた。
ロシアと中国のS級が繋がってしまったことで、露中ラインにはモンスターが溢れだした。
聖女を含む加護者数名の命を一瞬にして奪ったというダンジョンマスターが、いつまた現れるか分からないあの一帯に、加護者を派遣することは敵わなかった。
アレクが築いた中国周囲の包囲網は瞬く間に崩壊し、ダン協はモンゴルから撤退した。
そうしていつしか、東ユーラシアは死の大陸と呼ばれるようになり、何億という難民が避難を続けた。
人類が失った地上の領地は、約四分の一にも上ったという。
ダン協はS級圏を包囲することを諦め、アレクは新たに防衛線を築いた。それが、モスクワを含めた西ユーラシアを守るユーロライン、東南アジアを守るヒマラヤライン、そして、南米を守るメキシコラインの三拠点であった。
中国S級が日本A級に根を伸ばす速度は、海洋に阻まれて遅滞していることが予想されていた。それは希望的観測に過ぎなかったが、現に海中や海底に根が殆ど見られていないという事実を加味すれば、推測はある程度正しいと判断された。
したがって、今最も人類が死守すべきラインと定められたのが、荒廃した北アメリカ大陸から押し寄せたモンスターの群れを食い止める、メキシコラインであった。そこが突破されれば、ブラジルA級を奪いにアメリカからダンジョンマスターがやってくるのはいとも容易くなってしまうだろうと考えられたからだ。
アメリカとメキシコの国境線上に反り立つ、巨大かつ長大な、一続きの壁。
ブラジルの英雄アレキサンダーが、神より授かりし奇跡の御業をもって築いた最新型の機械壁は、今のところは地上型モンスターの侵入の一切を許さなかった。壁上から絶え間なく発せられる銃声とモンスター達の断末魔、そしてその死体から魔素核を回収するアームの稼働音を除けば、壁以南は、かりそめの平和を享受することができていた。
壁の南側で働く兵士には、二種類がいた。一般兵と、魔導兵だ。
ここの一般兵達は、直接の戦闘義務を免除された代わりに、壁上兵器や魔導兵部隊が壁以南で撃ち落とした飛行型モンスターの死体を回収する役目を負っていた。壁上掃射を掻い潜った飛行型が現れるたびに、彼らは防空壕へと避難する許可を与えられた。今や魔導兵器は各国が死に物狂いで開発を進めた結果、十分量が流通しており、このような最前線で一般兵として務める者たちは、一部の全く魔力をもたない者たちであった。壁を越えてくるような強力な飛行型を前に通常兵器では太刀打ちできないため、彼らは雑用にも等しい仕事をこなすためだけに、危険な戦場に送られてきたのだ。
「ケッ、ただ飯喰らいどもが」
彼らも望んでこのような仕事についているわけではないのだが、一部の心ない魔導兵から投げられる嫌味には、この数か月でとうに慣れていた。
「はぁ。暑いし狭いし、やってらんないよなぁ」
「おい見ろよ、いつも偉そうなあいつが、どうやらやばいみたいだぞ」
彼らは今日も、狭い防空壕内のうだるような暑さに辟易としていたが、屈強な魔導兵が次々とワイバーンに食われる様を窓越しに見るたびに、このような仕事を与えられたことも運命と知らない誰かに感謝して、黙々と働いていた。
そんな日々がかれこれ二ヶ月も続いた頃には、兵士たちにとって、それも日常へと変わりつつあった。
ところが、壁外を監視する見張りから、気になる報告が上層部へと上がって来ていた。
ここ最近、飛行型が少ないというのだ。
撃ち漏らしが少ないのではなく、そもそも飛行型の襲来自体が殆どなかった。
平和になった魔導兵たちは、一部の戦闘員を残して、壁上兵器や魔導エンジンの整備に従事した。
一般兵たちに仕事は少なく、死骸の処理が終われば、木陰の下で思い思いに過ごした。
どうして兵士達がここまで安心して休めていたのかと言うと、理由はひとえに壁がもつ探知機能の優秀さにあった。壁上兵器の掃射を掻い潜る可能性のある高レベルの飛行型モンスターを探知した場合にのみサイレンは鳴るのだが、敏捷Aという高速飛行型のワイバーンでさえ、襲来の五分前には探知が可能であった。したがって、その間に十分に体制は整えられた。
ウゥーーーーー!ウゥーーーーー!ウゥーーーー!
7月のある日。
正午を告げる鐘の音が鳴るほんの少し前に、サイレンは鳴り始めた。
いつものように、非戦闘態勢であった魔導兵たちは両の頬をはたいて意識を呼び戻した。
一般兵たちは、一目敵の姿を拝んでから避難するかと、ぞろぞろと移動を始めた。
この時までは、いつもとさほど変わりもない一日のように思えた。
ドォォォォォーーーーン!!!
今まで聞いたことのないような爆発音が、突然兵士たちの頭上で鳴り響いた。
数多の飛行型を屠ってきた強力なガトリング銃や魔導砲が、鉄屑となってばらばらと降ってきた。一般兵も魔導兵も、当然それを引き起こした敵の姿を追い求めようとする。
だがいつまで経っても、誰の目にも、その原因となった筈のモンスターが視認できなかった。
「な、なんなんだ、あの音は…」
…頭上で鳴り続ける、カマイタチのような風切り音を除いて。
『警告!システムの解析結果が出ました!敵モンスターは一部ステータスが生命限界値を突破…幻獣タイプです!全兵士は直接戦闘を避け、壁内もしくは防空壕内へ直ちに避難してください!』
その警告を全て聞き終える前に―。
地上にいた兵士は全員、空が裂けるのを見た。
正しくは、裂けた雲の合間から何かが顔を出して、光って弾けたのだ。
「総員退避!総員たいーッ」
それが、彼らが目にする最期の光景となった。
壁内で働いていた僅かな兵を除いて、地上に飛び出した兵士たちは一瞬で全滅した。
意味もなく鳴り続けるサイレンが、虚しく地上に響き渡っていた。
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幻獣とは…地上におけるモンスターのうち、ステータスが生命限界値を突破した存在を指す。
現在出現が確認されている幻獣は、全部で四体。
中国に出現した『ドラゴン』。水爆をほぼ無傷で耐える強靭な肉体と高熱のブレスをもつ。
アフリカ大陸に出現した『クリスタル』。無機物様生命体で神出鬼没。天災レベルの土魔法を操る。
南極に出現したという『ユニコーン』。詳細不明。
そして…。
今回新たにアメリカ大陸より飛来したと考えられる四体目。
目撃した者によると、黒い漆のような体毛は、操る雷によりハリネズミのように逆立っていたという。
特筆すべきは、最新型の壁のアラートが鳴り響くと同時に壁内に侵入したという脅威のスピード。
解析が示したその名は、『雷影』。
メキシコラインに幻獣が現れたという情報は直ちにダン協本部へと伝わり、生き残った兵士からは超緊急での魔導兵団大隊クラスでの支援要請が届いた。
いかに幻獣とは言えアレクが築いた壁を容易く崩落はさせられないだろうが、壁外の兵士は全滅したと聞く。最早一刻の猶予もなかった。
幹部会は、本部の守護を担う最強筆頭の加護者クリス・オーエンスを現地へ派遣するかどうかで、議論が紛糾していた。ここダン協本部は圧倒的な魔導兵力を持ってはいるが、ダンジョンマスタークラスに攻め入られては長くは持たないと思われる。そしてここが落ちれば、世界中のダン協の活動は一斉に停止してしまう。アレキサンダーとジャンマリオが不在の今(二人ともしょっちゅう不在ではあるが)、守りを手薄にするわけにはいかなかった。
「そうだ、最近南米大陸中で活躍しているあの二人を向かわせてはいかがだろう。彼らは多数のC級を攻略し、数日前にはとうとう、たった二人でチリのB級を落としたそうだ」
とある幹部が発言したことを皮切りに、次々と発言が飛び交った。
「B級をか、凄まじいな。かの聖女が攻略した時点から二番目の、偉業じゃないか」
「あぁ、ここの魔導兵団もC級は幾つか落としたが、B級攻略は未だ中層程度しか進んでいないのだからな」
「だが片方は、幽閉していた例の半人半魔だろう。この緊急時に、本当に信頼に足るのかね」
「まぁまぁ。しかし次がないこの状況で本当に二人で足りるのか。編成に時間はかかるが、やはり魔導兵団大隊を派遣しては…」
「どちらも派遣すればよかろう」
「それでは結局ここの守りが…」
「皆さん、相分かりました」
話がまとまらないのを見て取って、とある人物が声を発した。
途端に場が静まり返る。
場を直ちに鎮める圧倒的な発言力をもったその人物は、対ダンジョン協会本部総責任者であった。
ヨゼフ・カーネマン。
元イスラエル出身の大富豪で、アレキサンダーが『大災害』以前にダン協を立ち上げようとしていたことを知り、まだ右も左も分からなかった彼を資金面・人材面の両面から支えた、先見の明ある大功労者である。
壮年の齢ではあるが彼自身が加護者であり、『遠視』の能力を所有している。
「その二人は大変な実力者と聞いています。ねぇ皆さん、彼らに任せてみてはどうでしょう。時間もないことですし、ねえ」
「あいえ、しかし…」
幽閉された少女の三か月前の様子を知る者達は、皆半信半疑のようだ。
中立の立場をとる裁決担当の男も、こうして圧倒的影響力をもつカーネマンの発言に同意できかねている。無理のないことではある。
だが、その迷いを置き去りにするような知らせが、突然に議場へと投げ入れられた。
「ほ、報告致します!」
一人の衛士が、議場へと随分慌てた様子で駆け込んできたのだ。
「なんだ、申せ」
「たった今、クリス・オーエンスから電報が入りました!『カーネマン卿。幻獣退治はお任せください。例の二人も伴います。クリス』とのことです!」
ざわめき立つ議場。だがそれを制したのは、またしてもカーネマンの、深い嘆息だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
彼が溜め息をつく所なんて、初めて見た。
同じ意見を共有し、また議場は静まり返った。
「皆さん、言いたいことはあるでしょうが、クリスの好きにさせましょう。彼はアレキサンダー卿の側近であり、腕が立つ。そして何より、出来もしないことをする男でもありません。ここの防備は、しばし魔導兵団に頑張っていただきましょう。なぁに、私がちゃんと『視て』いますから。ご安心を」
幹部会は解散となった。
一人議場に残ったカーネマンは、終止冷静なようでいて、内心では呆れかえっていた。
「はぁ、クリス。幹部会が茶番なのは私も分かっているが、もう少し間を考えても欲しかったなぁ。もし魔導兵団が任命されたらどうするつもりだったのだ」
いや、と彼は思った。
当然その可能性も考慮しながら、幹部会の承認を仰ぐ暇も惜しんで、飛び出して行ったのだ。
冷静なあの男が。
彼の眼には、ハイウェイを駆け抜ける一台の車が映し出されていた。
「これが、何か大いなる災いの予兆でなければよいのだがね…」
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ブロロロロロ…。
北はアラスカから南はアルゼンチンまでを結ぶ、果てしない行路。
パンアメリカンハイウェイの路上を、砂埃を巻き上げながら、一台の車が走っていた。
外見は流形の美しいスポーツカータイプで、後輪の後ろからは常に青色のジェットを吹かせ、おおよそ車とは思えない速さで北上を続けていた。
「助かるよクリス。俺も随分と練習はしたが、このじゃじゃ馬の扱いはあんたの方が上手いな」
助手席から、黙々と運転するクリスに声をかける。
久々のカプセルカーは、用途に応じてその姿を変えていた。
「だが、あんたまで来る必要はなかったんじゃないか。あそこの守護を任されていたんだろう?」
「いらん心配だ。本部の魔導兵団は飾りじゃない。心配するなら、レベルばかり上がって成長の止まったままのお前自身のステータスの心配をするんだな」
この男、相変わらずの不愛想と無表情である。
「はいはい。ダンジョンマップデータベースによると、幻獣を倒せば、限界突破の触媒となるアイテム『宝玉』が手に入る、だったな」
「あぁ」
「それは確かに今の俺達に最も必要なものだ。でも、それだけで冷静なあんたが血相変えて飛び出してくるとは思えない。つまり…」
「復讐?」
後部座席から、鈴のような声音でぶっそうな一言が飛び込んできた。
雪は、異形の腕をマントで隠した黒づくめの恰好で、ちょこんと座っている。
「…」
「貴方の故郷を滅ぼした張本人、なの?」
クリスはばつの悪そうな顔をしている。
ある程度当たっているようだ。
「八つ裂きにしてやろうね」
「…あ、あぁ」
というか、常に好戦状態の雪に気圧されて、単にたじろいでいるように見える。
「雪、物騒な言葉はなるべく控えようって言ったじゃないか」
「ん…ごめん、兄さん。気を付ける」
シュンとなった雪をバックミラー越しに眺めて、ふっとクリスの表情が綻んだ。
珍しい。
こいつ、雪の前ではなんか、物腰が柔らかくなるんだよな。
「まぁ、復讐という程のものでもない。ただ、責務を全うしたかっただけさ」
「ふぅん、いったいなんの責務だ」
俺も気になって尋ねた。
「…前の仕事のな」
それだけ言って、クリスはまたダンマリを決め込んだ。
前職、ね。軍人でもやってたんだろうかね。
まぁあまり後ろばかり向いていても仕方がないもんな。特に俺達は。
「なぁ雪、お前の好物のブロックサンダー、食べるか?」
「ん、食べる」
後部座席の雪は、美味しそうにコンビニチョコをかじっている。
三か月前に出会った頃と比べると、見間違える程に多彩な表情を見せてくれるようになった。
この三ヶ月、俺たちには、色々とあったからな。
本当に、色々と。
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雪が病室から退室を許可された後、俺達二人には、なんとか軍人用の居住区が与えられた。
雪を元々幽閉していた区画に閉じ込めておこうという意見が多かったようだが、クリスが掛け合ってくれたらしい。俺が必ず四六時中彼女を監視している、という条件つきで。
俺は彼女の心の深層で汚染をまき散らしていたバケモノを駆除したが、あれを完全に処理できたとは思えなかった。彼女が異形の左腕と共にある限り、あれは彼女の生命や精神を脅かし続けるだろう。彼女には、きっとあまり時間は残されていない。
そして恐らくは、消えてしまったナーシャ達にも…。
この三か月間、ダンジョンに行く日以外、俺は一般兵団に務めるベテラン兵士達に頼み込んで、対人格闘や棒術に銃撃、サバイバル、精神訓練など、様々な戦う術を叩き込んでもらった。
「あんたみたいな規格外の超人に、こんな技術が役にたつとは思えんが…」
色んな人にこう言われたし、俺も少し前まではそう思っていた。
だが、人の姿をしたルシファーという魔人の前に、俺はみっともなく特攻して、敗れた。
元来、人と人との殺し合いというものは、一撃必殺が当たり前だった。
長年兵士をやっていた彼らは、誰よりもそのことを知っていた。
リーリャも、きっとよく知っていただろう。でもあの時の彼女は、尊敬する父親を惨殺された怒りで我を忘れていたから、勝ち目のない相手に向って行ったのかもしれない。
ろくに人と喧嘩もしたことがないまま超人に生まれ変わった俺は、全く知らなかった。
殺し合いがとても怖いことだなんて、当たり前の事実を。
『念動力』を普段とは逆に、身体機能を極限まで制限するための呪縛として用いることで、俺の筋力や敏捷はEクラス程にまで抑えられた。俺の魔力で作った魔弾をたっぷりと込めた二挺拳銃フォースリンガーを兵士に手渡して、銃撃戦の訓練を行った。訓練なので、当然俺が持つ銃はゴム弾入りだ。
「一日に一回、その銃で俺を殺すまで、俺と戦ってくれ」
模擬戦でこれを日課にしたところ、最初の頃の俺は、あっさりと兵士たちに殺されてしまった。
スキルを使わない自分が、これ程までに素人同然だとは、思っていなかった。
毎日へとへとになって部屋に帰った。
そんな俺には、夜にも最後の日課があった。
雪の部屋に行くことだ。
彼女は、自分一人では睡眠がとれなかった。一人で眠りにつけば、夢の中で汚染源に襲われて、飛び起きる。何度かそれを繰り返している内に、心が条件反射で入眠を拒むようになっていた。幽閉されていた頃の彼女は、いつも目を瞑ったまま、意識はこちら側であてもなく彷徨っていたということだ。…随分と長い期間。
「兄さん…」
「今日もしような」
「うん。ありがとう」
だから、俺は毎晩彼女の精神世界に入った。
入って、汚染源がいればそれを殺し、いなければ、身動きのとれない彼女の心を防衛機制の基へと連れて行った。
そうして初めて、彼女は安心して眠りにつくことが出来た。
眠れるようになって以降、彼女の体調はみるみるうちに回復していった。
部屋にきて二週間程が経った頃、彼女の主治医から、ダンジョンへ連れて行く許可が降りた。
初めてC級ダンジョンに雪を連れて行ったとき、彼女は恐怖で足がすくんでいた。
俺の時と似たようなものだ。今思えば懐かしい。
「やったぁ!」
俺が捕獲したスライムをナイフで切り裂いた時の、彼女の嬉しそうな顔といったら。
今でも忘れられない。
彼女のレベルが20程度の頃、『念動力』で捕獲した体力Aを超えるボスモンスターに対して、初めてその能力を行使してもらった。
「多分、できると思う」と、彼女自身から告げられたからだ。
モンスターは、マントの下の異形の左腕を見るなり、酷く怯えた。
彼女自身も、自らの意思でその能力を行使する恐怖と、必死で戦っているようだった。
だが、自分が生かされている価値がこの左腕のためなのだと、彼女はよく解っていた。
「ううぅぅぅ」
左腕をモンスターの頭部にそっとあてて集中する彼女の顔は、蒼白だった。
そして俺は、かつて俺がルシファーにされた事と、全く同じ光景を目にすることとなった。
モンスターは、風船が破裂したように頭部をどこかに四散させて、一瞬で生命活動を停止させた。
彼女は大量のレベルアップとともに、大量の生命力を使用した代償で、気絶してしまった。
彼女のレベルが50になった日。
いつも通り夜に彼女の部屋を訪れると、彼女は手に持ったナイフを、自分の左肩に添えていた。
いや、自分の左肩を切り落とそうと、必死に力を込めていたのだ。
(…止める資格は、俺にはない)
俺は黙って、その行為を見つめた。
彼女はしばらく俯いたあと、ナイフを床に落とした。
声をかけると、「ごめん、もうしない」と一言を残して、部屋を出て行った。
初めてスライムを狩ったあの日のナイフは、いつの間にかボロボロに刃こぼれしていた。
彼女のレベルが100を超えた辺りから、二人でB級ダンジョンの攻略を始めた。
元々のステータスの高さと、強力な風神の加護をもち、何よりも彼女は戦闘のセンスが抜群に優れていたように思う。俺自身随分と戦闘訓練を積んだから分かるが、あれは才能だ。それも、天才の。
俺がプレゼントした死神之鎌を手に、彼女は強大なモンスター達を次々と狩っていった。体力の向上とともに、左腕の能力も日に三回ほどは安全に使用できるようになっていた。
―そんな、多忙だが充足した日々を過ごしていたあの日の夜。
俺は雪に、ベッドに誘われた。
というか、唐突に押し倒された。
トラウマを負った子供を保護した、だなんて、俺の思い違いだったのだろうか。
そう思えるくらい、俺にまたがって微笑む彼女の頬は紅潮し、表情は、妖艶そのものだった。
(…あぁ、俺のせいか)
毎夜毎夜、彼女の深いところに入り込んで、精神安定剤役をやっていたのだ。
もっと深いところまで繋がりたいと、いつの間にか思わせてしまっていたのだろうか。
それとも…。
俺の舌を夢中で舐める彼女の舌は、ヤケドするんじゃないかってくらい、ひどく熱を持っていた。
薄布のワンピースが開けた。
下からのぞく白い足が、俺の腿を絡めて、次第に上へと昇っていった。
こんなに扇情的な光景は、見たことがなかった。
―別に、世紀末な状況下のこの世界で、今更未成年とのセックスをどうこうと考えたわけではない。
―家族ごっこが形ばかりのものでしかなかったということも、分かっている。
―俺にしか見せない雪の微笑は美しく、薄布一枚をまとったその姿に、俺自身も間違いなく欲情していた。
だが…。
今、この弱った心同士を舐め合うかのように彼女を受け入れてしまったら…。
そうしたら、もう二度とナーシャに会えなくなってしまうような、そんな気がした。
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ブロロロロロロ…。
(あの後は、どうしたんだっけか…)
熱いディープキスをかましていたやばい兄妹から、どうやってプラトニックな関係に戻ることができたんだったか。
確か、かつての人形のようだった頃の彼女に話しかけたように。
今度は向かい合って座って、彼女の頭を抱いて、とりとめもなく、話をした。
そうしている内に、あの日の彼女は、俺がスキルなんて使うこともなく、自然と眠りについた。
「兄さん、私の顔、なにかついてる?」
「いいや、口の端に黒いのがついてるだけだよ」
俺達の関係はかなり危うい所まで行って、なんとか均衡を保ち始めることができた。
今では、彼女は俺のスキルなしでも、日に一時間くらいは睡眠がとれるようになってきている。
まぁ、寝る前にハグをしてから手を握って眠るという習慣は定番化したが。
それくらいは兄妹として許容範囲内だろう。たぶん。
「とって」
「…あぁ」
彼女のチョコを指でとってやると、そのまま口に咥えられた。
ひとしきり舐めとられてから、「ありがと」と指を放してくれた。
均衡を保って…いるはずなのだが、妙に最近彼女が積極的に思えるのは気のせいだろうか。
なんだか、隣のクリスからのグラサンごしの視線が痛い。
やめてくれ、俺はこれでも十分頑張ってるんだよ。
まぁそんなこんなで色々ありつつも、雪の修行は随分とはかどった。彼女はもう、守られるだけの存在ではない。
俺もついに、兵士長たちをゴム弾で打ち負かせるようになった。
並行して続けていた神威の修行も、なんとか実用的なレベルへとこぎつけた。
そして先日、ついに俺達はたった二人で隣国のB級ダンジョンを制覇することができた。
ダンジョンマスターは、九尾狐と比べると、ずいぶん弱かったように思う。
ちなみにブラジルのB級は本部の強力な魔導兵団に任せている。俺がテイムした深層のモンスター達も、かなりの数を提供してある。
人類が自らの手でB級ダンジョンを攻略できるようになれば、地球上からダンジョンを根絶することも夢ではないかもしれない。
南米大陸で始まった俺の新たな道。
俺は必ず、失った大切な仲間達の手がかりをつかんでみせる。
そのために、この三か月はあったのだ。
『現在のステータス』
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渡瀬太一(31)レベル:220(EXP+300%)
加護:魔神, 龍神, 八百万神
性能:体力SSS+, 筋力SSS+, 霊力Ⅱ, 敏捷SSS+, 運B+
装備:五行錫杖, フォースリンガー, アンダーアーマー, 祝福のカジュアル, 黒のロングコート, ウィンドシューズ, 幸運のタリスマン
【スキル】
戦技:龍の爪, 龍の翼, 火事場の真剛力, 韋駄天, 隠形, 金剛, 超集中, 威圧
魔法:初級(火氷雷風土回治), イン★フェルノ, ペネト☆レイ, ドレインタッチ, バリアー, 念動力, 身体強化, 超魔導, 簡易錬成
技能:ステータス閲覧, アイテムボックス, テイム, 消費魔力半減, 起死回生, 超回復, 状態異常耐性, 念話, 意思疎通
神威:龍神Lv.2, 魔人Lv.2
【インベントリ】
アイテムクーポン(特上×4), 装備クーポン(下×3/特上×2)
製造くん(食糧/飲料水/快適空間/ユニットバス), 何でも修理くん, カプセル(ハウス/バイク/カー),
魔素核(小×2500/中×200/大×3)
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渡瀬 雪(17) レベル:120
加護:風神
性能:体力A, 筋力A, 魔力C, 敏捷SSS+, 運C
装備:死神之鎌, 黒の法衣, 風のブーツ
【スキル】
戦技:反物質的掌打撃
魔法:風魔法(初~超級), 風魔法剣, 風来陣
技能:なし
神威:風神Lv.1
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『風魔法剣』極大級風属性魔法。
武器に風属性を纏う。発動中は常に魔力を消費する。
『風来陣』風属性補助系魔法。
自分自身の敏捷を2倍、陣発動時の仲間の敏捷を1.2倍にする。
発動時に魔力を消費し、効果は10分間継続する。
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クリス・オーエンス(34) レベル:145
加護:守護神
性能:体力SSS, 筋力S, 魔力C, 敏捷C, 運E
装備:アイアンフィスト, 魔導スーツ&アーマー, 魔導シールド
【スキル】
戦技:ゼロ・インパクト, 金剛, 柔剛一体, かばう, 瞬歩
魔法:なし
技能:物魔耐性-中/小, 状態異常耐性, ステータス閲覧
神威:守護神Lv.3
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『ゼロ・インパクト』無属性奥義。
拳を相手に密着させることで発動する、衝撃破。
凄まじい破壊力をもつが、自身にも衝撃が波及する。
『柔剛一体』バフ系奥義。
自身の身体を硬質化し、消滅系を除くあらゆる魔法を無効化する。
打撃力も上がるが、敏捷が大幅に減少する。
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