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第53話 独り

「…ぉ…」


「……い」


 ん、なんだよ。

眠いんだ、もう少し眠らせてくれよ。


「おーい…わかるか?」


はいはい、そろそろ起きますよ。

こっちだって、いろいろと忙しいんだから…。

今日だって、ロシアに飛んでだな…。


(ロシア?)


 そこで、意識は急浮上した。

目の前のよく日に焼けた軍服の男に思わず詰め寄る。

「おい!基地はどうなった!!みんなはどうなったんだ!!」

「うぉ!目が覚めたのか。まぁ落ち着け」

「落ち着いていられるかよ!仲間の命がかかっているんだ!…ていうか、ここはどこ、だ?」

「ここは、サンパウロにある対ダンジョン協会の総本部さ!」

男は誇らしげに答える。

「サンパウロ…って、どこだっけ」

「おいおい、大丈夫か?まぁ、発見された時は頭から煙を吹いて倒れてたからな。ここはブラジルで、サンパウロはブラジル一の経済都市さ。Mr.オリヴェイラがこの総本部を築かれてからは、今や世界の中心都市といっても過言ではないだろう!」

男はまた、誇らしげだった。

だが今はそんなことはどうでもいい。

「なんで俺がブラジルなんかにいるんだよ!ノヴォシビルスクの基地はどうなった!みんなは!ルシファーは!?」

「おいおい、落ち着け!まずひとつ言っておく。俺は何も知らない。だがお前のことは知っている。ワタセタイチ、だろう?Mr.オリヴェイラが君とMs.ミーシナのことをよく話しておられたよ」

「…あぁ、そうだ。そのワタセだよ。ついさっきまで、ロシアの基地で戦っていたんだ」

「ふぅん。だがおかしいな。君はこのベッドで何日もの間、ずっと眠っていたんだ。まさか、夢の中で戦っていたのかい?」


……は?


 よく周りを見渡すと、どうやらここは病室のようで、俺はベッドの上に横になっているようだった。

「…すまない。周りが見えていなかった。貴方の名前は?」

「いいってことよ。俺はペドロってんだ。ここで救護兵をやっている」

「わかった、ペドロ。介抱してくれてありがとう。それで質問なんだが、今日は何月何日だ?」

「今日は…4月1日だな」


…本当に、あれから5日以上経っていたのか。


「…すまない、ペドロ。少し席を外してもらえるか」

「あ、あぁ。気分が悪くなったらすぐにナースコールを押すんだぞ。それと上層部から伝言だ。Mr.オリヴェイラから頼まれごとがあるらしい。なんでも、「タイチに会ってもらいたい人がいる」とのことだ。元気が出たら、ひとつ頼まれてくれると助かるよ」

「あぁ、分かった。親切にありがとう」

「いいってことよ」


 ペドロが部屋を出て行く。少し抜けているみたいだが、陽気でとてもいい人だ。

だが今は悠長に話している暇はない。すぐに『念話』で仲間にコンタクトをとる。

『おい、ナーシャ!聞こえるか!?店長!リーリャ!ルーパー!!そっちはどうなってるんだ!?』

『返事をしてくれ!無事なのか?ルシファーはどうなったんだ!?』


…全く返事がない。

というよりも、みんなとの繋がりを感じられない。

これは、もしかして、リンクが切れているのか?

いやまさか、『念話』リンクが切れるのは、俺が死んだ時くらい-。


-死んだ?


(あ…)


 その瞬間、あの戦いの記憶が蘇った。


俺はあいつにどこか得体の知れなさを感じていた。だから覚えたての極大魔法で挑んだ。

だが魔法は全く通じなかった。魔力を使い果たして、決死の覚悟で太極棍を持ってルシファーに接近戦を挑んだのだが、俺の攻撃はあいつの掌に簡単に弾かれて、もう一方の手が俺の顔に伸びてきて…。


 そこから先の記憶が…ない。

俺はまさか…死んだ、のか?そして『起死回生』のスキルで蘇った?

だがあのスキルは瞬時に全快蘇生するはずなのに、なんでこんなに蘇生に時間がかかった?なぜ記憶が混乱していた?


いや、それすらもどうでもいい。

皆は!!!!俺の仲間は!ナーシャは!どうなったんだ!!!!??


 バタン!

いてもたってもいられず、病室を飛び出す。

無機質な、長い長いリノリウムの廊下を裸足で走る。

途中で看護師さんやお医者さんに会って事情を尋ねたが、皆何も知らなかった。


走る。走る。

ここは、本当に現実なのか?

俺の夢の中なんじゃないか?

きっとあんなルシファーなんてたちの悪い相手は存在していなくて。

俺たちはきっと、街を救った後、宴会を開いて、日本で作って持って行った温かいボルシチを振る舞って。俺は慣れない強いお酒を飲み過ぎて、酔っ払って。それでたちの悪い夢をみているんだろう。


アイテムボックスの中身を確認している暇はない。


走る。走る。

フロアの管理者さんに呼び止められたので、偉い人達に合わせてくれと伝えたら、いいよと言われた。

軽いなぁ、ここのセキュリティはガバガバだな。こんな施設が、世界の中心なわけないだろうが。どうせ夢なんだろう。

幹部会議室に案内すると言われたので、黙って付き従う。

靴をはくかと聞かれたけど、別にいらない。どうせ俺の足の皮膚より丈夫な靴なんてないんだ。


 会議室に着いたら、なんだか偉そうな人たちがたくさんいた。

俺が入ってきた途端、みな気持ち悪いくらい同じようにぐるんと頚が回って俺の方を向いた。

よぉし、はっきりさせてやるぞ。こんなのは、ただの夢なんだと。


「聞きたいことがあります。俺は少し前までロシアで戦っていたはずですが、ロシアのダン協と連絡をとって、現地の情報を教えてはもらえないでしょうか」




どうしたんだ。

なんで誰も、何も答えないんだ。


「言葉が通じなかったでしょうか。自分は全ての言語を喋られるはずなのですが。もう一度言いますね。ロシ-」

「もうよい」


 議会の中央に座っている年配の男性から、よく通る声で返事が返ってきた。

隣には、背の高いグラサンをした黒人の男が、彼を守るように寄り添っている。

多分、一番偉い人なんだろうな。


「君が聞きたいであろう事は、十分に分かった。若き戦士、ワタセ・タイチよ。我らがすぐに答えなかったのは、答えを持たないからではない」


それじゃぁ、なんだ。


「その内容が、あまりにも残酷だったからじゃ」


なんだっていうんだ。

「なんだっていうんですか!!」


「よく聞きなさい。あの日ノヴォシビルスクは消滅し、新たなS級ダンジョンが地上に生まれてしまった。そして逃げ延びた兵士の証言によると、君の仲間は、ルシファーと名乗る魔人に攻撃を受けて、全員が…消滅してしまった、とのことじゃ」



嘘だ。


嘘だ。


「嘘、ですよね?」


「信じられないのも無理はない。…これを見なさい」


大きなスクリーンに、雪国を思わせる航空映像が写された。

どうやら軌道衛星からリアルタイムで送られてきているものであるらしい。

なんとなく見覚えのあるモスクワの街から、東へ東へと延びるシベリア鉄道、そして更に東へと映像が映っていくと…。


「な、なんだこれは」


広大な、というのは、表現が圧倒的に足りていないだろう。

地球がハンマーで殴られたようだ。そんな超広大なクレーターが地面に穿たれていた。

そこに、緑色した大きな大きな根が、無数に、好き勝手に地面から突き出て、蠢いている。

中央には、気味の悪い、脈動する大きな大きな門が、まるで何かを食べたいと欲しているかのように、口を開けたり閉めたりしている。


「これが何か、A級ダンジョンの入り口を間近で見たことのある君なら、想像はつくだろう」


あぁ、規模は全然違うし、ここまでの禍々しさはなかった。

けど。

つまりこれが-。


「そう、新たに生まれてしまった、第3のS級ダンジョンじゃ。これで人類の滅亡は、確実に早まったじゃろうな」

「…俺は今からロシアに行きます。仲間の安否を確認しないと…」

「許可できない。飛行船は出せない」

「なら一人でも行きます。許可は必要ありません」

「いや、行っても、無意味なんじゃ。お主もわかっておるだろう。あの日から、もうすぐ1週間になる。もしお主の仲間達が生きておれば、必ずなんとかして連絡を寄越すだろう。アレキサンダーは、すぐに連絡を寄越した。直接、己の目で、旧ノヴォシビルスク痕を確認したそうじゃ。そこに、お主の仲間達の痕跡は、なにも見つからなかったそうじゃ」


(あ…れ…)


気がつくと、地に膝をついていた。


えーっと、ちょっと待ってくれ。

今、一生懸命考えているんだ。昔から、あんまり頭の回転は早いほうじゃなかったから。

でも最近は、怒濤のように過ぎる毎日についていくために、これでも結構頑張っていろいろ考えていたんだ。

だからちょっと待ってくれ。

ちょっと-。


(待って…くれ……)


 太一は、その場で昏倒した。

まだ消滅させられた頭部は、十分には癒えていなかった。

 座長がメディカルスタッフを呼ぼうとして、隣に寄り添う黒人の男に静止された。

一言二言、彼らは言葉を交わし、座長は彼の言うことに頷いた。


 黒人の男は、気を失った太一を肩に担いで、どこかへと去って行った。

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