第51話 反転②
嫌な予感の正体は、一体なんなのか。
分からないが、ひとつ頭に浮かんだのは、最悪のケース。
それは、『市民の虐殺や教徒達の誘導、A級スタンピードのほう助、それら全てにまったく別の目的があったとしたら』ということだ。
その恐れていた疑念は、市街地にたどり着いた瞬間に、明らかなものとなった。
守ったはずの街、英雄として迎え入れてくれると思っていた住民、そして…。
全部が、滅茶苦茶になっていた。
「い…いや…」
それは、誰の声だろう。
俺のすぐ隣にいた人は、目の前の光景を見たせいか、呻くような、軋むような声をあげた。
人間ってこんな声が出せるのか。
そして続く絶叫が発せられ、否応にも認識させられる。
声の主は、あの気位の高くて強気な、リーリャだった。
「イヤーーー!!!!パパ!!!パパ!!!!」
街は炎に包まれ、俺の仲間は皆地面に倒れ伏しており。
そして―。
グラジエフ将官は、今まさに白髪の男に左胸を貫かれて、絶命していた。
(どうして……じゃない!)
全部!目の前の男がやったことだ!
瞬時に頭を緊急モードへと切り替える。
皆はきっとまだ生きてる。奴を制圧するんだ。
アイテムボックスから武器を取り出そう。銃か、棒か。
ごく僅かな思考時間。
その間に、彼女は殺意のままに、弾けるように男へと飛び掛かっていった。
「テメェーーー!!!殺す殺す殺すコロス!!!」
「リーリャ!」
「『MMM』発動。筋力増強完了。…首をねじ切ってやる!!」
リーリャの右腕から、蒸気が沸きあがった。
大幅にレベルアップした彼女の今の筋力は、俺と同じく、生物の限界点にまで到達している。
そこに更に、筋力特化型の超強化スキルだ。
それを―。
男はいとも涼しげに、片手で彼女の手首をつかみとって―。
「あぁ、コレは貴女の肉親だったのですね。お返ししますよ、ほぅら」
メリッ
父親の亡骸と共に、無造作に投げ飛ばした。
炎上する建物に激突した彼女は、ピクリとも動かなくなった。
男は、全く興味がないといったふうに、ちぎれた彼女の手首から先を地面へと投げ捨てた。
(冷静になれ)
この状況をどうにか出来るのは、もはや俺だけだ。
「お前は…誰なんだ。なぜ、こんなことをしているんだ」
だが、あいつは間違いなく、強敵だ。
だから、まずは情報を引き出せ。
「あぁ、貴方ですか。ワタセさん。先ほどは『助けていただいて』ありがとうございました」
そう言って振り向いた男は、悪びれる風もなく、笑顔でそう言いのけた。
「ルドルフというのは仮初の名でして。私の本当の名は、ルシファーと言います。中華と名のつく地の下で育った特等支柱-あぁ、あなた方はS級ダンジョンと呼んでいましたか。そこのダンジョンマスターをやっている者ですよ」
…は?
「なんで、ダンジョンマスターが、ダンジョンの外にいるんだよ…」
「それはそら、そこのお嬢さんに聞いてみるのがよいでしょう。先ほども知ってらっしゃるような口ぶりでしたから。ただし残念ながら、まだ生きていらっしゃるという保証はありませんがね」
奴、ルシファーは、そう言って倒れたナーシャを指さした。
すぐには仕掛けてはこないようだ。
急いでナーシャの元に駆け寄る。
抱き起そうとして―ぎょっとした。
彼女の左肩が、まるで消滅したかのように、服ごと不自然に抉れている…。
「う…た…い…ち」
傷口から、とめどなく血が流れ出ている。致命傷だ。
数少ないが、迷うことなくエクスポーションを取り出して、急いで服用させる。
「ナーシャ!飲め!ポーションだ」
意識朦朧状態のナーシャの口に、青く輝く液体を無理やり流し込む。
欠損も治せるエクスポーションだけに、彼女の肩はすぐに元の綺麗な姿形を取り戻した。
「う…ゲホッ、ゲホッ」
「ナーシャ…」
(あの野郎…よくも…よくも)
全快とはいかなかったようだが、ナーシャはゆっくりと目を開けた。
「太一…来てくれたんだ」
「あぁ。もう大丈夫だ。ナーシャ、あいつがS級ダンジョンのマスターっていうのは本当なのか」
「ゲホ…分からない。でも、ダンジョンマスターは、ダンジョンから出ることは出来る。でもそこには3つの制約がある。1つは、大幅に弱体化すること。2つは、生命力を消費していくこと。最後に、ダンジョンの外でダンジョンマスターが死んでも、そのダンジョンは崩落する。だから普通は…」
二人で、白髪の男を見る。
(これで、大幅に…弱体化…だって?)
「…普通は、そのような大きなデメリットの中、地上に出ることなどは考えない。ははは、正解です。貴女は物知りですね。ですが―」
ルシファーは両手を大きく広げ、演技がかった所作で話を続けた。
「-貴女を導く神は、ひとつ大きな要素を見落としていたようです。S級ダンジョンのマスターは、A級の地に留まることで、S級の『根』を大きく伸びすことが可能になる。すなわち、S級化を促進させることができるのですよ」
「なんで、す…って」
「ですが仰る通り、私はこうして地上に居るだけでも消耗してしまいます。ですから、我が軍門に下った亜人やモンスター達を使って、人間を喰らって得たエネルギーを充填しようと考えたわけですよ」
「じゃあ、さっき、第2層で、モンスターに囲まれて、いたのは」
「ええ、彼らからお食事をいただいている最中だったのですがね。貴重な、第2層の人間たちのね。ふふ、かわいいモンスターたちをミンチにされた時は貴方を殺そうかとも思ったのですが、少し、興味がわきましてね。そのままこちらまで運んでいただいたという次第なわけです」
やばい、こいつは、やばい。
頭の中で、ガンガンにサイレンが警報を鳴らしている。
「そして、もうすぐです」
奴は、地面を指さしている。
それの意味するところとは。
奴の言わんとしていることを理解した瞬間に、気が付いてしまった。
カタカタと、ごく静かにだが、地面が揺れている。
「もうじき、『根』は、ここに到達します」
それを聞いてしまったら、もう居ても立っても居られなかった。
「『ペネト☆レイ』ぃぃぃぃ!!!!!!」
今しかない!今すぐこいつを殺せば、きっとまだ間に合う!
覚えたての極大魔法を、10本ある指先からフル出力で、次々と打ち放った。
「らぁあああああああ!!!!」
まだ覚えたてだが、俺にはわかる。
この黄金の光線は、体力がいくら高かろうと、耐えられるようなシロモノではない。
それほどの貫通力を秘めている。
奴の姿は、そんな光に飲み込まれて、かき消えた。
それでも撃つことをやめない。やめられない。
(でも、耐えられる、はずが、ない!)
「はぁ、はぁ」
百発以上は放っただろうか。魔力の殆どを消費し尽くしてしまった。
「はぁっ、はぁっ、どうだ」
だが。
「驚きましたね。まさかヒト種から、私の身体に傷を付ける個体が現れようとは…」
くそ、まだ生きていたか!
奴の姿を視認する。そして、気付く。
傷って…その。
その頬についた、一筋のヤケド傷のことか?
「今ここで貴方に会えたのは、思わぬ幸運でしたよ。ワタセさん?貴方は、今ここで―」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
くそ!くそ!!そんなの、そんなの認められるか!
特異点のB級で九尾狐を倒した。魔力において、人間を超越した。
A級のスタンピードだって、一撃で粉砕した。
その俺が!人類の希望である、俺が!
「太一!!だめ!!太一!!お願い!待って!!!」
「-必ず始末します」
勝てない相手なんて、いる筈がない。
「死ねぇぇぇ!『飛龍彗星』!!!」
「太一ーーー!!!」
ボッッ
「ふふ、残念でしたね。私のこの能力は、地上でも失われることがありませんので」
その声は、もはや太一には届かなかった。
太一は、その首から上を失って、大地へと伏した。
( )の表現は、太一が強く感じたことなどを現しています。
一応分かりやすくなるようにと思って使っています。逆に少し分かりづらかったりムズムズする方がいれば申し訳ない…。完全に感覚で使ってます!(爆)
また修正させていただくこともあるかもしれませんが、一旦はこんな感じで書いていきますのでご容赦ください。よろしくお願いいたします。




