第43話 太古の妖怪 終
太一の一振りは、武の理を感じさせる一撃だった。
気負わず、軽やかでありながら、威を秘める。
一撃のもと、完全に障壁を破壊されピンボールのように吹き飛ばされた九尾は、彼女の大切なお社を半壊させた。
「さて、ここからはずっと俺のターンってやつかな?」
彼女の白い肌を、紅い血液が幾重にも伝い、ポタポタと、地に落ちる。
「ぐ、くそ、なんだ貴様の打撃は。なぜ先の龍のように魔法を纏うわけでもなく、簡単にわらわの障壁を貫ける!?そもそも貴様、なんなのだ、そのでたらめな動きは」
ガラガラと崩れる社まで足を踏み入れた太一は、鬼のような形相で睨みつけてくる九尾の視線を軽くかわし、辺りを見渡す。
「そんな怖い顔するなよ。単純に俺が一人目だったってだけだろ。お前の障壁を上回るゲンコツをくれたのがさ。それよりも、このお社、凄く綺麗だったんだな。壊しちゃって悪かったな」
「ふ、巫山戯るな!わらわを傷つける人間は、誰一人として生かしておけぬ!!」
九尾は、目の前の人間を、己にとって脅威であると認めた。幾数百年ぶりに。
しかも、略奪者どもと手を組んでまで、圧倒的な強さを求めた、この己がだ。
断じて認められない。
幻影をまとい、ゆらりゆらりと揺れながら。
彼女は、戦国の世、数千の兵士を黄泉へと送った憤怒の舞を舞う。
目の前のたった一人の人間を、何としても抹殺するために。
扇は稲妻をかき鳴らし、一切の音を立てずに躍る彼女の軌跡は次第に線となり、線上から数えきれない程の魔光が生まれては、空へと昇っていく。
「へぇ…綺麗なもんだな」
時間としては数秒程度であったが。
九尾が舞い終わる頃には、空を埋め尽くす光の花が咲き乱れた。
「悠長に舞い〆まで待つとは、わらわを舐めておるのか、余程の阿呆か…」
「いや、見惚れてたんだよ。しかしこれはあれだな、絶体絶命ってやつだ」
「状況が分かっておるのなら、死に抗ってみせろ。出来るものならな」
扇がパチンッと閉じられる。
その音が合図となった。
ドドドドド
これはあれだ。記者会見で次々とたかれるフラッシュ。
ドッーーーーーーーードドッーーーーーーーードドドドドドドドドドッッッ!!!!!
…どころではないな。
さて…今こそ見せてやるか。
『三人』の中で、戦闘特化型と言われた所以を。
俺の、必殺技をな。
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太一は大地が崩壊したあの日から、レベルを上げ、己のスキルを使いこなすために努力してきた。
だが、新たに得た『龍の翼』による機能的ブーストは尋常ではなく、亜神の領域に至らない太一の身体能力では、殆ど持て余していた。
そんな中で、太一はついに、自らの神と邂逅を果たす。
最上位神の一柱、名は龍神。
生命が誕生して以来続けられてきた、生きるための争い。その善悪。全てを彼の神は背負った。
『神威召喚』。加護者の中でも、神に認められたもののみが得られる力。
侵略者達と戦うための最後の修練への門が、開かれた。
その第一戒は、神を己の身へと降ろすことである。
龍神がもたらすは、圧倒的な知覚。
龍神が好むは、人間の怒りや、猛り。
(不思議なもんだな)
龍神を降している今は、激情は心の奥深くにしまわれて、心がとても穏やかだ。
その反面、どこか喪失感のようなものを感じる。
きっと、いつか代償を払う日が来るのだろう。
だが今の俺には、戦いに必要な感覚、そのすべてが感じられる。
どう動けばより早く走れるのか。…どう力を込めれば物が壊れるのか。
(『超集中』でも十分凄かったのにな)
迫る魔光をスッと避ける。前髪の端がヂッと塵となって消えていく。
当たれば間違いなく己を穿つ、殺意が込められた光。
死と隣り合わせの自分。当然だろう、戦場にいるんだから。
(そんな感覚、まともじゃない。でも今は)
湧き上がるはずの恐怖は微塵も感じることなく、淡々と避ける作業に没頭する。
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「なんだ。なんなのだ貴様は」
九尾の眼前で繰り広げられる、わけのわからない現象。
これは亜神となった己の魔力の殆どを捧げた、破軍の奥義だ。
それをあの男は、どうしてああも淡々と、無表情にかわし続けているのか。
まるで、何の興味もないかのように。
…これが、地球の神が人間に与えた、星を救うための力。
…地球を裏切ったわらわに与えられた罰とでもいうのか?
「ふふ、ふふふ。あははははははははははは!!!」
…勝つしかない。
勝って、わらわが正しいことを、示すのだ。
この歪な命にも、意味はあるのだと。
「気でも触れたか?」
あの男には、傷ひとつついていない。
信じがたいことだが、もうそろそろ憤怒の舞も終わりが近づいている。
「いや、見事だ、お主は。お主を倒すために、わらわも己の全てを尽くそう」
もう一つの極大魔法。
「いくぞ…。『黒化粧』」
そう唱えると、九尾の身体から黒い霧が発生し、全身を、辺り一面を包み込んだ。
そして九の尾が、融合し、一つとなっていく。
人の姿を捨てても、己に仇なすものを滅するために、神が与えた祝福。
もしくは、呪いか。
(この姿になるのは、産まれて間もなかった、あの頃…ぶり…か…)
カッ
『黒い光』が辺り一面を照らし。
生まれた衝撃波は、九尾が大切にしていたお社を、跡形もなく吹き飛ばした。
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ゴゴゴゴゴゴ
「いよいよ終盤だわ。このままじゃ皆が巻き込まれる。…太一を信じて、皆を逃がさなければ」
九尾の『変身』の余波だけで、気を失いそうな程の魔力の残渣が押し寄せてきている。
恐ろしいものが顕現しようとしている。
エーテルを流し込んで魔力を回復させたアナスタシアは、未だ意識の戻らない次郎をかつぎ、ルーパーの元へと走った。テレポートで境内から外に出て、あとは全力で、皆を守るだけだ。
アナスタシアは最後に、太一の背中を見た。
圧倒的なスピードと、人間離れした動きで九尾の奥義を掻い潜った太一。
まだ全然本気なんて出していないようだった。
彼はきっと、『神威召喚』に至ったのだろう。
そして、忘れていた筈のあの日の真実にも向き合っただろう。
「太一~~!!!!」
思わず、アナスタシアは叫んだ。
「みんなのことは私に任せて、全力で戦って!勝って!絶対に帰ってきて!!」
太一はアナスタシアを見てニコリと微笑むと、また視線を戻し、背中でひらひらと手を振った。
それを見届けると、アナスタシアは皆を連れ、場外へと転移した。
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俺の前に現れたのは、一つの尾を生やした、漆黒の、大きな大きな狐。
その姿は、ダンジョンに現れた、擬人たちを彷彿とするものだった。
その目は次第に見開かれると、紅ゞと輝き、太一を捉えた。
その瞳を見た瞬間、擬人たちと会話を試ては失敗した記憶が、なぜか思い起こされた。
侵略者たちに言われて、人間を研究していたのだろう。だが…。
「なぁ…お前、もしかして、本当は、お前が、人間になりたかったのか?」
黒妖狐は、その表情は知れないが、心の底から驚いたように見えた。
そして彼女は、肯定も否定もしなかった。
『…タイチ…トイッタナ。ツギデキメヨウ。オマエノゼンリョクヲブツケテコイ』
黒妖狐の口元に、黒い魔力が凝集され、集まっていく。
そのエネルギーは本体からではなく、大気を漂うマナから集められているようだ。
…大地に祝福された存在。
人々がその存在を恐れたのも無理はない。だが、彼女は、寂しかったのだろうか。
確かにその姿は恐ろしい。
だが、その繊細な心の在り様が、どこか太一には尊く感じられた。
「あぁ。…次の世では、友達になれるといいな」
太極棍を背にかつぎ、強く握る。
龍の知覚により認識できるようになった、己が身体に流れる闘気の脈動。
それら全て、ありったけを込めて、棍に流し込む。
(あいつの一撃を避けることは簡単だ)
だが、それをしない。
正面からその紅い瞳と向き合う。
『………ソウダナ。…ユクゾ、タイチ!!』
ビカッ
ーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!
黒い超高密度エネルギーの凝集塊が、巨大な黒の破壊光線となって迫る。
殆ど光の速さのそれを、『超集中』を重ねて知覚する。
脳の毛細血管がブチブチと千切れていく。だが大丈夫だ。
これまでと変わらない。
頭を低く、大きく地を踏みしめ、そこから脅威へと向かって一歩を踏み出す。
握りしめた手から武器へと、紅い光が脈打つように伝わっていく。
そして太一の身体は、また一段と加速した。
「しかと見ろ、これが今の俺の全力だ!」
黒妖狐の目に、一筋の彗星が映った。
それは自分の瞳と同じ真紅の光を放ち、とても、とても綺麗だった。
「真奥義、『飛龍彗星』」
『龍の翼』と『龍の爪』のコンボ。
二つを完全に制御し放たれた、太一の必殺技。
それは黒の破壊光線を打ち破り、黒妖狐の首を一閃のもと、両断した。
『ミ…ゴ……ト』
極大魔法とはいえ、黒妖狐への変身は、彼女の全生命力を賭したものだった。
大きな頭部が崩れていき、灰となり。
跡には九尾、玉藻前が、地に横たわっていた。
太一はその傍へと降り立つ。
じきに、命は途絶えるだろう。
「ふふ、完敗…だ。お前なら、奴らを地球から…追い払うことも…できるかも…な」
「九尾、おまえ…」
「きゅうびきゅうびと…わらわには玉藻前という名前があるというのに…」
「そうか、悪かったな、玉藻」
「よい。そなたは…素直だな。よいか、エウゴアという人間には気を付けろ。というより…あれはもはや人間では…ない。ごふっごふっ」
「どういうことだ」
「あやつは…あの日の前から侵略者達と繋がり、『大災害』を手引きした。全身あまなく…侵略者達のDNA?とやらを組み込み…今も同志を増やしておる。奴は…何をするか分からん…から」
「…そうか。忠告ありがとうな」
「…よい。…わらわは…もっと…うまく…やれた…のかな。………」
「…玉藻?もう、休むのか。…そうか」
太一は玉藻の頭をそっと抱き起すと、膝に乗せ、頭を撫でた。
なんとなく、そうして見送ってやりたかった。
「………謝…」
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崩れ始めたダンジョンを背に、玉藻の墓標として扇を立ててやった太一たちは、社のあった場所に宝箱とワープが出現しているのを発見した。
大和神を開放し、戦利品を得たのち、あとはいよいよダンジョンを脱出する所となった。
気絶している次郎はルーパーの背に乗せている。スライウルフ達使い魔は、漏れなく太一が収納した。
最後に太一は、死んだ玉藻の横たわる姿を見つめた。
「太一?」
「ん?あぁ。いや、たぶん、元は悪い奴じゃなかったのになって」
「うん…。彼女がああなってしまったのは、人間にも問題があったのかな」
「どれだけ優れていても、一人では人間は生きられない。彼女もそうだったんだろう。…もしまた妖怪なんて存在に会う機会があれば、その時は仲良くなれるといいな」
「うん、なれるよきっと。…太一、帰ろう、家に」
「あぁ。そうだな。帰ろう」
長きに渡った日本のB級ダンジョン攻略は、こうして聖女パーティによって成された。
彼女らが地上からダンジョンへと降り立ってから、実に幾数週が流れていた。
非情なこの世界では、多くの出来事が起きていたが、彼女や、彼らは知る由もなく。
今はただ、山間より差し込む夕陽が、優しく皆を包み、出迎えてくれたのだった。
やっと九尾さんが描けて、個人的には満足です。
マイペースですが、今後ともよろしくお願いいたします。




