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第41話 太古の妖怪 弐

油断した。

念話のリンクが途絶えていないから生きてはいる筈だが、応答がない。重症なのだろう。

六色の光が一点に収束する魔法…。あの太一が一撃とは…。恐らくは九尾の極大魔法だったのだろう。

パーティの守りの要は自分であったはず。アナスタシアは強く唇を噛む。


(最初からここは幻術使いの領域テリトリー。太一も、私も、雰囲気に飲まれていたんだ)


店長とルーパーを見る。

店長は顔が真っ青、ルーパーは今にも主人を追って飛び立とうとしている。


『二人とも、太一ならきっと大丈夫。私たちで敵を出来るだけ消耗させるのよ。彼が戻るまでに』

『え、あ、確かに、念話が生きているということは…』

アナスタシアとて、今すぐ境内を降りて、その傷を癒したい。だが背を向けて彼の回復に向かうなど、この目の前の美しい怪異が許そうはずもない。


「あ奴が隊長であったのじゃろうが、あっけなかったの。それともわらわが強くなりすぎたのか。副長はお嬢であろう?作戦は決まったかや。来ないのであればこちらから行くぞ?」


『それに九尾も知らないだろうけど、太一はたとえ死しても日に一度は蘇生できる筈。初級回復ヒールも使えるし、きっと自力で戻ってきてくれるわ。やりましょう』

『え、えぇ、やってやりましょうぞ』

(太一くん、君には頼ってばかりだった。オークとの戦いを思い出して、なんとか頑張ってみます。運に身をまかせて)

『ルパちゃん、成体化したてで悪いけど、頼りにしてるからね』


「ルァァァァァァァァン!!」

もう、お荷物だった頃の自分ではない。

アナスタシアの一言で覚悟が決まり、パーティに残るもう一人の前衛は前へと躍り出た。

大いなる進化を遂げた神獣は、白く美しい大翼をはためかせると、大気を震わす咆哮を放ちながら瞬時に九尾へと肉薄した。平時の温和な顔貌は鳴りを潜め、主人を害した難敵を八つ裂きにせんと暴力性が露わになる。ミスリル並の強度を誇る爪がビキビキと鋭棘化され、勢いそのままに九尾の頭上から細首をねじ切らんと振るわれた。

だが九尾は余裕の笑みを浮かべたまま、一歩たりとも動く様子がない。


両者が交錯する直前、ルーパーは九尾の表面に薄い膜のような魔力の存在を感じた。


ギリギリギリギリギリッ

何かが削りとられるような、悲鳴のような異音がかき鳴らされた。


九尾が常時展開する障壁は、その領域に浸入した物体をボロボロに侵蝕した末に、その物理エネルギーを弾き返す。

ルーパーは空中で大きくバランスを崩した。


暗黒物質ダークマターの障壁を味わうのは初めてじゃろう。わらわは生れ落ちてよりこの方、物理で肌を傷付けられたことはないのでな」


九尾はどこからか赤黒く彩られた重厚な鉄扇を取り出すと。


「ふふ、そら、こいつもくれてやるぞ」

そよ風を送るかのように軽々とルーパー目掛けて振るった。扇からチリッと紅い稲妻が走ると、周囲一帯の景色を歪める程の熱量を持った炎のヴェールが広範囲に吹き荒れ、白き竜の姿を容易く飲み込んだ。


(なんの溜めもなしにあの威力…。でも)


『ダンジョンマップ』曰く、現代では殆どが失われた、古代魔導兵器アーティファクトの一つとある。少ない魔力消費コスト発動時間ディレイで広範囲に属性効果付きの魔力波を発生させるもののようだ。


「哀れ幼き神獣は消し炭になったかの……ん?」


「ルアァァァァァァァ!」


お返しとばかりに炎の風を食い破って表れたのは、コールタールのように真っ黒な、炎の渦。

放ったのは、相反するように白く輝く龍。

その角から生える赤桃色のタテガミは、敵の炎を吸収し、ゾワリと、より大きく増生している。


「わらわの炎を食いおったか。成程、炎の眷属というわけじゃな。神獣が放つにはやけに禍々しい炎のようじゃが。どれ、力比べといこうかの」


一瞬の溜め動作ののちに、九尾の手が再び扇をふるった。

三色の稲妻と共に生まれた氷、水、風の三属性の波が絡み合い、濁流となって打ち放たれる。

上空で、ルーパーの黒炎のブレスと衝突した。


「ナーシャさん!伏せて!」

目を覆うほどの大爆発が上空で炸裂し、激しい衝撃波が地上を襲う。

辺りに群生していた桜の木々はまとめて消し飛んだ。

店長が盾を構え、衝撃を何とか受け流す。


「なんて火力…。九尾の強さはまだまだ底が見えないけれど、ルパちゃんもあんなに強くなってたなんて」

「えぇ、間に入る余地がありません…」


だが大火力の一撃同士のぶつかり合いは、わずかに九尾に軍配が上がった。

「クフッ」

ルーパーの口の端に赤い血が滲み出る。


「大した威力だったが、一歩及ばんかったな。その黒炎は恐らくヌシのものではなく、先程殺した男の魔法を吸収したものとみた。中々の魔術師だったのだろうが、活躍の機会なく退場となってしもうたな」

「ルパー!!」

黙れとばかりに、再度ルーパーは巨大な黒の火球を打ち放った。

「芸のない奴」

だがあえなく先程と同様、瞬時に相殺されてしまった。

「あまり蓄えもないのじゃろう。わらわはこの位、何百発でも放てるぞ?さて次はどうする?そこの人間二人も、助太刀するなら今の内じゃぞ。クク」


(物理は耐性が強すぎる。魔法…私の攻撃魔法では…)

鏡蒼刹…水系超級魔法の重ねがけは…2発目を放つ前に、あの扇の発動速度で1発目がかき消されるだけ。

全魔力を込めた『ジオ神槍ボーガコピー』を放ったらどうだろうか。恐らく先ほどのように相反する属性で相殺されるだろう。

店長の運バフにかけるというのは、ダメージを与える有効な手段がない現状では無策に尽きる。

(どうする。どうすれば敵に届く?)


「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

アナスタシアが逡巡に溺れそうになった時、初めての事だが、ルーパーから念話が届いた。

念話を通して、初めて彼の声のようなものを聴いた気がする。

それと同時に、ルーパーの身体をまるで食い破るかのように、どす黒い炎が覆っていく。


成体へと至って得たスキル『火纏い』。

中枢たる魔素核に火をくべて、体力値を下げる代わりに筋力・敏捷の超強化を得る。

だが自身の炎であればまだしも、黒炎に炙られた心の臓は、それだけで身体に大きな負荷を与えるのだろう。何もせずともその表情はつらそうだ。


(あれなら九尾にも攻撃が届くかもしれないけれど…ルパちゃんはきっと長くは保たない。でも私たちに手段を選んでる余裕はない。私にもっと力があれば…。)


ルーパーに言われるままに『身体強化』と『自律防御槍オートパイク』を彼にまとわせる。

『ルパちゃん、無理はしないで…!』


「パァァァァァァァァァ!!」

亜神に至らぬ身としては到達点となる、筋力・敏捷ともにSSS+クラスにまで強化されたルーパーは、全身から黒の炎を燃やし、ダンジョン中に轟くような、大きな咆哮をあげた。

敵に向けて、そして太一マスターに向けて。

「面白い。ようやく少しは威勢を見せたじゃないか。わらわの喉笛にその爪を届かせてみせろ」


白龍と大妖怪の第二陣が始まった。

3メートルの巨体がまさに目にも留まらないスピードで四方八方より九尾に襲い掛かる。

爪にも黒炎を纏い、先までとは桁違いの破壊力をもって九尾の細見を両断せんと容赦なく振るわれる。

だが九尾も、複数の属性魔法を多彩に操り、簡単にはルーパーに距離を詰めさせない。

氷と土の壁、水と雷の攻撃、風で立ち回り、闇を纏い、無で惑わし。

まさに変幻自在。


ギィンッ、ギィンッ

ルーパーの爪は黒炎という魔を纏い、幾度も九尾の障壁に届き、その闇を空に霧散させる。

だがそれでも、九尾の本体には刃を届かせられない。その理由は2つ。1つは闇に対して著効する光属性を扱えないこと。もう1つは純粋に、亜神の魔力を突破するだけの攻撃力が不足しているのだ。


「ルハ…ルハ」

自身のスキルに生命力を削られながら、九尾の猛攻を敏捷頼みに掻い潜り、時にアナスタシアに守られながら、ルーパーはぎりぎりのところで戦闘を維持していた。

九尾の魔力消費は微々たるもの。せめて一太刀だけでもダメージを与え、攻略の糸口を掴みたい。その一心で、ルーパーは飛び回り続ける。

アナスタシアにあっても、折られた自律防御槍オートパイクは既に三本。限界は一歩ずつ近付きつつある。


(太一、早く、戻ってきて)

アナスタシアは、最も信頼する人に向けて、強く願った。


一方その頃。

「ほほ、私は逃げたとでも思われておるでしょうな。…きっと私にしか出来ないこともある」

アナスタシアから離れ、岩陰から戦況を見ていた次郎は、独自に行動を開始した。


-----------------------------------------------------------


下腹部に風穴を開けられ、太一は竹林まで吹き飛ばされていた。

九尾は放った魔法は、紛れもなく九尾オリジナルの極大魔法。その二つのうちの一つであった。太一の人間を超越した肉体は独りでに止血を終えはしたものの、生死の境を彷徨っていた。

その意識は遠く、遥か遠くに見える幻影の月を薄目で捉えながら、ぼんやりと思考の海を漂っていた。


(思えば。子供の頃から、俺の世界って、こんなふうに空虚だったな)


運動は苦手だったが、学校の成績は良いほうだった。両親が事故死したと聞き、天涯孤独となった自分の不幸を呪ったことはあるが、施設の職員たちが家族として接してくれたおかげか、やさぐれた生活を送っていた訳ではない。

それなのに、何故か自分の将来について、興味や関心、意欲は湧いてはこなかった。

担任の先生から奨学金を得ながらの大学進学を進められたが、逃げるように辞退し、ただ無気力にコンビニのバイトを始めたのは、もうはるか昔の事のようだ。


何故。


なぜ昔から、あんな光景が目の奥にこびりついて消えないのだろう。

緑色で巨大な壁に、なぜか目と口と、とってつけたように手も生えていて、ソレは目の前で俺の母親を掴むと、ポイっと口の中に収納した。そして、咀嚼を始めた。

全くもって現実感のない光景が続く。だがこれは幼少期から時折夢に現れていた光景だ。


そうだ。この夢を見た時は、朝は必ず内容を詳細に覚えていて、怖くて怖くて泣いていた。同時に、心の底からやるせない気持ちになったんだ。

あれは本当に夢だったんだろうか。

夢じゃなかったとしたら、なぜ俺までアレの口の中でゴリゴリと音を立てて摺りつぶされているだなんて記憶が残っているのか。


(もういい加減、気付いておるだろう)


突如、空の月や風のざわめきの一切が消え、低い低い声音が響き渡った。

念話みたいに、直接頭の中に入ってくるような感覚だ。

(え、誰だ?)

(我は、お前に宿りし地球の神が一柱、龍神じゃ)

(え、りゅう…龍神様!?)

(太一よ。お前は武を中心に力を磨いてきた。その力量は相応のものとなりつつある。我がこうして顕現することが可能となる程にな)

…武、ね。まぁ主に魔神様のくれた極大魔法が扱いにくかったせいなんだけど。

(はい、ありがとうございます。えと、顕現といいますと?)

神威召喚カムイ。我らへの供物を捧げることで、我らの力を直接お前に貸し与えることが可能となる。まぁまだごく一部であろうが)

(へぇ、なんだか凄そうですね。供物というと、魔力とか生命力ですか?)

(情動だ)

(…え?)

(我ら地球の神々は、人間が発する情動、感情を好む。我らが『災禍』と呼ぶあの日。外宇宙より来たという『種』どもが初めて地球を侵略したあの日。幼子だったお前は、『種』が地に根を張る前、養分として両親と共に食われて死んだ。死ぬ間際に発された激情、それが八百万神に見初められたのだろう)

(災…禍…)

(あの日食われ、選ばれた子供達は、遺体が吸収され消える前に、八百万神が回収サルベージし、生かした。来る此度の『大災厄』に備えてな。捉えどころのない神だ、詳しい理由は知らぬがな)

(俺は一度、死んでいた。両親は、殺された)

(…今更な事実だがな。さぁ太一、寝ている時間はないぞ。地球を植民地にされたくなければ、武を磨け。そして心を猛らせよ。さすれば我が力となろう)

(あ…)

(情動が理性とせめぎ合うから人間は面白い。腹はサービスだ。ではな)


そうして龍神は、俺の頭の中からいなくなった。


いつから横たわっていたか分からないが、目を開けると、空には変わらず幻影の月が浮かんでいた。

竹林が風でたなびく音は、虚しく、やけに心をざわつかせた。

すくっと起き上がる。

腹に空いていた筈の穴は塞がっていた。

「修理くん、40秒で服直して」

「ソウイウノ、ムチャブリッテイイマス」


ガガガガガガッ


…なんだ、俺にもあったんだな、あいつらと戦う理由が。

念話リンク数は…1.2.3…よし、全員生きてる。

待ってろよ、皆んな、すぐ戻る!

4カ月も間が空いてしまいました。変わらず見て下さっている方々は、本当にありがとうございます。

今後しばらくは執筆を楽しめそうです。また宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 あ~…太一はマ○ラブオルタの純○みたく、(ネタバレ防止の為にやんわり表現するなら)一回侵略者に人権破壊されちゃってたんですなぁ。
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