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第38話 正念場

いつになく鮮明に冴え渡った視界の向こうで、鬼の面を被ったボス級の擬人『将軍』が、ゆったりとした動作で右手を刀へと添えたところを視認した。

将軍へと高速で駆け寄りながらも、俺の意識は奴の一挙一動を見逃すことなく、太極棍を両手に持ち、いつでも攻撃にも防御にも移れる体制を整えた。


その最中で僅かな違和感を覚えた後に、気がつくと視界の中央に大きな亀裂が発生していた。僅かなタイムラグを要して、それが敵の攻撃であることが分かった。

抜刀したのか。殆ど目で追えなかった。

すぐに俺の位置へと到達した『空破斬』の刃を受けると、太極棍がある程度の衝撃を緩和してくれた筈だが、戦車が突っ込んできたのではないかと思えるほどの衝撃が伝わってくる。

ステータス以上に技のキレが凄すぎる。居合ってやつか。あの速度でなんて威力だ。


二挺拳銃での牽制はしない。どうせ有効打にならないし、僅かにでもそちらに意識を割けば次の瞬間に首と胴体が泣き別れしているような気がしてならない。もうすぐ接敵だ。奴に納刀させているようではだめだ。あの居合は危険だ。常に手数を与えないと。

逸る俺の目の前を、碧く輝く槍が後ろから追いかけてくるように並走してきた。


ナーシャの自律攻撃槍オートランスだ。ありがたい。

追加で放たれた飛ぶ斬撃を避けるため、俺と槍はぴったりのタイミングで同時に左右に散開し、挟みこむようにして遂に将軍へと到達した。


まずは水神の槍が、膨大な魔力に形作られた碧の槍先で敵の頭蓋を串刺しにせんと襲いかかるが、初撃を躱されてしまう。だがその僅かな好機に俺からも仕掛ける。

『龍の爪』を載せて赤熱する棍身を胴体へむけて叩き込んだ。


手に伝わる痺れとともに、俺の攻撃は防がれたが奴に刀を抜かせたことは分かった。

だがそれが先ほど居合切りを仕掛けてきた大太刀ではなく、もう一方の小刀であることが見えた瞬間、頭の中で大音量の警報が鳴り響く。


『超集中』を発動した時には、既に大太刀が抜かれ、俺の首目掛けて横一文字に振り払われていた。

回避は間に合わない。『バリアー』が張られている右腕をかざし、致命傷を避ける。


右腕に激しい痛みと灼熱感を覚えたが、自由が利かなくなった右腕は今は捨て置いて、左腕に太極棍を持ち直した。ちょうど奴の背後から自律攻撃槍オートランスが串刺しにせんと大きく旋回しながら迫ってきているのが見えたので、『龍の爪』を載せた渾身の突きを胴体に食らわせて、大きくバックステップで距離をとる。

こちらに追撃をかけようと迫ってくるが、神槍の気配を感じたのか、振り向きざまに太刀で強烈に迎撃が行われた。両者の激しい衝突音が大気を揺るがす。

その光景を目にしつつ、眩暈を覚えた。右腕に目を向けると、血が滝のように噴き出しているのが見えた。『ヒール』をかけつつも血が止まらないので、とりあえず失血死を避けるために切離面を『ファイア』で焼灼止血する。ジュウジュウ。くそ、死ぬほど痛い。


「太一!」

ナーシャが駆け寄ってきている。いつの間に。

「今治療するわ。『界絶瀑布』」

今のところ誰にも破られたことのないナーシャの絶対聖域が展開され、即座に治療が開始された。

「反対側の骨膜が奇跡的に一枚残ってるって感じね。でも千切れず残ってたおかげで治療は早いわ。『エクスヒール』。勝算はあるの?」

淡く輝く緑の光に包まれたところ、痛みが急速に緩和されるとともに、みるみる組織が再生を始めた。さすが超級治癒魔法だ。部位欠損が治るってのはほんと破格の性能だと思う。

「すまない、ありがとう。勝算は…分からん。が、このままじゃ無理だな。限界突破でいく。店長にはいつでもバフをかけられるよう伝えておいてくれ」


身体の深い深いところへ意識を潜らせていく。脳脊髄神経系統の全てを魔力によって掌握し、身体のリミッターを一つ残らず外していく。


何秒かは要したのだろうか。前回よりは上手く素早くできたような気がする。

意識が浮上してきた時、全身の筋骨格系は沸騰しそうな程に猛り狂っていた。通常時とは比較にならない程に身体能力が跳ね上がっているのが分かる。


「太一、上手くいったのね。結界は何度か攻撃を受けたけど、破られていないわ。ただ、自律攻撃槍オートランスはたった今破壊されたみたい。店長が危ないから、解除するね。準備はいい?」

「あぁ、すぐやってくれ。援護頼む。」


自律防御槍オートパイクを纏わせながら、ナーシャは後ろに飛びのくと同時に結界を解除した。

碧い槍は魔力を霧散させられて奴の下で綺麗な水たまりと化していた。


活動限界を意識しながら、一直線に鬼の武者へ向けて突進する。

極太のレーザービームのような超級氷魔法が放たれるが難なく躱し、大きく踏み込んで『龍の爪』をのせた横薙ぎを放った。

先ほどとはけた違いの破壊力が込められた一撃は胴体にクリーンヒットし、奴は鎧の破片をまき散らしながら数十メートルは派手に吹き飛ぶ。


今だけは、身体能力も互角かそれ以上の筈だ。すぐに追撃に入る。

錐揉みしながら受け身をとって態勢を立て直した奴の頭上から大上段を振り下ろした。


ギィィン!

大太刀と、小刀。奴はどちらをも抜き放って頭上で交叉させ、俺の追撃を受け止めてきた。

俺の能力が急に跳ね上がったことに気が付いたのだろう、どうやら本気になったようだ。


「この、対応が素早いことで!」

突風が吹き荒れるような剣戟が繰り返される。

身体能力と奥義で破壊力的には圧倒する太一だが、流れるような二刀流に阻まれ、決定打は与えられない。

先の一撃は少なからず敵の生命力を削ったが、非亜神領域では殆ど最上級に値する体力SSは、それでもなお余りある余力を残していた。

筋繊維がリアルタイムでぶちぶちと裂ける音が聞こえてくる気がする。長期戦は避けなければ。畳み込むぞ。


「店長!」

「ほい!待ってました!いきますぞ。『ラッキーギフト』」


それは、初めての感覚だった。

たった今なにかに祝福されたということが体感できるというか。包まれるような安心感と、僅かな全能感がある。太一の運はEからBまで急上昇を遂げた。

この5分間は、運Dの敵に対して2ランク分の運の優位性がもたらされる。


「くせになりそうだな、と!」

店長の言うヴィジョンとやらが見える程ではないが、明らかに敵の攻撃を回避できるようになった。

大気を裂くか如き大太刀の一撃や、かまいたちの如き鋭い小刀の突きも、俺の体が葉っぱにでもなったかのようにふわふわと避ける方向に自然と動き出す。さすがに店長みたいに無意識には避けられないが、誘導してくれるだけで十分だ。


ガガガガガガガガガ!!!!

防御に回していた意識の殆どを攻撃に集中させて、怒涛のラッシュを開始する。

鬼の面は砕け散り、不揃いな目玉や飛び出た歯肉を張り付けた顔面が露出した。

時折大太刀で反撃を受けるが、右腕を持っていかれそうになった時とは打って変わって余裕で回避し、受け流せる。

俺の真の全力に店長のバフが加わり、今この瞬間、俺はこいつを圧倒できている。


俺の腕を一太刀で分断しかけた驚異的な切れ味のミスリル刀だが、太極棍と打ち合うたびに、その刃先がわずかに欠けていっているように見える。


…一般的に、棒は剣よりも殺傷力に劣るだろう。人類は、紛争にまみれた歴史の中で、刃をもつ近距離武器を多種多様に発展させてきた。銃剣などは現在でも軍の装備として採用される。棒といえば現代では古武術の中でしか見ることもない。

ただし、俺たちのような超人同士の戦いであれば話は別だ。もはや俺やこいつの皮膚は鋼鉄並の組織結合力を誇るため、並の切れ味の刃物では意味をなさず、逆に刃先の強度不足が武器損傷をもたらすだろう。

最初は何となく、「刃物とか怖いし…」みたいな感じで選んだクーポン棒だったが、ようやくこの武器、武術の真の可能性が理解できるようになってきた気がする。


『グゥゥアアアアアアアア!』

踊るように、球体を描くように獲物を振り回しながら力と速度を加速させていき、敵に打ち付けた反動を利用し、即座に逆回転にさらなる威力を加えていく。空を切るたびに赤い棒先はさらなる熱を帯びていき、次第に白熱光を放ち始める。


「綺麗…」

敵に止めを刺すための三槍の融合に苦戦していたアナスタシアは、赤い火花と白い光を放ちながら戦う太一の姿に、命を削りあう超人同士の戦いに、一瞬集中を手放して見入ってしまった。

そして憑き物が落ちたかのように、強い思いを込めて槍の生成に取り掛かった。


「太一君、がんばれ!」

思わず声が出た。

つい数か月前まで、こんな光景を目にするとは思ってもいなかった。しがないコンビニ店長であった自分が、得体の知れない外敵から人類を、そして地球を守るために、異形の蠢くダンジョンを仲間達と共に攻略している。そして目の前で死闘を繰り広げている太一は、自分が雇っていたただのフリーターであった。この感情を何と表現してよいのか分からないが、今自分たちは鮮烈に生きている。そう強く思った。


全身が裂けるように痛いが、このまま削りきれるか。

俺の内側はかなり酷いことになりつつあるが、将軍はそれ以上にズタボロだ。

太極棍を強く握り直し、なけなしの闘気を再充填した。

そこで急に、全身を包む全能感が散りぢりに去ってしまったような脱力感を覚える。


まずい、5分が経ったみたいだ。運バフが一段下がった。

敵ももはや死に物狂いで剣を振り回してくるが、その攻撃が体を掠めるようになった。

くそ、時間切れか、ナーシャはまだか。


『ナーシャ、倒しきれそうにない!槍はまだか!?』

『…たった今生成が完了したわ。合図するから離脱して。1…2…』


最後の力を振り絞り、渾身の突きをヒットさせるとともに、再度大きく離脱した。

次の瞬間。


ズォッ!

セダン車程の大きさがあろうかという特大サイズの『ジオ神槍ボーガコピー』が、激しい水の渦を伴いながら超高速で飛来し、将軍の胴体を一瞬で串刺しにした。


『ギィヤアアアアア!!!』

槍はそのまま胴体を貫通して風穴を開けたあと、どこかへ消え去っていった。


ナーシャがその場にどさりと崩れ落ちる。物凄い威力だったが、反動も大きかったようだ。あの一投擲で魔力をすべて失って気絶してしまった。

しかも敵は殆どの胴体を失ってなお、まだ絶命していない。

地面に臥したまま、鬼のような形相で、倒れたナーシャに向けて手をかざそうとしている。

超級魔法だ、やばいやばいやばい。

俺ももう『念動力』が解けてしまって、全身の筋繊維がズタズタで一歩も動けない。極大魔法を放つ魔力は残っているが、間に合わない。魔銃を使うんだ、間に合え!


ゴォ!

その時、大きな炎のブレスが吹き荒れて、将軍の周りを取り囲んだ。


スライウルフに跨った店長は、勇気を振り絞って、猛烈な勢いで敵めがけて突進した。

ブレスを放ったルーパーを頭に載せたまま、スライウルフの背を蹴り跳躍し、打ち出の小槌を最大長に伸ばして背に掲げると、敵の頭めがけて全力で振り下ろした。


「ほあぁぁぁぁぁぁ!」


ゴォン!!!!!

小気味よいクリティカルの音が鳴り響いた後、ついに静寂がおとずれた。


『太一のレベルが上がった!新スキル『龍の翼』を覚えた!』

『アナスタシアのレベルが上がった!』

『次郎のレベルが上がった!』

『ルーパーは進化に必要な経験値を満たした!』


こうして太一たちは、持てる全力をもって、中ボスの撃破に成功した。


御覧いただきありがとうございます。

亀の更新で申し訳ありませんが、もうすぐB級ダンジョンも終結となります。

今後ともよろしくお願いします。

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