第30話 武者
のっぺらぼう達との対話をすっぱりと諦めた俺は、さくさくと浅層を突き進むことを誓った。
まぁ万が一に分かりあえたところで、倒さないと次の階に進めないわけだし。
四、五、六階層も、特に敵自体に目立った変化はなかった。
少しずつ敵の装備には金属製の物が交ざり、身体能力も上がっていったが、俺とナーシャで特に難なく一掃することができた。
奴らは、人間を模すために結構な魔素が使われているのか、強さの割に経験値がいい。
ナーシャと店長は、1つずつレベルが上がっていた。
このダンジョンをクリアする頃には、誰か1人くらいは新しい加護スキルを授かるかもしれない。
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『奈良ノ門:七の魂を捧げよ』
『制限:重力1.2倍』
第7階層では、重力負荷フィールドが現れた。
人間やめてる俺は特に何も感じない。体重の軽そうなナーシャもたいして重さを感じることはないようだが、20kg近い重りを背負わされたメタボな店長はどうだろうか。
フィールドに一歩足を踏み入れた瞬間から、重力場が発生した。
「軽い筋トレみたいなものですな。いやぁ懐かしい。30年前になりますが、こう見えて学生時代はアメフト部だったんですよ。はっはっは」
まぁそこそこ重いのだろうが、頑張って付いて来てもらわないとな。
この階層は、今までとは光景が一変していた。
今までの森林フィールドではなく、大きな城と城下町のようなものが眼下に広がっている。
城下町には武装していないのっぺらぼうがうろうろしており、眺めていると、それぞれの生活を送っているようだ。こいつらなら話が通じるかな?
お団子屋風の建物の前を掃除しているのっぺらぼうに、恐る恐る話しかけてみる。
「やぁ、俺は太一と言います。ここはどこですか?」
のっぺらぼうはこちらへ向き直ると、口をにこっと開いて言葉を発した。
笑うと余計ホラーだが。
「こんにちは、ヘイジョウキョウへようこそ」
お、こいつら話が通じるのか!
「私にも理解できる言葉を話しているわ。知能が進んだのかな」
「わたしにも何となく分かりますぞ」
「話ができるのか。えと、あなたは何をしているんですか」
「こんにちは、ヘイジョウキョウへようこそ」
ん?
「えーと…あなたのお名前は?」
「こんにちは、ヘイジョウキョウへようこそ」
な、なんだこいつ気持ち悪いな。
魂食わせろーな奴らより、ある意味もっと生理的にきついぞ。
「いわゆるNPCってやつでしょうか。決められた台詞しか喋られんのでしょう」
「ふーん。こいつら多分勾玉を落とさないんだろうけど…倒したら経験値になるかな?」
「太一やめとこうよ。悪意はなさそうだし、生活してるだけみたい。可哀想だよ」
「争いは何も生まないとか言ってたのは、どこの誰でしたかな」
猛反対された。
まぁ、倒した瞬間、そこらへんの村人たちが一斉に襲いかかってこないとも限らないしな。
幾人かに話しかけて回ったが、「いい天気ですね」とか「お腹いっぱいだよ」とか、全く有益でない台詞しか返ってこなかった。
何件目かの平屋建ての住宅を回っているときに、突如警報のような鐘の音が鳴り響いた。
カンカンカンカン!
「これって、なんかまずいんじゃないでしょうか」
遠くで、「侵入者がでたぞーー!」とか聞こえる。
敵のお出ましだな。NPC達はそそくさと家の中に避難しだした。
一応彼らに出来るだけ被害が出ないように、広場へと移動し、そこで迎え撃つことにした。
今までのフロアと違って、向こうから来てくれるなら手間が省けるってもんだ。
このフロアの敵に対しては、気配察知が仕事をしだしたようだ。
理屈はよくわからないが、奴らも生物として何らかの完成をみたというところだろうか。
1…2…3…4体か。
「4体来るみたいね。結構大きい気配がする。気を引き締めよう」
少しして、鎧に身を包み、直刀を携えた武士風の敵が4体揃って現れた。
こちらを視認すると、ガシャガシャと音を立てながら一直線に走って向かってきた。
鎧の下は相変わらず黒いのっぺらぼうだが、ギョロリとした眼球だけが肉付けされている。
これはこれで、結構ホラーな見た目だ。
ナーシャを見ると、さすが、気丈に落ち着いて振る舞っている。
店長は、とりあえず震えている。
『ステータス閲覧』も働くようになった。
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下級武士 レベル:20/30
種族:擬人
性能:体力D, 筋力C, 魔力G, 敏捷D, 運G
装備:直刀, 軽鎧
スキル:ラッシュ
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こいつら、レベルがあるのか。
今の所モンスターの出ないこのフロアで何を狩ってレベルを上げたのかは知りたくもない。
そこまでの強さではないが、それでも刃物をもった筋力Cは、これまでの階層の敵とは桁違いの脅威度だろう。
情報を簡単に2人へ伝えて、安全に遠距離で倒すこととする。
『エクスアクア』!
魔力を蓄えておける能力をもつ光魔の杖を構えて、ナーシャが先制の水砲撃を放つ。
激しい水流がうねりを上げて、敵のうち2体を一瞬で飲み込んだ。
砲撃はそのまま大通りをまっすぐ抜けて巨大な城に直撃し、半壊させたようだ。
あそこに残った敵もいたかもしれない。さすがナーシャ、狙いがドンピシャだ。
「シネェェェェ!」「タマシイをささげよー!」
浅層の原始人達と同じようなことを叫びながら、まったくひるむことなく襲いかかってくる2体は、俺が相手をする。
二挺拳銃を抜き放ち、全身にもれなく魔力の弾丸を浴びせる。
一撃で鎧は弾け飛び、一撃はその中身を根こそぎえぐり取る。
2体のスイスチーズがごろんと床に転がり、地面を紅く染めた。
赤い勾玉が2つ、傷一つつかずに地面に転がっていたので回収し、城へと向かう。
勾玉からも気配を感じとれるようになったので、ナーシャが倒した2体に加えて、半壊した城の下敷きになったと思われる2体の物も『念動力』で回収した。
あと1体で終わり…と考えたところで、ゾワリと悪寒を覚えた。
「2人とも気をつけろ。最後のは、強そうだ」
城の屋上を見上げると、般若の面をした、全身甲冑に覆われた鎧武者が立っている。
静かに言葉なくこちらを見下ろしているが、全身から怒気が溢れて見えるようだ。
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下級武将 レベル:40/50
種族:擬人
性能:体力B, 筋力A, 魔力C, 敏捷B, 運F
装備:直刀, 重鎧
スキル:ブレイクラッシュ, 瞬歩, ハイファイア
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閲覧し終わるかどうかの所で、2人に情報を伝える暇もなく。
敵はダンッと音を残して足場からかき消えると、上を見上げるナーシャ目掛けて刀を振り下ろした。
ギィン!
すんでの所で太極棍を構えて攻撃を受ける。
スキルを使っているのか、凄い重みと衝撃だ。
互いの武器の交差部からはバチバチと火花が上がっている。
7階層でいきなりこの強さかよ!B級、結構やばいなッ。
あの重そうな甲冑を着込んでおきながら、重力の影響も殆どなさそうだ。
『身体強化』を使い、棍を振るって宙へと思い切り弾き返す。
「ごめん太一!」
「油断するなよ!ここは人類未踏のB級だぞ!店長は離れてて!」
「言われずとも!」
とっくに離れていた。
奴が宙に留まるうちに、フォースリンガーをフルバーストで放つ。
幾つかは奴の鎧を打ち砕いたようだが、魔力攻撃にも関わらず、ダンジョン産の刀で大部分が弾かれたようだ。
砕けた鎧の下からは、筋骨隆々な黒い肉体が覗き見えている。
ドォッ!
着地するや否や、ナーシャが完璧なタイミングで放った『鏡蒼刹』が左右から敵を押し潰した。
「やった、決まった!」
「いいぞ、ナーシャ」
これで決まってくれるならいいが。
心配したのも束の間、完璧に正対した筈の水砲撃は、僅かに逸れて交差した。
砲撃が過ぎ去った後には、全身の鎧がボロボロになりながらも、奴が四肢欠損なく生き残っていた。全身血だらけで、地面に刀をついてかろうじて立っている、満身創痍ではあるが。
恐らく、攻撃の特性を見抜いて、あの一瞬で片方の砲撃をわずかに逸らしたのだろう。
こういう知性ある強敵は、即座に止めを刺さなければ。
『韋駄天』、『隠形』により気づかれることなく背後へ回り込み、俺の闘気をふんだんに吸い込んだ重棍撃を頚椎に叩きつけた。
7つの頚椎はまとめて粉砕され、ぐらぐらになった頚は頭部を支えることなく、その場にぐしゃりと崩れ落ちた。
すぐに体はサラサラと魔素の霧へと変わり始め、死体であることが確認される。
痕には、他の敵と変わりのない、ひとつの赤い勾玉を残した。
こうして一気に難易度の上がった7階層も、無傷で攻略することができたのだが。
先に続く苦難が、否応にも想像されるのであった。
更新が遅くて申し訳ないですが、無理なく楽しく書けるペースでやっていきたいと思います。
出来るだけ冗長な内容にはならないようにしたいですが、まったりパートも大事にしたいと思います。バランスが難しいです。
今後とも、宜しくお願い致します。




