第122話 泡沫の夢
人が月日を感じるのは、太陽が昇り、沈んでいくのを見られるからだ。
神域には、重力がない。
だから、惑星と名のついた星々は、片時も離れず白い恒星のまわりを寄り添うだけで公転運動も自転運動も発生しない。
どこにいても一面、真っ白だ。
あのひと際大きな恒星は、創造神が産まれるより更に前からこの『時空』に存在したらしい。
――そういうことを解析する余裕くらいは出てきたのだろう。
太一達が戦い続けてから、実に20年余の月日が経とうとしていた頃――。
戦局には、一定の変化が見られ始めていた。
作戦1935番『初級火魔法と中級氷魔法と初級土魔法で作った簡易時限爆弾でおびき寄せDD作戦』
作戦1936番『ルーパーの火燃焼でおびき寄せて即収納、爆炎に乗って離脱DD作戦』
作戦の考案は意外とルーパーと太一で半々といったところだった。
一気に力の奪取に成功した太一は銀極穂を抜き、【主】へと斬りかかった。
この日初めて、彼女は武器を使った。
太一が奪った神槍とは違い、それは謎の材質で出来た戦槌、メイスのような武器だった。
両者が激突した衝撃で、また近くの美しい小惑星のヒビが増えた。
【主】がその武器――神無矛――を振るったのは、実に生命神を滅ぼした時以来のことだった。
銀極穂をはじかれた太一は、彼女の二撃目の直撃をくらい、上半身と下半身が泣き別れた。
『ってぇ!』
すかさずルーパーが回収に走る。
天★照を丸ボーロのようにたらふく食べさせ続けてはや幾年。
今や火燃焼を利用したスピードだけでいえば、ルーパーは太一の鳴神を上回る程だった。
「あれ、これどっちを回収したらいいの?」
『上半身!』
「あいよ!」
『ぬぅぅぅん』
太一はルーパーのタテガミに掴まりつつ、練っていた魔力を開放し、優に10を超える黒い太陽を【主】の周りにばらまき、一気に破裂させた。
ヂカッ
その爆風にのって、さらに大きく離脱。
そのころには、既に太一の下半身は再生していた。
『ようやく奥の手を引き出せてきた感はあるな』
「そだね、今は以前よりだいぶ死ぬ頻度も減ったよね。腹時計でいうと、1日1死って感じかな」
『相変わらず結構死んでんな……』
「aaa……!」
『お、怒ってる怒ってる』
「ご主人、作戦085番行こう」
『よしきた』
追撃してくる【主】を躱すための常套手段。
もう何百回も仕掛けているのに、未だに有効な手段だった。
太一はそこらで一番動かしやすそうな小惑星を『念法力』で引っ張ってきてこちらの姿を遮蔽した。
その惑星に生えている何らかの有機物から『錬成』した精巧な太一君人形――最近ではちょっとした戦闘もこなす――を作って反対側へと放出した。
「aaa……!」
即バラバラにされる太一君人形だったが、今日は自爆機能が付いてるから一味違う。
太一達はそれで余裕をもって戦域から離脱した。
『ふぅ、お疲れさん、ルーパー』
「んまんま」
太一達が身をよせた星は、最近の隠れ家として重宝している場所だった。
そこはどこか地球に似た青い星で、綺麗な水もあり、なによりも非常に頑丈である点が気に入っていた。太一はルーパーに炎を食わせながら、川を流れる水をすくい、ひと口だけ口にした。
『はぁ、美味しい……』
殆ど食事すら必要でなくなった太一の身体だったが、美味しいものを美味しいと感じられることだけは有難いと思った。
そろそろ、仕掛け時かもしれないと太一は思った。
実は戦闘が始まって割と間もない頃から『並列思考』により、既に太一のもう一つの人格を【主】の元へと潜りこませていた。『意思疎通』が『念話』により強化された『思念伝来』は、対象との距離が多少離れていても発動できる点がなにより便利であり、もうそろそろ表層のセキュリティーを突破するための解析が終わりそうなのだった。
ルシファーに義理立てするつもりは一切ないが、太一は知りたかった。
ただの人間をあれほどの化物へと変貌させた、【主】の過去について。
『よし……ルーパー、俺は今から別人格とともに『思念伝来』を本格始動させる。いっとき無防備になるから、【主】に強襲された場合は離脱頼むぞ』
「はーい」
この感覚は太一にとって、ひどく懐かしかった。
最後に使ったのは、アナスタシアの心の中に入った時以来だったから。
あれから何年が経ったのだろうか。
『月日』を把握することも出来ただろうが、太一はあえて考えることを辞めていた。
立ち止まっている余裕はなかったが、それよりも、戦えなくなってしまうのが怖かったからだ。
自分はたとえ何百年、何千年が経とうとも、戦うのだ。
血を分けた子供とその子孫を守り続ける。
祖霊として、これほど栄誉なことはないだろう。
――それでも。
薄らぐ意識の中で、太一の中の人の部分は夢を見た。
【主】から救い出した地球で、皆でどんちゃん騒ぎをして。
夜、アナスタシアのお腹をさすりながら、温もりの中で眠りに落ちる。
そんな、泡沫のような、幸せな夢を。
(ナーシャ――――)
太一の意識は移ろい、そして溶けていった。
深く深く、底冷えするような深淵の闇、そのさらに奥深くへと。




