風邪を引いた
私は今日、学校を休んだ。
昨晩、38度を超える高熱を出した私。身体の節々が痛み、意識が朦朧としてベッドから起き上がることが出来ないほど体調を崩してしまったのだ。
今朝も熱は引いておらず、学校を休んで病院へ行った。帰宅して、処方された薬を飲み、一眠りした現在は病院の薬が効いてきたのか、いくらか気分はマシになっていた。
身体を少しだけ起こし、窓から外を眺める。
傾いてきた太陽が淡いオレンジ色の光で私を照らす。
もう学校も終わった頃だ。
私は学校が好きで、今日行けなかったことを残念に思っている……なんてことは、まったくない。
むしろ、引っ込み思案で人と話すのが苦手な私は学校が苦手だ。昔はそうでもなかった。初めて会う人とも話せたし、仲の良い友達だっていた。そう、たとえば、幼馴染のあの子とか……。
夕日を見ながら昔のことを思い出す。
あの子と一緒に遊んだ日々。
引っ込み思案の私を、いつも連れ出してくれたあの子。あの子の笑顔を見ていると、あの子に手を繋いでもらっていると、不安な気持ちも自然となくなったものだった。
けどそれも、もうだいぶ昔のこと……。
明るくて可愛いあの子の周りには自然と人が集まる。
年を重ねるごとにできる新しい友達。
もう、あの子の隣に私の居場所がなくなって随分たつ。
寂しくないわけない。
あの子は私にとっての全てだった。
いつも新しい世界を見せてくれた。
でも、たくさんの人に囲まれているあの子を見ると、自分は相応しくないと嫌でも思い知らされた。
起こしていた身体をまたベッドに横たえる。
昔のことだ。あの子と一緒にいることがなくなってから久しい。まだ引きずっているなんて、きっと体調を崩したことでメンタル的にも疲れてしまったんだ。
私は、あの子との思い出に蓋をするため適当な理由をつけて、また目を閉じた。
どうやら、少しの間眠ってしまっていたようだ。
おでこに感じた冷たい感触。熱がこもっているであろう、今の私にはとても心地よい感覚に意識が覚醒していく、ゆっくりと目を開けると……
そこには、寝る前まで思いを馳せていた幼馴染がいた。
濡れたタオルで私の汗を拭いてくれているその姿を見て「えっ」と思わず驚きの声が漏れる。
「起きた?ごめんね、体調はどう?」
私が起きたことで、安堵のような申し訳ないような、とても複雑そうな表情を彼女はしていた。
「朝よりは、いい、かな」
私の口から出てきたのは、そんな短い言葉だけ、言いたいことがもっとあるだろうに、気の利いた言葉が言えない自分が嫌になる。
「そう、よかった」
「うん……」
部屋の中に沈黙が訪れる。
どうしてここに?看病してくれたの?風邪がうつっちゃうかも。いろいろと言いたいことがあるのに動いてくれない私の口。引っ込み思案も極まったものである。
先に沈黙を破ったのは、やはり彼女の方だった。
「最近、顔色悪かったけど何かあった?」
「え、そうかな?」
「そうだよ、すごく疲れてるように見えた。無理してたんじゃないの?」
そう言われて思い当たる。最近、興味のある大学を見つけたのだ。そのことで、自分自身でも稀に見るやる気を起こし夜遅くまで勉強を続けていた。
でも、なんで私なんかのことを彼女が?
「で、でも、どうしてわかったの?」
「そんなこと、いつもあなたを見てるからに決まってるでしょ……」
そう言って私から顔をそむける彼女。
髪の隙間から見える横顔は赤く染まっていた。
横を向いたまま話を続ける彼女。
「私のこと避けてるでしょ……何で?」
「そ、そんなこと、ないよ」
「うそ!だって話しかけてもすぐにどこか行っちゃうし!目も合わせてくれない!」
「……」
「ねぇ、私 あなたに何かしちゃったかな?」
問いかけてくる彼女は泣きそうな表情をしていた。
そんな顔してほしくない。私なんかのために。
「ごめんね。私はもう、相応しくないから……」
「……どういうこと?」
「こんな引っ込み思案な私が一緒にいると、め、迷惑かー」
「迷惑じゃない!」
私の言葉を遮る彼女。そのまま寝ている私に覆いかぶさるように抱き着いてくる。
「そんな余計な事考えなくていいの、あなたは私の隣にいないとダメ」
耳元で囁かれ、熱のある身体がさらに熱くなる。
「今までのことは許してあげる。だから、もう私の傍から離れちゃダメ。いい?」
「は、はい」
溢れてくる嬉しさや、気恥ずかしさで私は何もできず、彼女にされるがまま抱きしめられていた。
「あ~よかった。私何かしちゃって嫌われたと思って絶望してたんだから」
「ごめんね。私が一人で怯えてたせいで」
「いいの、もう気にしてない。だけど約束。もう離れないでね。私、寂しくて死んじゃうかも」
「わ、わかった。もう大丈夫。私もずっと隣にいたいよ」
夕日に照らされた部屋で、赤い顔をした私たちは手を握り合う。
「ね、風邪が治ったらまた一緒に学校へ行きましょう!」
「うん、一緒に登校するなんて何年振りだろうね」
「絶対ね、約束よ!私、迎えに来るからね」
「そんな、そこまでしてもらうなんて悪いよ」
「そんなこと気にしないの。私がしたくてするんだから、ね、約束よ?」
そう言って彼女は小指を私に向けてくる。
懐かしいな、小さな頃は彼女と約束するときは決まって指切りだった。
昔のそんな些細なことまで彼女が覚えてくれていることに嬉しさを感じて、私は、そっと小指を絡ませた。