第9話 こんな風に思うこともない
第9話 こんな風に思うこともない
“そう? メインのコピーみたいなもんだよ”
銀鷹丸さんはさらりと流したが、和田さんはそれを見逃さなかった。
合戦のログもちゃんと読み込んでいる。
“…なるほど、サブと2台参戦でダブル回復か”
“人材の不足を補うのも盟主の役目です”
この「アンブレラアカデミー」に、回復班は銀鷹丸さんひとりしかいない。
そこで俺はサブらしく、「銀鷹」を回復特化させた。
「やっぱりホークスとか除名で正解だったな」
その翌晩、「ユニティ」で和田さんは、銀鷹丸さんとそのサブ「銀鷹」について話し、
ほくほく顔で俺に嫌味をぶつけて来た。
この晩は赤ちゃんマンタイムな加藤はもちろん、
仕事だろうか安田もいなかった。
「和田さんさ、銀鷹丸さんを回復特化させてどうするつもり?
まさか引き抜くつもりじゃないだろうな、
俺、あの人とは一緒に参戦したくないんだけど?」
「ホークスとか何の取り柄もない、無難な後衛などより、
銀鷹丸さんとそのサブの方がよっぽど価値あるね」
俺は「神算」という、強いカクテルを注文した。
「迅雷」と同じくジンとライムがベースだが、
「神算」の方が度数も酸味も強いし、ライムの皮とスパイスで苦みも強い。
癖のあるカクテルだが、なんとなくそういう気分だった。
「その銀鷹丸さんとこないだまた会ったよ」
言われっぱなしも悔しくて、俺は和田さんに言ってみた。
「えっ、マジで? どこで? なんで?」
和田さんは身を乗り出して、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「新宿で、あの人の買い物に付き合わされたよ」
「なんでお前が?」
「さあね、俺は和田さんでも良くね? て言ったんだけど…」
銀鷹丸さんは、和田さんとはわかり合えないところがあると言った。
そしてそれは俺が一番にわかってるとも言った。
…なんとなくわかってきた。
和田さんは見た目こそすらりとして、どこか中性的な容姿だが、
中身は普通の男だ。
きっとその先を求める、取引だけでは済まされない。
俺はと言うと、昔は小柄で華奢で、女の子みたいな少年だったが、
アングロサクソン系の血からか、年々でかく、ごつくなっていって、
今じゃヤクザでもびびるような、いかついおっさんになってしまった。
だからこそ、安田や和田さんとつるんでいるんだが…。
俺なら安全に取引を終われる、その先を求めるような事はしない。
銀鷹丸さんはきっとそう思ったのだろうな。
わかる、俺も彼女がただの女なら取引なんかしない。
ただただ楽しく、無邪気にキャッキャウフフするだけだ。
いがみ合うこともなければ、わかり合うこともない、
こんな風に思う事もない。
翌月、いつものように実家に帰省した。
介護が必要とは言っても、つききりである必要はまだない。
実家の近くには姉の一家もいる。
家の掃除をして、ごみを出し、米や飲み物などの重たい物の買い物をする。
電球を交換したり、車や電化製品の手入れもする。
海からやってくる、いやらしい砂と塩と格闘するのも俺の役目だった。
家もだが、二階の俺の部屋も海に面している。
オーシャンビューと言えば聞こえはいい。
素敵なもんか、風が吹く度に窓枠がたがた言いやがる。
強風で何度ガラスが割れた事か。
家の裏はすぐ山で、その斜面に墓地がある。
昔も今も、納戸や姉の部屋の墓ビューがうらやましくて仕方ない。
寝る前、そんな窓の外の黒い沖に船の影を見た。
あの人の「銀鷹丸」は捕鯨船の名前と言う…。
翌朝、帰る前に冷蔵庫の残り物でカレーを煮込んでいると、
その後ろで母がまた、早く嫁をもらえだの、孫の顔だのと言いやがった。
「お前も情けない、この歳になって、
お付き合いしている人もおらんなんて…」
だが今は違う、俺はあの人と取引をした。
さっそくありがたく使わせてもらおうか。
「…彼女はいるよ、結婚も考えている」
「まあ、なら早よ連れて来たらええやんか」
「断る、彼女は自立した職業婦人だ。
こんな田舎で、黙ってこき使われるような人じゃない」
帰省して母や近くに住む姉や、同級生の女たちを見ていると、
銀鷹丸さんは別の世界の人のように思える。
立ち居振る舞いもだが、たしなみや教養もまるきり違う。
あの人は誰かの噂話ばかりしない、テレビや芸能人の話なんかしない。
「なんでそんな人を…もっと大人しい人の方がええんやないの?」
「若くて大人しいだけの女は要らん、俺は子供も嫌いだ。
こんな田舎の、中身もない、つまらん女なんかとは訳が違う」
あの人との会話には、いつも駆け引きがある。
言葉のひとつにも、笑い方にも、深いものがある。
楽しい人だ、でも一緒にいてなぜか疲れることはない。
それはお互い、本音を出せるからだ。
帰りの新幹線を降りたところで、ものすごい数の着信に気が付いた。
安田からだった。
折り返そうとしていたら、また着信があった。
「どうした安田? 急用か?」
「何度も電話していた、今どこにいる?」
本当に急用だったらしい。
「東京駅だな、ちょうど田舎から帰ったところだ」
「車で迎えに行く、待ってろ」
「何があった?」
「銀鷹丸さんが倒れた、ホークスを呼んでいる」