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砂と塩  作者: ヨシトミ
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最終話 敵と暮らせば

最終話 敵と暮らせば


「そういう事なら、もちろん…相続や会社に強い人がいいだろうね」


さすが同業者、赤坂の父は机の引き出しを開けて、

分厚い住所録をぱらぱらとめくりだした。


「お父さん、弁護士は実家にもいますよ」


直孝さんもそこに付け足した。

俺自身は金持ちでもなんでもない、ただの一般人なだけに、

彼らの存在はとてもありがたく、心強かった。


「あのさ…ふたりとも、もともとは俺の敵だったよね?」


俺は最大の疑問を投げかけた。

どうして敵である俺に、ここまでしてくれるのだろうか。


「敵だったね…私は秀忠くんが邪魔で殺そうとしたし」

「思い切り敵でしたね…上位連合から来た俺をクビとか、超ムカついたし」

「でも今はもう、ただの家族でいいんじゃないかな。

敵だったのは知り合うきっかけ、

娘がつないだ不思議な縁で集まってできた家族、

ムラを思うという、同じ目的を持った家族…もうそれでいいじゃないか」


部屋の外から賑やかな音がした。

引き戸を開ける音、「ただいま」の声、荷物を置く音…。



テレビのチャンネルの少なさや、見たい番組がないのは変わらず、

向かいの砂浜を散歩するのも、もうルーティンのようになっていた。

すっかり明るくなったムラの窓たちから漏れ出る灯りが、

みぎわに映り込んで、烏賊のように群れていた。

もう春が近いのだ。


ふと振り向くと、隣を直孝さんが歩いていた。


「…いつの間に」

「一緒に歩いてもいいじゃないですか」


暗がりで直孝さんの歯がぼんやりと浮かび上がった。


「俺、たぶん愛しているんだと思うんです、秀忠さんのこと…」

「俺はそんな趣味ないよ」

「俺もないです」


直孝さんは、かつての銀鷹丸さんと同じように、

やけに堂々と胸を張って、きっぱりと言い切った。


「性のない愛、だからこそ秀忠さんを愛せるだと思うんです。

お父さんも、千も、ゴールデンルーラーさんも、フランベルジュさんも、

よしのりさんも、おっちゃんも、お姉さんも、みんな…」


性のない愛か、上手い事を言う。

俺や銀鷹丸さんのような、どちらでもある中性の愛とは真逆だ。

でも、中間にある俺ならそれもいいと思う。

性という極に縛られないから。

愛する対象は誰だっていいし、人でなくてもいい。

敵でもいい、嫌いだったムラでもいい…。


「今夜、俺の部屋にふとんを持って来ないか」


俺はぽつりと言った。


「え、いいのですか?」

「たまに同じ部屋にふとんを並べて、ただ眠る。

俺らはそのくらいがちょうどいいと思う」



日が変わる頃、直孝さんがふとんを運んで来て、

それからよく冷えた缶ビールを2本持って来た。

それぞれのふとんの上で、飲みながら明日のことを話しているうち、

寝息が聞こえ、彼は寝てしまった。

ふとんを掛けてやり、俺は窓の外を見た。


窓を開けると、塩気と湿り気を含んだ風が、砂が、海が流れ込んで来る。

この部屋を愛した銀鷹丸さんのことを思い出した。

彼女は塩と砂だった。

いつの間にか家じゅうに入り込み、浸食していく。

塩と砂は同じ塩と砂によって動き、はじめて流れ出す。

俺は灯りを消して、目の前に差し出された海へ近づいた。

そうしてただ、安らかに繰り返す波音を聴いた。

明るい夜だった。









「砂と塩」 完

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