第6話 部屋
第6話 部屋
「…どうぞ」
仕方なく、俺は玄関のドアを開けて、銀鷹丸さんを迎え入れた。
リビングのソファに座らせて、お茶を出すと、
彼女は持参してきた包みを差し出した。
「先日はありがとうございました、ささやかながらお礼を…」
「熱はもういいのか」
「はい」
この意外な訪問者が珍しいのか、ごうも彼女をじろじろと見回し、
それからぴょんとソファの上に飛び乗り、
鼻を寄せて彼女の匂いを嗅ぎ出した。
「ごう、だめだよ、銀鷹丸さんの着物が汚れてしまう」
「良いのですよ」
銀鷹丸さんはごうを抱き寄せて、膝の上に乗せ、背中をそうっと撫でた。
「『ごう』は『江姫』の『ごう』なのですね」
「俺が『秀忠』だからな」
「素敵な命名と思います」
「ところで銀鷹丸さん、和田さんから住所聞いたって言うけど、何か言ってた?」
「いいえ」
銀鷹丸さんはもともと和田さんの知り合いだ。
次に会ったら、彼は何か言って来そうだ。
何と説明すればいいんだ。
「まあいい、どうせここにはなんだかんだで出入りすることになるだろうから」
「それは私の家も同じです」
「あんたの部屋には驚いたよ…でも、ああでなければ覇者にはなれない。
ゲーマーには最高の環境だ」
部屋と言って、俺はふと気になった。
そう言えば銀鷹丸さんは、この白い乙女チックな部屋を見ても、
ドン引きするどころか、驚きもしない…。
「あのさ銀鷹丸さん…なぜ驚かない?」
「えっ…何が?」
「この部屋だよ、なぜおっさんが一人暮らししている部屋がこれなのかって」
銀鷹丸さんは目を伏せて、それから言った。
「…わかるのですよ、なんとなく」
わかる…?
あのおっさん臭い部屋の持ち主である、銀鷹丸さんに何がわかるのだろう。
「あんたに何がわかる」
「あのゲーマー部屋の持ち主だからこそわかるのです。
ホークスさん、あなたの身体は男性…でもその中身は少し違う。
『アンブレラアカデミー』でも、女の人たちとの方が馴染んでいらした。
中身は少しだけ女、違いますか?」
驚きで俺は言葉を失った。
俺をわかる人がいる…!
「銀鷹丸さん、もしかしてあんたも…?」
「…だからこそ、この仕事なのです。
私のような者では、女という枠には収まり切れなくて、
普通のお勤めは難しく思います。
でも水商売なら、割り切って女を演じる事が出来るのです」
そして、俺と同種の人間がいた…!
「俺も小さいけど、自分で会社をやっている。
こんな男だから、やっぱり人に使われるのは向いていなかった。
男らしさを求められても無理だった、疑問を抱いてしまった」
「わかります、学生時代とか、もっと辛かったですもの。
制服はスカートだけではなくて、ズボンもはきたい。
女の子のグループできゃあきゃあ言うのも、
馴染めないわけではないけれど、どこか違和感がある」
銀鷹丸さんはこの微妙なところまでよくわかっている。
「それ、俺もそうだったからわかる。
男同士で集まってもいまいち馴染めなかったから…」
加藤や安田、和田さんとも、どこか馴染みきれていないところがある。
彼らにはこの微妙な事情を話していない。
きっと理解できないだろうから。
それをわかる人がいる、共有できる人がいる。
…まいった、すげえ感動する。
ぞくっとするような、痺れるような。
「銀鷹丸さん、俺はこんな話をしたのはあんただけだけど、あんたは?」
「私もホークスさんだけです」
銀鷹丸さんはやはり、きっぱりと答えた。
そういうきっぱりしたところに、俺は彼女の中の男を感じた。
安田のソシャゲの中でのやりとりもこんな風だった。
あれが地なのだ。
彼女も俺のきゃぴきゃぴした書き込みが、地だって気付いているだろう。
「おい、ホークス。お前あれから赤坂さんとどうなった?」
その数日後、「ユニティ」で和田さんが言った。
彼女が俺の家を訪ねたことはわかっているくせに、なぜそれを言わない。
「やっぱり一発やらせてもら…」
俺たちは茶化そうとする安田を沈めた。
「あんまり失礼なことをさせるなよ」
和田さんは本気で俺をとがめる、それはどういう意味だろうね。
俺にはいろいろと複雑な意味に聞こえるぞ。
「ご心配なく」
俺はそう言って逃げた。
言えない…いや、言いたくない。
複雑なのは俺の方なのかも知れない…。
…俺は銀鷹丸さんとの事を秘密にしたいと思っている?