第58話 いつもきれいで
第58話 いつもきれいで
「戦国☆もえもえダンシング」というソシャゲは、カードゲームだ。
カードゲームはとにかくカードを揃えるのに金がかかる。
でなきゃ時間をたっぷりとかけるしかない。
だからその上位層は、金か時間を持っているやつらしかいない。
同業者も複数人いるらしい事はわかっていた。
俺の師匠であるハリスさんもまた、そのひとりだった。
「懐かしい名前やね…でもなんでホークスが同業者として俺の前におるのん?
お前はただのおもちゃ屋やったはずや」
ボイチャで聞いた彼の言葉は標準語だったのに、
ここでは完全に地である方言に戻っていた。
さすがは同業者、完全に使い分けられるって事か。
「過去を清算するために、赤坂の父から提示された条件を飲んだだけだ」
ハリスさんは俺の後頭部を冷たい塊で触れた。
「そういうの、よしません? 俺たちはいつもきれいでいる事が大事でしょ」
「…それもそうやな」
拳銃を着物の袂にしまい、彼は俺の隣に座った。
「何ぞ用事があって来たんやろ」
「30分ほど、一緒にゲームをして欲しくてね」
俺は上着のポケットから2台のスマートフォンを取り出し、
ゲームを立ち上げて、1台をハリスさんに手渡した。
「『戦国☆もえもえダンシング』…!」
「知り合いの伝手で運営からプログラムを借りた」
「戦国☆もえもえダンシング」…。
別名「安田のソシャゲ」なので、そこはどうとでもなる。
ハリスさんはさっそく「デッキ編成」のページを開いた。
「デッキはどちらも同じ、1対1の攻援戦でどう?」
「俺を誰や思うとんね、俺はお前の師匠やぞ?」
「懐かしいですね、あの頃の俺はまだ下位から上がり立てで…」
「…何賭ける? それが目的やろ」
「では土地を少しばかり」
本来、合戦の時間は12時、19時、22時の三度と決まっており、
「合戦まで何時間何分何秒」とか、「合戦中」だのと、
マイページの上部中央に表示が出るが、
今回はそこをタップすれば、合戦画面に入れるようにしてもらった。
「わかった、ここをタップやな? 同時インやで」
俺たちは3からカウントダウンし、同時に合戦画面に入った。
ハリスさんは今でも強い。
後衛特化と後衛特化。
でも彼はずっと上位連合の無双として、大勢の人に囲まれ続けて来た。
だから少人数の合戦経験はない。
軍師経験もない。
そこが狙い目だった。
「アンブレラアカデミー」を除名になり、俺は独りを経験した。
「アンブレラアカデミー」で盟主を務め、俺は多くを見た。
軍師が不在の時は指示出しまでした。
少人数戦を制するのは、軍師としての力とステータス管理、そして経験だ。
ハリスさんが攻撃している間、俺は後衛で応援コンボを積んだ。
デッキがまったく同じならば、勝敗は応援コンボ数にかかってくる。
中盤近くになり、ようやく俺が前衛に出ると、
それまでの点数差はみるみる縮まっていった。
それからも俺はステータス管理を第一にし、
前衛と後衛を行ったり来たりした。
必要な応援を必要なタイミングで撃つ、
ベストなタイミングまで奥義を出さない、
それは独りを経験した俺の方がよく知っていた。
勝てないなんて思うことはもうなかった。
終盤の手前で攻撃の奥義を敷き、集中して大技を垂れ流し、
大きく逆転したその後は、退却必至の軽い攻撃を連打し、
ハリスさんの大技以前に、その動きそのものを封じて合戦終了を迎えた。
「…案外強いやんか、ホークス。
あのまま『ケミカルテイルズ』におったら、前衛でもエースなったんとちゃう?」
ハリスさんは俺にスマホを返して言った。
「無理だな、あそこで俺に与えられた役割は『無難な後衛』だったし」
「まあ、負けは負けや。 で、お前の欲しい土地てどこやねん」
言う事は決まっている、俺は大体の住所だけ答えた。
「あそこなあ…田舎やし、未指定やが被差別部落みたいやし、
土地はタダ同然やねんけど、俺もさすがに国とは直接戦えん。
ま、根回しと口利きぐらいはしといたるわ」
「ありがとうございます」
それから2週間ほど、何の動きがないまま過ぎた。
そんなある午前中、急に外が騒がしくなったのでなんだろうと外に出た。
それは俺や直孝さんだけでなく、姉やよしのり親子も同じだった。
ムラのみんなが家から飛び出して来た。
そこには大勢の外国人たちが、家の前の道路を、浜を、
港を、カメラ片手に行き来する姿があった。




