第56話 きみは誤算
第56話 きみは誤算
それから俺たちは、赤坂の父の財産を資金に動いた。
俺は「銀鷹」の伝手をたどり、直孝さんは実家である三浦家の伝手をたどりと、
多くの人と会って話した。
そんな中、驚いたのは赤坂の父の人脈だった。
結構な地位の人が、結構な人数、結構な頻度で、
彼に会いに、家にやって来るようになった。
テレビのニュースや、経済番組、国会中継で見る顔もあった。
おかげで俺も直孝さんも、その対応に追われた。
「会社をやっていると、そんなに顔が広くなるもんなのですか?」
ある日、お客さんが帰った後、直孝さんがふと聞いた。
これは俺も聞きたかった質問だった。
「俺がいた『銀鷹』でも、財界人や政治家などが出入りしていたけど、
ここまでではなかったなあ…いち会社経営者とは思えない」
「確かに会社は持っているけど、本業は人に人を紹介することだよ」
残ったお茶を飲みながら、赤坂の父がぽつりと言った。
「秀忠くんも一部は知ってると思うけど、
うちは他にも、人に融資したり、もめ事の仲裁に入ったり、
場合によっては犯罪をもみ消したりもしている。
…まあ、陽の当たる仕事じゃないね」
そんな赤坂の父を意外な人が知っていた。
「赤坂さん? ああ、あの人にはなかなかご縁がなかったね。
なんとかしてお近づきになりたかったけれど、
私たち下っ端ではとてもとても…」
人に会いに東京へ行ったついでに、安田の家に寄り、
上京のいきさつを話すと、武田のじいさんが言った。
「武田さんも赤坂の父を知っているのですか」
「まあ、名前ぐらいは…有名ですし」
「えっ、俺は知らないぞ?」
「おいも知らん」
安田とれいなんこさんは真顔で言った。
「それはふたりがこの上杉の家しか知らないからだろう。
上の井上会では、彼からの仕事を何度も引き受けている」
赤坂の父は暴力団ともつながっているのか…。
東京から戻ったあと、俺は彼に武田さんの話をしてみた。
直孝さんが青年団の集まりに出ている夜だった。
「…ほう、上杉会を知っているとはさすがだね」
「友達の家なんだ…昔、お父さんの使いと戦ったのも彼らだよ」
「上杉会は少数でも根っからの戦闘集団だからねえ…。
あそこは井上会本部でも、大事にされているみたいだから、
私ごときの依頼では、彼らに仕事を通してくれない」
「武田さんもお父さんには近づきたいけど、なかなか縁がないって」
「それは今からでも遅くはないさ」
俺は父を車椅子に乗せて、
玄関を出て道路を渡った先、砂浜の始まりから夜の海を見ていた。
「私は2度結婚して、ふたりの子供がいた。
男だから息子を跡取りにはしたけれど、出来は良くなかった」
赤坂の父はぼやけた月を見上げて、ぽつりぽつりと話し出した。
「どうして? 官僚もすごい事だと思うけど?」
「勉強はとても良く出来たさ、でも才能がなかった。
人と人をつなげるにはどうしても才能が要る。
そういう意味では娘の方がはるかに出来が良かった」
銀鷹丸さんの才能、すごくわかる。
どこへ行っても馴染める、そこを自分の居場所に出来る。
「お嬢様はまるで、いつの間にか家に入り込む砂と塩みたいでしたよ」
「だからこそ、娘には結婚という足がかりを与えたかったが、
君は誤算だったね…娘は本来、気持ちに流されるような性格じゃなかったはずだ。
私もまさか、君とこんな散歩をするとは思ってもいなかった。
砂と塩は君の方じゃないのかね…見事な才能だと思う、惚れ惚れするよ」
それから、俺たちは安田の一家とも手を組んだ。
それには当然のように和田さんも付いて来た。
その和田さんが家に来た時、知らない男2人を連れて来ていた。
「あのさ和田さん、この方たちは? 和田さんの部下?」
「いや、ふたりとも『ユニティ』のおなじみさんだよ。
ホークスが引っ越してからだから、わりと新しいね。
名前はお前も知ってるはずだ」
男たちは、ひとりががっちりと骨太で幅広の身体に、たっぷりの筋肉をつけていた。
いかにも肉体労働者といった風情で、
もうひとりは、ビール腹のよく目立つサラリーマンといった風情だった。
「湯元といいます、名古屋の工務店に勤務しています」
がっちりとした方の男が、よく日焼けした手を差し出した。
ビール腹の方の男もにこにことしながら、手を差し出した。
「犬飼です、東京のIT企業に務めています」
「あの…なんで和田さんはふたりを俺に?」
和田さんは彼らに視線を流した。
ふたりは顔を見合わせてにやりと笑った。
「盟主、お久しぶりです…!」




