第55話 上級国民様
第55話 上級国民様
「誰が立ち退くっちゅうねや」
昼過ぎ、港の魚市場内にある食堂で、定食を待つよしのりが声を荒げた。
その後日、工事と立ち退き区域が正式に役所から発表された。
その立ち退き区域に、ちょうどよしのり一家の家が含まれていた。
姉の家も、ひでかずの芝本屋敷も含まれている。
「あのう…よしのりさん、戦うんですか?」
一緒にいた直孝さんは、そんなよしのりに気圧されながら、
おどおどと伺うように聞いた。
「もちろん! もちろんお前ら夫婦も戦うやろ?」
「今度はダンプとユンボで野球かよ」
「秀忠くんこそ、銃弾の雨を受けて何ぴんぴんしとんね」
俺らは前の戦いを茶化して、笑い合っていたが、
直孝さんは眉をひそめていた。
「でも、相手は国ですよ? 俺ら全員が力を合わせても、
しょせんはただの地元住民の、ほんの囁き声ぐらいでは?」
「そうやな…強制代執行とかされたらかなんな」
「そうなんです、敵は全員が全員、上級国民様の連合なんです…!
例えると、敵は『ケミカルテイルズ』や『MA☆ロマンスシミック』、
俺らは『アンブレラアカデミー』みたいなもんなんです」
さすが元マグパイさん、非常にわかりやすい。
「お? 直孝、お前なんで『アンブレラアカデミー』知っとる?」
「俺もあのゲームやってたんですよ」
「よしのりが来るちょっと前に俺がクビにしたね。
『アンブレラアカデミー』は弱者のための連合だったから…。
上級国民様…ひとりいるじゃないか、このムラに」
俺たち平民がそうは思っていても、
当の「上級国民様」から見た赤坂の父が、
「上級国民様」に当てはまるかは、正直微妙なところだろう。
隠居はしても、たくさんの会社や株を今も所有している。
何の職業か、もはやわからないくらいだ。
そんな訳で金こそ持ってても、彼はいち民間人にすぎない。
公務員でもないし、選挙に出たりする訳でもない。
しかし彼が犯罪をもみ消せる事は、俺自身が身をもって知っている。
その日の夕食後、茶の間で座椅子に収まり、
千を撫でながらうとうとしている彼に聞いた。
「お父さんはこのムラを愛していますか?」
「もちろん、ここはホークス先生が作品に描いた土地だ。
その舞台で暮らせることを光栄に思っている」
赤坂の父はのんびりとした口調で言った。
「では、このムラを文化財にする力はありますか?」
「…どういう事だね?」
俺と直孝さんは港の食堂での事を話した。
ぷんすか怒りながら早口で話す、直孝さんの話は赤坂の父にもよく伝わった。
「なるほど、それで文化財…でもそれは難しくないかね?
先生の作品のほとんどは日本語訳されていないし、
私が作品を知って、ファンになったのも英国での事だし、
国内でのホークス先生はほぼ無名だよ。
そこまでの価値はないんじゃないかね」
「お父さんでも難しいですか…」
文化財はいいアイデアだと思ったが、現実的ではなかったか。
「…要は工事の計画が白紙になればいいのだろう?」
俺たちは顔を見合わせ、それから目を輝かせた。
「お父さん、それでは…!」
「ただし条件がある、秀忠くんが赤坂の家を継ぎなさい」
「継いだその財産は俺の自由にさせてもらう、
俺がこの家を継ぐことで、それでお父さんと俺の過去を清算する、
それでかまいませんか?」
赤坂の父は少し目をつむり、かすかな視線を俺たちに流した。
「いいだろう、そうしなさい」
ムラはもちろん全員建設反対だった。
俺たちの呼びかけの効果もあったが、
建設される施設が研究施設であることが大きかった。
「ショッピングモールでも反対やね。
俺、中卒やし…バイトでも普通高卒からやろ?
あと俺、出稼ぎ時代にケンカして、傷害の前科もろてるし」
ある日の集まりでよしのりが言うように、
このムラで中卒はごく普通の事だったし、
前科があるのもちっとも珍しい事ではなかった。
ムラの人たちは農業なり漁業なりと、家業のある人が多いので、
学歴はほとんど必要なかったし、賞罰の有無も無関係だった。
研究施設どころか、商業施設ができても、
ただただ金を使わせられるだけで、
彼らがそこで安定した雇用と賃金を得ることは難しい。
きっと何が出来ても反対だろう。
「お父さんの財産とやらをさっそく使おうか」




