第54話 新しい家族
第54話 新しい家族
「はい?」
直孝さんこと、マグパイさんはぴしと固まった。
「俺たちみたいなやつらにこそ、結婚という制度が合っていると思う。
ムラのやつらを黙らせ、これからもここで暮らして行くには結婚が一番だ。
かつて銀鷹丸さんがこの手で、俺を助けてくれた」
「なるほど、隠れ蓑ですね」
「俺も再婚を言われて困っている、俺ら手を組まないか」
直孝さんは手を差し出し、満面の笑顔を返した。
「いいですね、結婚式はとびきり派手にしましょう…!」
「もちろん、ちゃんとムラのしきたりにも則って、ぐうの音も出させないさ」
俺も彼の手をぐっと、力いっぱい握りしめた。
「あ、ちょっと待って…挙式て事は、俺ら『誓いのキス』とかする訳?」
「ああ…それは…確かに嫌だな…」
「俺も嫌ですよ、そんなの」
俺のほうがひと回り近くも年上だったので、
結婚は俺が直孝さんを養子に迎えるという形にすることとした。
まずは赤坂の父と姉に事情を話し、
それから東京へ三浦家の人たちにお許しをもらいに行った。
直孝さんを可愛がっている赤坂の父は、
あの三浦さんの家とつながりが出来る事もあって、たいそう喜び、
かつてムラと戦った姉は、男同士の結婚を面白がった。
直孝さんがうちに来た事情が事情なので、
三浦さんをはじめ、三浦家の人たちはもっと簡単だった。
そうして翌年の春、俺たちはあの砂浜で、
がっつり、これでもかと厳粛な結婚式を挙げた。
結婚の理由が理由なのと、俺が「銀鷹」にいた事もあって、
招待客は三浦さんと店の人たちで、
いわゆる「そうそうたる顔ぶれ」てやつにしてくれた。
国会議院の先生たちや、財界人など、テレビで見る顔だけでなく、
地元の議員ら、役所のお偉いさんらにまで出席されては、
ムラのやつらもさすがに文句は言えまい。
ムラの人たちは来ないだろうと思っていたが、
最初に姉の一家とごう、よしのりの一家が出席を表明し、
それから銀鷹丸さんに助けられた恩義から、ひでかずの一家、
ぼちぼちと出席者が集まりだし、最終的には全員で出席してくれた。
後日、姉が結婚祝いのプレゼントを持って来た。
それは新しい猫のベッドとトイレ、そして爪研ぎ板やブラシなど、
飼育用品のセットだった。
「新しい猫?」
「あんたら夫婦、いきなりの子持ちやで〜」
姉はそう言って、玄関から顔を出した。
すると、彼女の子供たちが段ボール箱を手に、茶の間へ入って来て、
開けて見て、きっと喜ぶから、と笑った。
直孝さんが箱を開けてみると、1匹の子猫がぴょんと飛び出した。
「あ…!」
ごう? 違う、でも似ている…センターパーツみたいなぶち模様なんか特に。
「似とるやろ? 3月に生まれてん、ごうの娘や」
「あのごうが子猫を…!」
ごうはおばさん猫なのに、いつまでも子猫のように小さかった。
それが子猫を産めるほどになるなんて。
直孝さんが嬉しそうに俺の顔を覗き込んだ。
「ね、秀忠さん、この子何て名前にします?」
「『千』かな…俺が『秀忠』、母猫が『江』だからな」
俺は子猫を抱き上げて、その背中をそっと撫でた。
養子縁組という形で結婚はしても、俺と直孝さんはゲイでもバイでもないし、
ましてや愛し合っている訳でもなかった。
だから部屋も別々だし、一緒に寝ることもない。
銀鷹丸さんとその弟が亡くなり、
赤坂の父が俺を後継者にしたい事は、まだ諦めていないらしい。
なにかにつけ、彼はその話を持ち出す。
虫のいい話だ、殺そうとしたのはどこの誰だか。
俺は彼を完全には許していなかった。
そんなある日の事だった。
パート先である、街の介護施設で聞いた事だった。
ムラに国の施設建設の話がある事を知った。
何かの研究施設らしい。
世間から隔離されたようなムラに造る施設など、どうせろくでもない物に決まってる。
問題は建設にあたり、ムラの一部住民が立ち退きを迫られる事だった。




