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砂と塩  作者: ヨシトミ
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第53話 海は許してくれる

第53話 海は許してくれる


それから俺は「銀鷹」を加藤夫妻に譲り、

銀鷹丸さんの父親、そしてマグパイさんと、

3人であの海っぺりの家に住んでいる。


…直孝さんもあのゲームのプレイヤーだった。

そのプレイヤー名は『マグパイ』と言う…。


「『マグパイ』さん…もちろん覚えてる。

あんたのせいで、連合解散の危機にまで陥ったし。

忘れはしないけど、もう終わったことだ。

今、ここにいる俺たちはもう戦力ゼロ。

上位連合? 当時の初心者以下だね」


砂浜に上がって来た直孝さんと昔話をした。

ある夏の曇った昼下がり、赤坂の父が昼寝をしている隙に、

家の前の海に出て、彼が泳ぐのを眺めていた。


「そうですね、あの頃は俺も若かったですね。

俺たちはただの人、もう自由になってもいいんですね…」


直孝さんは砂の上の、俺の隣に座った。


「俺も若かったけど…あんたはまだ若いだろ。

なんでこんな田舎に来たかった訳?」

「…直感ですよ、『運命の人』的な…『運命の土地』?

きっかけが直感でも、ここに来てよかったて思ってます。

畑でも漁でも介護でも…何でもいいや、ここは俺を必要としてくれてるし、

それに、こんな俺でも海は黙って許してくれるから…」


銀鷹丸さんと同じ事をいう…。

実際、このムラで直孝さんは貴重な若い力として、

姉の家の畑仕事や、よしのり親子の漁へと、たくさんの応援要請があった。

俺は主婦として家の事をしながら、田中病院の近くの介護施設へパートに行き、

そこで介護の勉強を始めた。

もう歳なので俺が誘われる事はなかったが、直孝さんはムラの青年団にも入り、

祭りなどの行事でも活躍している。



しかし、そんな直孝さん以上に、このムラでの暮らしを気に入った人がいた。

それはなんと、あの赤坂の父だった。


「…秀忠くんのお父上はあのホークス先生なんだね」


本棚に並ぶ本を見て、赤坂の父が言った。

俺たちがこのムラに移り住んだ翌朝、

赤坂の父の荷物の中に、よく知っている本を見つけたので、

彼を台所と土間続きになっている食品庫へ連れて行った。

今風に言うと「パントリー」だが、ここは父が仕事部屋にしていた。


「父を知っているのですか?」

「先生の書かれた本を全部持っているよ」


父はここから大阪の大学へ通い、イギリス文学を教えるかたわら、

副業として、ここで論文や教科書を書いたり、自分でも作品を書いたりしていた。


「えっ…父は作家としてはまったく売れていなかったはず」

「仕事で渡英した時、本が好きな友人から先生の本をいただいた。

筋書きが地味だから、商業的な成功はなかったけれど、

描写の細かさや美しさは評価されていたよ」

「…へえ、読んだんですか」


赤坂の父は、本棚から1冊取り出して、

日に焼けて縁が黄ばんだページをぱらぱらとめくった。


「何度も何度も繰り返して読んでいる。

英語で書かれてあったのに、日本の田舎の風景や暮らしが、

色彩豊かに描かれてあった…その舞台がここなんだね」



介護に、ムラの青年団でと、大活躍の直孝さんだったが、

ムラの人たちの距離感の近さには、さすがに戸惑っているようだった。


「俺、出来ればこのまま独身でいたいけど、それはだめなんですか?」


ある晩、彼が2階のあの部屋へ、お茶を運んで来てくれた時だった。


「ムラのやつらだろ? 俺も経験した」

「でも結局、赤坂のお嬢様と結婚したじゃないですか」

「それはあの人が同じ悩みを持つ仲間だったから…。

俺たちは身体の性別と中身の性別が微妙にずれていた。

この部屋を見たらわかると思う」


あの部屋はまた俺の部屋に戻った。

俺の持ち物でまた、ピンクやフリルやリボンなどの乙女チックに彩られた。


「ああ、なるほどねえ…それで嫁」


直孝さんは部屋をぐるぐると見回して言った。


「あんたは? なぜ独身でいたい?

あの三浦さんの一族の者なら、良い縁談もたくさんあったはずだ」

「俺に結婚は難しいです、結婚にはどうしても性がついて回るじゃないですか。

俺はそういう意味で、女も男も好きじゃないんです。

だから誰と付き合っても、誰を紹介されてもだめなんです…」


事情や背景は違うけれど、うつむく直孝さんの顔に、

銀鷹丸さんが、過去の俺自身がぴたりと重なった。

俺は問題集を解くのをやめて、椅子から畳の上に座り直した。

そして、彼と向き合った。


「直孝さん、あんた赤坂の父が亡くなった後どうする?」

「秀忠さんがご迷惑でなければ、このままここでずっと暮らしたいです」


直孝さんは淀むことなく、きっぱりと答えた。

迷いもないけれど、きっともう東京にも居場所がないんだろうな。

ここにしか居場所がないんだろうな…。


「いい考えがあるぞ、銀鷹丸さんが教えてくれた秘策」


俺は目で笑いかけた。


「俺と結婚しないか」


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