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砂と塩  作者: ヨシトミ
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第52話 おとなしい人

第52話 おとなしい人


何も迷いはなかった。

俺は彼の目をじっと見つめ、誘いを即座に断った。


「なぜだ? 秀忠くん、たとえ義理でも君は私の唯一の家族になる」


唯一の家族…そうだった、銀鷹丸さんもその弟も亡くなった今、

俺は彼の唯一の家族になってしまったのだ。

だからわざわざ俺を呼んだのだ。


「言ったはずです、俺はただ気持ちだけでお嬢様と結婚したと。

欲しい物も彼女の気持ちだけ、ですから赤坂さんからは何もいただきません」

「そうか…では、うちに来て、私と一緒に暮らすのはどうだろうか。

私ももう歳だ、誰か家族がいないと心細い」

「それもお断りします」


俺は再びきっぱりと即答した。

銀鷹丸さんが何かを言う時のように。

そしてふっと顔をゆるめた。


「あなたがうちに来てください、こんな広い家は掃除に困ります。

看取りはしましょう、俺は嫁ですから」


嫌いも憎いも当たり前の事だった。

けれど嫁を名乗るからには、俺もそれなりの事はしようと思う。


あのゲーマー部屋での、意外な人との意外な同居は苦労も多かった。

まず、ずっと自分のしたい放題してきた人なので、

彼のわがままと健康管理には苦労した。

特に味覚の鋭さには困らされた。

醤油の一滴、塩のひとつまみ、砂糖の一粒にまでうるさい。


同居を始めて2年目の冬、銀鷹丸さんの父が脳で出血して倒れた。

命は助かったものの、足に麻痺が少し残ってしまった。

金だけはあったので、金で解決出来る事はしても、

彼の要求は増し、世話はより困難になった。


「銀鷹」でその事をふとぼやくと、三浦さんが言った。


「秀忠くん、君のところでもうひとり、人を世話してくれないか?」

「どのような方でしょうか」

「うちの一族の者で、会社組織には馴染めない男がいるんだ。

性格がちょっと大人し過ぎて、あれじゃやって行けない。

が、それゆえに頼めばなんでもしてくれる。

身体も頑丈だから、お父様のお世話も手伝えるだろう」


その人は名前を三浦直孝といって、30代半ばと俺よりひと回りほど年下だった。

三浦さんの弟の孫に当たり、

今は都内で実家暮らしをしている独り者とのことだった。

幸い、銀鷹丸さんの父も長年、秘書や使用人、運転手など、

他人を家に入れる事には慣れていたので、彼に来てもらう事にした。


そこで、俺は三浦さんに相談した。

引き受けることになった、直孝さんの勤務条件についてである。


「直孝さんの通勤時間はどのくらいですか?」

「その事でこちらも相談があります。

あの子は会社のことで、家族とも上手く行っていないから、

環境を変えてやりたいと思っている。

もしそちらに部屋があれば、住み込ませてもらえたら助かるんだがね…」


部屋はある、住み込んでもらえるのも嬉しい。

そうやって迎えた直孝さんは、赤坂の父のわがままにもよく付き合い、

力仕事でも頼りになる人で、すぐに可愛がられた。

身体も大きく、これはあのよしのりといい勝負だろう。

が、顔はけっこう童顔で、まだ20代にしか見えなかった。


三浦さんは彼の性格を「大人しい」と表現していたが、

案外明るく、思った事ははっきりと言う人だった。

それどころかすぐに熱くなり、それを素直に言動に出してしまう。

ある日、実家との電話で喧嘩している彼を見て、

その性格について話してみた。


「俺は会社の経営に関わるには、『大人しい』って事だと思います。

たぶん気が小さいんだと思います、だからすぐに感情を表に出してしまう。

だからちょっと揺さぶれば簡単、そうナメられるんです。

いつもそうなんです、それで失敗するんです」

「そうだな…地位のある人は大体、表と裏を上手く使い分けるから…」

「赤坂のおじさんは怒ると怖いです、だから俺にはちょうどいいのかも」


直孝さんはそう言ってふふと笑った。



それから半年後、俺たちは住まいを都内の高級マンションである、

あのゲーマー部屋から、俺の実家へと移した。

ある食事の時に、実家についての話題が出て、

俺が海っぺりのあの家の事や、あの部屋の事を話したら、

直孝さんが突然目を輝かせたのがきっかけだった。


「3人で一緒に引っ越しません?」


そうやってあの家に帰って来た日、やはり姉とよしのりが出迎えてくれた。

銀鷹丸さんの父を、あの赤い車の中に待たせて、

俺と直孝さんで先に鍵と窓を開ける事にした。

塩で錆び付き、溝に溜まった砂で動きの鈍った家の門を、

ぎいぎい言わせてこじ開けてくぐる時、

「赤坂」と紙に書いた表札の大部分が剥がれて、元の「ホークス」に戻っていた。


「ホークス…?」


直孝さんは目を丸くした。


「俺の旧姓だよ、父が外国人だったから…」

「秀忠さん、もしかしてこの『ホークス』では?」


直孝さんは上着のポケットからスマートフォンを取り出し、

何度も何度も画面をタップして、ようやく古いスクリーンショットを見つけた。

それは安田のソシャゲの、しかも結構な記録の合戦結果だった。


「え…なんで知ってるの?」

「『アンブレラアカデミー』の人から、『ホークス』は球団名じゃなくて、

本名の苗字だって聞いたことがあります。

ホークスさん、俺のこと…『マグパイ』、覚えてます?」

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