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砂と塩  作者: ヨシトミ
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第50話 赤か銀か

第50話 赤か銀か


それから3日間、ムラの者総出で彼女を探し続けたが、

彼女の履いていた長靴が見つかっただけで、本人は見つからなかった。

さらに7日後、砂浜の端に見える小さな島の岩場に、

何か白いものが引っかかっていると知らせを受けた。

銀鷹丸さんの着ていた雨合羽だった…。


遺体もないまま、葬儀を済ませた。

葬儀にもやはりムラの者が総出で参列してくれた。

中でも姉の悲しみようはひときわだった。

みんなが「赤さん」と泣いて、銀鷹丸さんを惜しんだが、

その光景に俺は驚き、彼女の恐ろしさを心底思い知った。


なぜならここが「ムラ」だったからだ。

ムラは異質を全力で排斥する。

そして銀鷹丸さんは異質の最もたる人だった。

いくら俺の主人とは言っても、彼女は東京という都会の人で、

しかも長く水商売をして来た女でさえある。


これほど差別され、排除される条件が揃っているのに、

銀鷹丸さんはいつの間にかムラに入り込み、

ムラに馴染んで、ムラの人になっていた…。

かつて俺はこの田舎から逃げ、姉は戦った。

だからこそ彼女が恐ろしい。


ごうはあの時姉に預けたが、その家族が手放さなかった。

姉の家で、彼女は再び大きくなり始めた。

それを見て、俺は連れ帰るのを諦めた。



俺はまたひとりに、本当にひとりになった。

けれど、違うのは家のあちこちに、銀鷹丸さんのいた証拠があった事だった。

それはどこかの女がするような、安いマーキングなんかとは訳が違った。

家財道具は母がいた頃とまるきり同じなのに、

戸棚の中身、箪笥の中身、押し入れの中身、

冷蔵庫の作りおきの総菜、壁に貼ったカレンダーの予定、

ごみ箱のごみに至るまで、家じゅうどこの部屋にも彼女がいた。

銀鷹丸さんはまぎれもなく、この家の主人だった。


ひとりになっても、一家の主人の死は孤独を許さなかった。

家には姉やよしのり親子、彼女が助けたひでかずの家族、

ムラの人たち、和田さんや安田、れいなんこさん、

「銀鷹」の関係者など、東京の人たちまで、

線香だのお供えだの花だの野菜だの魚だのと、ひっきりなしにやって来て、

しかも勝手に上がり込んでいる始末なので、

俺はおちおち外出も出来ない日々が続いた。


「秀忠くん、買いもんして来たったで。

欲しいもんあったら次買うて来るし言うて欲し」


そんな訳なので、よしのりが俺の代わりに買い物して、

差し入れをしてくれていた。

俺が何度代金を支払おうとしても、彼はそれを受け取らなかった。

その買い物の中から、俺はスパゲティの袋を見つけ、

それを仏前に備えて手を合わせた。

スパゲティは主食に、おかずに、サラダに、スープにと、

いろんな形になって、彼女がよく食卓にのせていた。


「銀鷹丸さん、よしのりがまた来てくれたよ」

「…そういやさ秀忠くん、秀忠くんはなんで『銀鷹丸さん』て呼ぶん?

俺らムラのもんらはみいんな『赤さん』やで?」


よしのりも俺の後ろで手を合わせ、ふと言った。


「あ、それはリアで知り合ったか、あのゲームで知り合ったかに分かれる。

俺とはあのゲームだったから『銀鷹丸さん』。

安田とれいなんこさんも『銀鷹丸さん』。

和田さんは同業者でリアつながりだったから『赤坂さん』」


赤か銀か。

現実かサイバー空間か。

まるでこの世とあの世を分けるように。


「中間とかあったらええのになあ、銀と赤の中間」

「いいかもな…」

「ええと、ええと、銀と赤やから、メタリックレッドみたいなん?」

「却下。そんなギラついた赤とか、赤チンみたいだからやだ。

てか、『銀鷹丸さん』自体そのまま、中間な気がするけど…」


サイバー空間はこの世でもなく、あの世でもない。

ちょうどその中間。

そこで出会った俺たちだから、銀鷹丸さんの死は別れという感じがしなかった。

彼女が言ったように、相手を思うことにも変わりはなく、

ただ会えない日が続いているだけの事だった。

それはほんのここと東京ぐらいだろうか。



「銀鷹」には繁忙期である年末前に復帰した。

みんな銀鷹丸さんの死を悲しんではいたが、

すでに代替わりした後なので、営業に差し障りはなかった。

そんなある日の真夜中、個人チャットに連絡が入った。


“おやっとさあホークス”


れいなんこさんからだった。

彼の事だからどうせ大した用件でないのだけはわかった。


“身体はどげんね? もう良かけ?”

“何の用だ、手短かに頼む”


俺はまだ「銀鷹」にいて、加藤と後片付けをしていた。

事務所に戻って、日報を書いている加藤の手許から、

出前のピザを1切れ奪って返信した。

ピザが減った事を嘆き悲しむ加藤の声を背景に、

れいなんこさんから新しい返信が流れて来た。


“次の合戦イベから『ケミカルテイルズ』ん復帰、考えてくれんね”


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