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砂と塩  作者: ヨシトミ
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第5話 取引

第5話 取引


「取引…?」


俺はソファに横たわる銀鷹丸さんを振り返った。


「病気治療は確かに休業の理由としては十分です、でもその後は…?

当然復帰を望まれます、廃業の理由にはなりません。

そこでホークスさんがおっしゃった結婚なのです」

「あれは冗談だ」

「実際に結婚する必要はありません」

「…どういう事? 話してよ」


俺はソファの傍らに腰をおろして、絡まり合うコードの上にあぐらをかいた。


「名前だけの婚約者、それでいかがでしょうか?

たとえ冗談でも、結婚を言うからには、

ホークスさんにも何か利益があると思ったのでは?」


確かに…俺にメリットがない訳でもない。

とりあえず結婚結婚とうるさい、田舎のやつらの口をふさぐ事は出来る。

その相手が年上と思われる銀鷹丸さんなら、

彼らも子供など望まないだろう。

もしかしたら石女といじめてさえくれるかも知れない。

そして苦手な女だが、これほどの美人だ。

連れて歩けば、俺をいじめてきたやつらの鼻だってあかせる…。


「いいだろう」

「ありがとうございます」

「だがあんたにもひと働きしてもらう」

「当然です、このご恩はお返しいたします」


銀鷹丸さんはそう言うと、ぱあと笑ってソファの中から手を差し出してきた。


「取引成立…ホークスさん、よろしく」

「あんたこそヘマすんじゃねえぞ」


俺はその手を取って、彼女を睨みつけた。

細い…そして熱い手だ。

こんな熱をおして仕事していたのか…。


緊張の糸が切れたのか、銀鷹丸さんはうとうとし始めた。


「帰る」

「あ…バッグを取ってください」


彼女がそう言うので、俺は彼女が持っていた金の帯地のバッグを手渡した。

カード入れと共布かよ、そんなところにまで金かけてるとはさすがだな。

そしてそこから、何の飾りもついていない一台のスマホを取り出し、

それを俺に差し出した。


「お帰りの前に、このスマホの番号を登録してくださいな」

「わかった」


そのスマホには安田のソシャゲ「戦国☆もえもえダンシング」しか、

アプリが入っていなかった。



一人暮らしは俺も同じだった。

金のある銀鷹丸さんのように、都心部の高級マンションとはいかず、

神奈川県との県境近く、小さい山がたくさんある一帯の、

古いマンションに部屋を借りている。

そのマンションは小さな山を切り開いて建てられてあるので、

買い物でも通勤でも、とにかく何をするにもまず下山しないと始まらない。

不便この上ないが、それゆえ家賃は安かった。


「ただいま、ごう」


かけ寄って来て、足許にまとわりつく、

白地に茶のぶち模様の猫を抱き上げる。

猫は「ごう」という名前で、正しくは「江」と書く。

会社の帰り道に、往来でうずくまって震えていたのを拾った。

もうおばさん猫なのだが、いつまでたっても彼女は子猫の頃のまま小さい。

可愛いけれど、健康的とは言えない。

だからこそ誰も引き取りも、拾いもしなかったのだろう。


部屋は家具を白を基調に、薄いピンクのさし色で統一しており、

会社のデスクの延長のように、ぬいぐるみやキャラクターグッズなど、

可愛い小物でいっぱいだった。

おまけに生花も欠かさないと来ている。

一体どこの乙女の部屋だよ、加藤がこの部屋を見たら絶対笑うだろう。

加藤どころか、安田や和田さんでも爆笑するはずだ。


猫でも小物でも花でも、きれいな物や可愛い物は昔から好きだ。

俺のこの趣味は、田舎ではいじめの十分な理由となった。

今もこの部屋には誰も呼んだことがない。

だから、土曜日の昼過ぎに玄関のチャイムが鳴ったのにはびっくりした。


「はーい」


リビングの壁についたインターフォンの親機で応答する。

すると、聞き覚えのある、丸くしっとりとした女の声が流れて来た。


「ごめんくださいまし、赤坂です」


赤坂…銀鷹丸さん…!

まさか、彼女がこんなところまでやって来るとは!


「先日はありがとうございました。

今日は和田さんにおところを聞いてお礼に伺いました」


わざわざお礼に訪ねて来た人を追い返す訳にもいかない。

しかも彼女は名前だけとは言え、俺の婚約者となった。

…だがなんとした事か。

よりによっても銀鷹丸さん…一番見られなくないやつがこの部屋に…!

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