第4話 銀鷹
第4話 銀鷹
銀鷹丸さんにネタで結婚を言ってみた。
ところが彼女はそれを承諾してしまった。
…取り消したい。
「では、近くお会いしてその事について話し合いましょう。
場所は…そうですね、私も事務仕事があるので、
お店で仕事しながらでかまいませんか?」
まずい、銀鷹丸さんは大真面目だ。
どうしよう、とても冗談でしたなんて言えない…。
彼女の後ろには「そうそうたるお客さま方」が控えている。
…今度こそ俺、社会的死亡だよ。
銀鷹丸さんのお店「銀鷹」を訪ねたのは、土曜日の昼下がりだった。
最低限の照明だけの店内は、濃い色のインテリアもあって薄暗かったけれど、
そのいちいちにやはり恐ろしく金をかけてあるのがわかる。
クリーム色の分厚いじゅうたんも、毛ではなく絹で出来ているに違いない。
「ホークスさん、お待ちしておりました」
銀鷹丸さんは俺を事務所に通してくれ、お茶を出してくれた。
柄は違っても今日も白地か、それが制服なのかよ。
この日も彼女は高価な訪問着姿だった。
俺は帳簿に向かう銀鷹丸さんに話を切り出そうとした。
なんとしてでも取り消さねば。
「あのう、銀鷹丸さん…」
「ホークスさんが冗談なのはわかっております」
帳簿から流れて来る彼女の視線は笑みを含んでいた。
でもそこに力はなかった。
事務所の白い灯りのもとで見る彼女は、案外顔色が悪い。
夜だと白く見えたが、こうしてみるとずいぶんと赤みの強い肌色だ。
「あ、やっぱり」
なんだよ、やっぱり俺はいいようにからかわれているだけかよ。
安田のソシャゲでは弱々なくせに。
「で、こんなところに俺を呼び出して、何を話し合うっての?
まさかあんたこそがオフパコ狙いとか?
悪いけど俺はあんたの連合の誰ともする気もないし、
あんたとする気もさらさらない」
「私もそのつもりは…ちょっと失礼」
銀鷹丸さんは話を打ち切って、フロアのソファに移った。
そこで肘掛けにもたれて、ぐったりとしていた。
「…あんた、具合が悪いのか?」
「…………」
彼女は少し押し黙り、それからようやく口を開いた。
「…冗談でも、結婚の話は嬉しかった…。
愛されたいとか、主婦として楽をしたいとかではなく。
結婚は誰もが納得する十分な理由になりますから」
「え…」
「このお店を畳もうと考えておりますの」
「銀鷹」は銀座でも最高級の店だと、和田さんが言っていた。
「そんなに経営難には見えないけど?」
「ええ…お店の経営は安定している、良いお客さまがたくさんいらっしゃる。
でもごらんの通り、私がだめなのです。
それでもママはお店の顔、あのゲームの連合で言う盟主…とても休めません」
「病気治療も十分な理由だろ」
俺はスマートフォンをポケットから取り出して、タクシーを呼んだ。
そして銀鷹丸さんには、強引に従業員に休業の電話をかけさせた。
「ひどい人…」
引きずり込んだタクシーの中で、彼女はため息混じりにそう漏らした。
「ひどいのはあんただ、家はどこだ? 家族はいるのか?」
「クラブのママは独身、それがお約束みたいなものですから」
銀鷹丸さんは着ている物もだが、熱も高そうだった。
自宅は銀座からほど近くのマンションだった。
マンション自体はやはり高級マンションなのはわかるが、
その部屋の内部は、彼女のイメージとははるかにかけ離れていた。
「何だこの部屋は…」
そこには高級な家具や生花などなく、どこかのオフィスのように、
いくつもの机とパソコンが並んでいるだけでなく、
家庭用のゲーム機も揃えられてあり、
閉店したゲーセンから買い取ったと思われる、
アーケードゲームの筐体まで複数あった。
床にはそれらのコードがいっぱいで、足の踏み場もない。
一体どこのおっさんの部屋だよ。
…ああ、そうだった、銀鷹丸さんは別ゲーの覇者。
このおっさん臭いインテリアも当然なのだ。
寝室と思われる部屋までゲーム機やソフトで埋まっており、
ベッドはリビングらしき部屋の片隅に置かれたソファだった。
そこに彼女を連れて行き、帰ろうとした時だった。
銀鷹丸さんは俺の上着の裾をつかんだ。
「ホークスさん、私と手を組みませんこと?」