第35話 わかる
第35話 わかる
車内の暗がりの中で、安田の舐めている飴の、
人工的ないちごの香りだけが動いていた。
「…早い話がレイは半陰陽者、
成人後に手術で身体は女になった、でも戸籍は男のまま。
心はその中間…ま、俺らもノンケともゲイとも、バイとも、
何とも言えないって事」
「わかる、俺と銀鷹丸さんはたまたま戸籍が男と女だったから、
法律婚て形になったけど…」
「うらやましいな」
安田は俺のひじを、自分のひじでちょんと突いた。
「俺らは去年、事実婚にしたよ。
正確に言うとレイが俺の養子って事ね」
「俺ら微妙だから、何でもいいし、どうにでも出来るんだよ」
「わかる」
それはガールズトークによくあるような、軽い「わかる」じゃなくて、
俺と銀鷹丸さんが初めて意気投合した時と同じ、
力のこもった、重みのある「わかる」だった。
れいなんこさんとは、その後意外な事で再会した。
「げ、ホークス!」
それは自宅マンションの近くの路上だった。
また別れさせ屋の工作員が、「偶然」ぶつかって来たと思ったら、
それがれいなんこさんだった。
「れいなんこさん? てか、なんで工作員してるの?」
「副業じゃっど…おいは中卒だから、こげん仕事しかなか。
ちゅうか、依頼人も必死じゃっどなあ…おいでもう25人目らし」
「懲りないね、赤坂さんも」
「どげん事ね?」
俺はれいなんこさんを自宅へ招いた。
彼も任務中だ、これならひとまず任務成功ではないだろうか。
銀鷹丸さんは彼を大歓迎して、台所の物であれこれ作り始めた。
「銀鷹丸さんが主人ち、あにょから聞いちょっけんど?」
「ええ、私がこの家の主人なのです。
だからこそ、大事なお客さまは自分でもてなしたいのです」
俺も家事はするけれど、料理だけは銀鷹丸さんに敵わない。
逆に掃除や洗濯は俺の方が得意で、
そっちを担当するようにしている。
「銀鷹丸さんのおやっどが…そいはひどかと」
事情を説明すると、れいなんこさんは下の歯をむいた。
「安田と和田さんは何か面白がって、イベントにしようとしてる」
「おいも参加すっでね」
「は? れいなんこさんまで…」
そこへスマホのアラーム音が割り込んできた。
銀鷹丸さんは充電コードから引きちぎると、ゲームを起動した。
「はい皆さん、合戦の時間ですよ〜」
それから俺ら3人は無言になった。
「ケミカルテイルズ」は、合戦イベント時以外は参戦自由だったので、
途中でれいなんこさんが俺の画面を覗き込んで来た。
銀鷹丸さんは合戦に夢中だ。
「ホークス、そっちん軍師はフランベルジュさんやなかけ?」
「最近、マグパイさんが指示を出しているよ。
あの人の方が作戦とか詳しいようだし」
「マグパイなあ…あいつはおいも知っちょっど。
おいが前んおった『MA☆ロマンスシミック』が無双じゃっどん、
なして『アンブレラアカデミー』にいよっ?」
そう言えば…不思議な話だ。
和田さんは銀鷹丸さんの同業者だったからわかる。
俺はその和田さんに連れられて来た。
マグパイさんは求人を見て、フレンドと3人で応募して来た。
なぜ「アンブレラアカデミー」なのだろう。
「確かにマグパイは作戦にもわっぜ詳しか、無いスキルは無か。
上位で無双やれっほど強か前衛…どこん連合でん欲しかろう。
じゃどん、『けみけみ☆ているず』にゃ、ちいと向かんね。
まだホークスや銀鷹丸さんのが向いちょっ」
そうこうしているうちに、最大の山場になってしまい、
それから会話をする余裕もなくなり、
あっという間に合戦が終わった。
俺たちはそれぞれの連合掲示板に、「お疲れさま」と書き込んだ。
すると、後衛の二郎さんから挨拶があった。
「挨拶」は、ゲーム内のプロフページ内にある、
簡易個人チャットみたいな物だった。
“リアがばたばたして来たため、少しゆっくりしたいので、
今夜22時終わったら移動します”
連合では定期的に、移動か残留かを確認する。
前回での確認では、二郎さんは残留の予定だった。
ずいぶん急な連絡じゃないか…。




