表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂と塩  作者: ヨシトミ
23/61

第23話 お馴染みさん

第23話 お馴染みさん


美容師は俺に椅子を勧めた。

俺はもうおっさんだし、見た目もいかついから、

美容院には入りにくくて、ずっと床屋に通っていた。

施術を受けられるのは嬉しい、でもそれだけ今日が特別だって事…。

髪に櫛が入ると、俺は思い出したように緊張し始めた。


美容院を出ると、店から迎えの車が来ていた。

「銀鷹」へは一度行った事がある、

ここからだと車に乗るほどの距離じゃないはずだ。


「歩くと風で髪が乱れたりしますし、夏場だと汗をかいてしまいますから」


今夜も白っぽい訪問着姿の銀鷹丸さんはそう説明した。

そうだ、彼女のおしゃれは仕事なのだ。



安田のあのゲームで知り合ったから、

結婚後も俺たちはゲームの名前のまま、

「銀鷹丸さん」、「ホークスさん」と呼び合っているが、

銀鷹丸さんには「鷹子」と書いて、「ようこ」と読む名前がある。

彼女も店では「よう子ママ」だ。


「よう子ママ、待ってたよ」

「ママ、おはようございます。

あのう、ママから大事な話あるって、一体…」

「そうそう、俺らもそれで集まったんだよ」


お客も女の子たちも銀鷹丸さんの登場を心待ちにしていた。


「あのう、そちらの方は?」


ボーイが俺に目を止めた。

いくら銀鷹丸さんの同伴者とは言え、「銀鷹」は会員制だった。

銀鷹丸さんはきっぱりと答えた。


「私の家族の者です」

「赤坂です、いつも主人がお世話になっております」


俺も挨拶を添えた。


「えっ…主人って…」


しまった、「主人」では理解されない。

この場合は「家内」や「妻」とでも言うべきだっただろうか。


「私、先日奥さんをもらいましたの。

今夜は皆さまに紹介したく思います」


銀鷹丸さんは店内のみんなに宣言した。


「ママ、結婚したんだ…!」

「これはめでたい、今夜はお祝いのパーティだな!」

「彼がママの奥さんか、面白いけどいい表現だ」


驚いた、みんなとても好意的だ。

これは確かに病気ぐらいでは、店を閉められない。

一日も早い復帰を望まれてしまう。

結婚で俺が彼女を遠くへ連れて行くぐらいしないとだめだ…。


「秀忠と申します、皆さまよろしくお願いいたします」


挨拶のあと、銀鷹丸さんからシャンパンが振る舞われ、

俺はと言うと、お客さんたちや女の子たちに囲まれ、

なれそめやハーフである事など、質問攻めに遭った。


けれど田舎の男たちのように、下品になることは決してなかった。

そもそも彼らは酔うまで飲まない。

適度な酒は彼らをゆったりとさせ、教養をより輝かせ、楽しいジョークにする。

温かく楽しい時間だ、けれど気になって仕方がない。

こんな良い人たちに、銀鷹丸さんはどうやって閉店を告げるのだろう。



パーティは遅くまで続き、その後もなじみのお客さんたちに、

食事に連れて行ってもらったりして、

ようやく帰りの車に乗れたのは日が変わってからだった。


銀鷹丸さんは暗がりの中、前を走る車のテールライトや、街のネオンの、

赤や青の光が尾をひいて流れて行くのをじっと見つめていた。


「…みんないい人たちじゃないか」

「そうね」

「あの店をたたむのはもったいないと思うよ」

「…………」


彼女は何も言わなかった、それが返事だった。

閉店の意思は変わらないのだ。



その3日後の昼休み、俺はパーティでもらった名刺を見て、

その中から「三浦さん」という人の名刺を探し、電話をかけた。

三浦さんは大企業グループの会長であり、

「銀鷹」の一番のなじみで、開店の時に出資もしている。


三浦さんはすぐに出てくれた。

俺は名乗り、先日のお礼を言った。


「失礼ながら今日は相談があって、お電話いたしました」

「相談?」

「はい、『銀鷹』のことです」

「ぜひ聞かせて欲しい、そして力になりたいから直接お会いできませんか?」


それから三浦さんは車をよこすと言ってくれ、

夕方、仕事おわりに三浦さんの会社で会う約束をした。

会社で出迎えてくれた彼は、お店で会った時同様、

温かで穏やかな人柄の老人だった。


「三浦さん、主人が『銀鷹』を閉める事を考えています」


彼には本当のことを話したい、俺は単刀直入に言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ