第22話 隔離施設
第22話 隔離施設
「は? 妻?」
3人は揃いも揃って顔をしかめた。
「銀鷹丸さんが赤坂家の主人で、俺がその妻ってこと。
俺なんかより彼女の方がずっと男らしいから」
「私は身体の性と心の性が少しずれています。
私では人の彼女や妻など、とても務まりません。
ですが、ようやく同じ種類の人と出会えたのです、
…それが旧ホークスさんなのです」
加藤ははっとした。
「あー、確かにそうかも…ホークスのやつ、会社の机がすごい乙女だし」
「お部屋も乙女ですのよ」
「うわ、なんかめちゃ想像できてしまう」
「銀鷹丸さんには、確かに普通の男じゃだめだろうなあ…。
男のプライドとかズタボロ、ホークス程度がちょうどいいのかも」
安田も言ってくれる、ホークス程度て何だよ。
和田さんはカウンターの奥の厨房に声をかけ、
それから加藤の方を向いた。
「…加藤よ、悪いが今夜はそのまま痩せててくれ」
「ん?」
振り向いた加藤に、和田さんはにかりと笑った。
「相手が俺じゃないのは残念だが、とにかく赤坂さんは幸せになった。
俺は彼女がずっと幸せじゃなかったのを知ってるから…。
これが嬉しくない訳がないだろう…!」
「和田さん…」
厨房から従業員たちが、次々と料理の皿を運んできた。
「ユニティ」はダイニングバーだから、
こういう時、自分のところで作った料理が出て来るのが良い。
だから俺も安田も加藤もここに通っている。
「俺からの祝いだ、がんがん食べてくれ」
もともと加藤を太らせるための料理との事なので、
ケーキもホールでしっかり用意されてある。
でもリボンはなく、青いビニールひもを結んだだけのナイフで、
俺たちは「ケーキ入刀」をし、それから銀鷹丸さんの出勤まで飲み食いした。
それが俺たちの結婚式だった。
結婚はしても、すぐには引っ越せないので、
俺たちは別々に暮らしていた。
「いつまでも別居てのも…一緒に暮らしたいけど、どっちの家で暮らす?」
「うちに来たらいいですよ、妻を同居させるのは主人の務めですもの」
ある日のこと、ゲーマー部屋での話し合いで、
銀鷹丸さんはまた堂々と言った。
「え、断る…このゲーマー部屋じゃ寝るところもなくね?
てか、ごうもいるし」
「このマンション、ペットも飼えます」
「あ、そうなんだ? じゃあ、俺のところじゃ2人と1匹は狭いから、
ここを片付けて、あと大家にも届け出てだな…」
「この部屋の大家は私です、名義も私です。
実家にいると世間体が悪いとの事なので、
高校卒業と同時に、この部屋を与えられて隔離されたのです」
それから銀鷹丸さんはこの部屋の鍵を俺にくれた。
その翌日から、仕事帰りにゲーマー部屋へ通って片付けを始めた。
一人暮らしのくせに4LDKもありやがる。
衣装部屋の和室以外は散らかりに散らかった、実に汚い家である。
とりあえず金を紙袋に突っ込んで、そのままそのへんにぽんと置くのはやめろ。
まずはごみと要らないものを捨てて掃除し、
それからゲーム機の配置を変更し、寝室にするひと部屋を確保して、
足の踏み場もないコードを整理して、配線し直す。
風呂場とキッチンは毎日使うから、それほどひどくはない。
これは片付けだけでよさそうだ。
インテリアにこだわりもないようだが、後からでいいだろう。
休みの日を費やしても、片付けにはまだまだ時間がかかる。
そんなある夕方、ゲーマー部屋に来ると、
ちょうど入れ違いで、仕事に出かける銀鷹丸さんから相談があった。
「あのう、ホークスさん、今週末会っていただきたい方たちがおりますの」
「ああ、そうだったな…俺の都合で延び延びになってすまなかった」
「金曜日の夜、場所は『銀鷹』…私のお店で、
お店の従業員たちとお客さまたちに」
当日、会社帰りにゲーマー部屋に寄り、
銀鷹丸さんが用意してくれたスーツに着替えてから、
店の近くまで出て、彼女が予約してあった美容院に行った。
そこで銀鷹丸さんがヘアセットされている様子を眺めていた。
美しい人がより美しくなっていく課程を見るのは、とても楽しくて好きだ。
きれいな着物、ヘアセット、メイク、アクセサリー…。
俺が出来ない事は、銀鷹丸さんが代わりに実現してくれる。
彼女が出来ない事は、俺が代わりに実現する。
出来ない事ばかりを要求されそうで、ずっと敬遠してきたところを、
銀鷹丸さんと出会って、その勢いに流されるように、
なんとなくしてしまった結婚だったけれど、
してよかったなと思う。
「赤坂さん、どうぞ」
美容院の女性スタッフが俺に声をかけた。
「え? 俺?」
「今日は2名様でご予約をいただいておりますから」




