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砂と塩  作者: ヨシトミ
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第19話 赤の他人

第19話 赤の他人


「初めてごうを見るよしのりさんたちはもちろん、

毎日見ているホークスさんも気付かないと思いますけれど、

時々見る私の目には、ひと回り近く大きくなったと思います」


銀鷹丸さんはそう言って、ごうの頭の、

鉢割れには至らない、センターパーツみたいな、茶色いぶちの部分を撫でた。

すると、ごうは仰向けになり、手足を伸ばして銀鷹丸さんの膝から垂らした。

…確かにここに来る前より、わずかに大きくなったような。


「ここは自然もあって、空気もきれい、食べ物もおいしい。

私も久しぶりに気分が良いです」


俺は刺身を一切れ取った。

くそ…刺身も完璧か。

むかついて俺は言った。


「少し滞在する分にはいいさ、でもここで暮らしてはいけない」

「どうしてですの?」

「ここには漁業と農業以外にまともな仕事はない。

よしのりやおっちゃんみたいに、それでどうにか食っていけるのならいいけど」

「うちも天候次第やから苦しいで、何か副業を考えたけど、

やっぱり出稼ぎぐらいしかあらへん…早うに都会に出た秀忠が正解や」


おっちゃんは言った。

よしのりも難しい顔をしてうなずいた。


「俺は家が漁師やから跡を継いだらええって、高校中退…中卒で終わってしもた。

大阪へ出稼ぎに出ても、まともな仕事と賃金はなかってん…。

赤さんは秀忠くんと一緒に都会におった方がええ」



それから姉も家に来て、葬儀屋が来るまで掃除の続きをした。

よしのりも俺と大きな家具を動かしたりしてくれ、

おっちゃんは銀鷹丸さんと来客用の魚を刺身や切り身に造っていた。


「赤さんはほんまに料理上手なんやね…驚いた」


冷蔵庫から麦茶を出して、グラスに注いでいる俺の横で、

銀鷹丸さんの料理には、姉もたいそう驚いていた。


「姉ちゃん、赤坂さんは俺なんかよりずっと有能だよ。

でなきゃ東京の、しかも銀座で勝ち残れないさ」

「秀忠がこんなとこの嫁にしたないゆうのん、良うわかるわあ。

…て、嫁やなかったらええんやろ?

いっそのこと、赤さんにこん家の主人になってもろたら?」

「主人…!」


俺は麦茶をぶっと吹き出してしまった。


「無理だろ、こんな男尊女卑激しい田舎で」

「無理やないで〜? 秀忠、あんたがまず、赤坂の苗字を名乗って、

ほんで世帯主を赤さんにしたらええねや。

おかんも亡うなった、親戚の年寄りらももう少ない、

いても施設に入っとる、もううちらの世代や…チャンスやで」


姉は俺に片目をぱちと閉じて見せた。

…母が亡くなった。

もう俺の自由にしてもいいのだ。


「お姉さま、それ本当ですの?」


まずい、銀鷹丸さんもしっかりとこの話を聞いていた。


「ほんまほんま、めっちゃほんまやで〜。

こんな田舎でホークスとか苗字よか、赤坂の方が絶対ましやん」

「…本気で考えてみようかしら」

「ダメダメ! 絶対!」


俺は2人の間に割り込んだ。


「ここは病人を平気でこき使うようなとこだぞ、俺が反対するわ」

「え〜」


姉と銀鷹丸さんは揃って口を尖らせた。



葬儀は滞りなく終わった。

それはいいが、親戚の人らはもう遺産相続について話し始めていた。

そういうデリカシーのなさも、俺が田舎を嫌う大きな理由だった。


「うちはもうお嫁に行ってよその家のもんやし、法定遺留分だけでええわ。

あとは秀忠が好きにしたらええ」


姉は彼らの話をやめさせるつもりで、そう言ってくれた。


「えっ、それは困る…俺もこんな家要らないよ。

税金高いし、売っても何の金にもならない」

「そう言うてもなあ、あんた長男やし相続してくれんと」

「相続どころか出費でしかないのだが?」


そんな俺たち姉弟のやりとりを、銀鷹丸さんは横でじっと見ていた。

そして口を開いた。


「私のような他人が口を挟むのもどうかと思いますが…、

赤の他人だからこそ提案したく思います」

「銀鷹丸さん」

「赤さん」


俺と姉はぐりんと銀鷹丸さんを振り返った。


「処分にお金がかかってしまうのなら、

赤の他人の私がこの家を借りるなり、買い取るなりしてもよろしいでしょうか?」

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